6年7カ月ぶり円安水準、巨額の「経常赤字」が起点? 経済指標の備忘録「国際収支」編

為替相場が一時1㌦=125円台と、6年7カ月ぶりのドル高/円安水準を付けたことが話題となっています。直近の急変動の主因としては、日銀が「連続指し値オペ」を行ったことで、日米の金利差が拡大するとの見方が広がったことが挙げられていますが、もう一つ、今回の円安の起点となった一因として指摘されているのが「経常収支」です。

2022年1月に経常収支が単月として過去2番目の赤字額となったことを受け、経常赤字が常態化した場合、中期的に円の下落を促すのではないかとの懸念の声が広がりました。今回の経済指標の備忘録シリーズでは経常収支に焦点を当て、為替相場になぜ影響力を持つ指標であるのかなどを説明していきます。

経常収支とは

経常収支は、財務省が公表する「国際収支統計(国際収支状況)」の一項目です。国際収支とは、ある期間における他国・地域との貿易や資本の取引をまとめたもので、このうち経常収支は以下の式で示されます。

経常収支=「貿易収支」+「サービス収支」+「第1次所得収支」+「第2次所得収支」

貿易収支とは、ある期間中のモノの輸出額から輸入額を引いたものです。輸出額が輸入額を上回れば貿易黒字になります。サービス収支はモノ以外の取引で、訪日外国人客のインバウンド消費や、海外企業が日本企業に支払う特許や著作権使用料が増えた場合、サービス収支にはプラスに作用します。

第1次所得収支は、日本企業が海外に設立した子会社が親会社に支払う配当・利子など(直接投資収益)、支配権を持たない海外企業の株式や外国債券を保有した際に受け取る配当・利子など(証券投資収益)の状況を表します。海外からの配当や利子が増えれば、第1次所得収支にはプラスとなります。

逆に、日本企業が海外企業の子会社となり、海外企業に配当・利子を支払うケースなどが増えた場合、第1次所得収支にはマイナスに作用します。なお第2次所得収支は、ODA(政府開発援助)による資金の動きなどを示しています。

いずれも収支がプラスの時は「黒字」、マイナスの場合は「赤字」となります。財務省が22年3月8日に発表した同年1月の国際収支¹はこのようになっています(▲は赤字)。

貿易収支 ▲1兆6043億円(輸出:6兆5620億円、輸入8兆1663億円)
サービス収支 ▲7379億円
第1次所得収支 1兆2890億円
第2次所得収支 ▲1355億円
経常収支 ▲1兆1887億円

経常赤字が為替に及ぼす影響

経常赤字は、国際的な通貨取引の上でどのような意味を持つのでしょうか? 

モノの貿易の例から考えてみましょう。日本で生産した車の海外需要が拡大し、日本からの輸出が増えたら、海外企業が日本の自動車メーカーに支払う対価が増えます。

海外企業が持つドルなどの外貨は、日本企業の手元に渡るときに、基本的には日本円に変わります。つまり、ドルなどの外貨を売って円を買う動きが拡大します。円の買い需要の増加は円の価値を高めるため、貿易黒字の拡大は円高要因となります。

サービス収支の黒字幅の拡大も同様です。例えばインバウンド消費者が増加し、日本でたくさん買い物をすれば、外貨を売って円を調達する量が増加することに、一定程度寄与します。

第1次所得収支はどうでしょうか? 同じように、日本メーカーのA社が米国工場を運営する子会社から配当を受け取る際に、ドルを円に切り替える必要が出てきます。ここでの円買い需要も円高要因となります。

逆に、貿易・サービス収支や、第1次所得収支の赤字が拡大した場合はどうでしょうか。日本円を売って、海外企業に支払うためのドルをはじめとした外貨を調達する動きが拡大すると考えられます。円売り需要の拡大は円の価値を押し下げるため、円安要因となります。海外旅行をする日本人が増加した場合も、サービス収支を通じ、円安に作用するものと考えられます。

※貿易、サービス、第1次所得収支・経常収支と為替との関係

黒字拡大/黒字転換/赤字減少 黒字減少/赤字転落/赤字拡大

外貨を売り円を買う動きが広がる(円を売り外貨に換える動きが縮小する)

円を売り外貨を買う動きが広がる(外貨を売り円に換える動きが縮小する)

円高要因 円安要因

これらを合計した経常収支が巨額の赤字となったということは、円を売ってドルなどの外貨を調達する動きが広がったととらえることができます。

経常赤字は持続するか

中期的な観点でドル円相場を予想する時に問題となるのは、経常赤字が一時的なものか、それとも持続的なものか、ということでしょう。貿易・サービス収支と第1次所得収支、経常収支の過去の推移を示したグラフは以下の通りです。

財務省「国際収支」時系列データより筆者作成)

2012年以降の月次データの変化をみると、過去最大の経常赤字となった14年1月以降、経常収支は持ち直し、おおむねプラス圏で推移してきました。14年1月当時は、中東情勢の緊迫化に伴う原油価格の上昇や、消費増税前の駆け込み需要の拡大を背景にした輸入量の増加などが響きました²。そもそも1月は日本には正月休みがあり、工場の稼働日数の関係で、輸出が落ち込みやすいという特性があるようです。

冒頭、表で示した22年1月の貿易赤字額(1兆6043億円)は、14年1月(2兆4241億円)の水準には及びませんが、それでも21年1月と比べ赤字額は1兆4642億円増加しています。原油価格の上昇が輸入額を押し上げたことが響いたほか、日本企業が海外のSNSサービスに支払う広告費の増加がサービス収支を悪化させたという側面もあり³、経常収支は前年同月の黒字から赤字に転じました。

今回の経常赤字の基調が一時的なものにとどまるかは、原油価格の動向次第だと言えるかもしれません。輸出から輸入を差し引いて算出する貿易収支について言えば、そもそもリーマン・ショック後の超円高環境下で、日本の製造業は業績に対する為替面での悪影響を抑制しようと、海外での現地生産体制の構築を進めた過去があります。いったん海外にシフトした生産が日本にすぐに回帰するのは見込みにくく、ある意味で、輸出を拡大させるには「足枷」が掛かった状況であるといます。

半面、海外に進出する日本企業が増加したことを受け、海外の子会社や出資先からの配当収入などを示す「第1次所得収支」は増加の一途をたどっています。21年10~12月は3兆9698億円の黒字と、同期間の貿易赤字額(5833億円)を穴埋めし、さらに余りが出る規模となっています。

もっとも第1次所得収支に関しては、企業が外貨を円に転じずに外貨のままで保有するケースも一定の割合で存在すると指摘されています⁴。第1次所得収支の黒字拡大に伴う円買い需要が限定的ななかで、貿易赤字、ひいては経常赤字が拡大すれば、為替市場で余計に円安圧力が強まってしまう──。そんなシナリオも現実味を帯びています。

海外への輸出量が業績を左右する自動車メーカーにとっては、円安は輸出採算を改善させるため、業績に大きな恩恵をもたらすものとなるのに違いありません。一方で円安は穀物価格や資源価格など輸入物価を上昇させるため、食品や素材メーカー、一部の小売チェーンなど、輸入企業の業績にはコストアップ要因となります。海外企業の買収を計画していた日本企業にとっては、急激な円安進行は買収予定額の増加につながることから、場合によっては計画の修正を迫るものにもなりかねません。

3月下旬に急速に進んだドル高/円安の背景には、日銀が国内の長期金利を低位で安定させるために国債を一定の利回りで無制限に買い入れ続ける「連続指し値オペ」を初めて実施したことを受け、日米の金利差が一段と広がるとの見方が広がり、低金利の円を売って高金利のドルを買う投機的な売買が広がったことも影響しているようです(知見録参考記事:「2022年の金利上昇、その要因とは?」および「『指し値オペ』とは何のこと?」)。

加えてもしこの先、経常収支の悪化が長期化するとの見方が一段と金融市場で広がった場合、さらなる円安進行を見込んだポジションを構築する投機家が増えることだって、十分に考えられることです。円安に歯止めが掛からない状況が続いた際、政府・日銀が金融市場にどのようなメッセージを発信するのか、注目が集まりそうです。

「経済指標の備忘録」の過去の記事はこちら

#1 「GDP」「日銀短観」…景気の読み解き方は?
#2 奥深き「GDP」の基礎を知る
#3 「GDP」、その甚大な影響力─
#4 「日銀短観」─Tankanと訳される理由
#5 「鉱工業生産指数」 製造業だけが日本の景気?
#6 <前編>消費者物価指数、日米間で格差 その理由は?
#6 <後編> 消費者物価指数、日銀との関わりは?

参考:
¹ 財務省「令和4年1月中 国際収支状況(速報)の概要」https://www.mof.go.jp/policy/international_policy/reference/balance_of_payments/preliminary/pg202201.htm

² 日本経済新聞「経常赤字、原油高で常態化も 1月は過去2番目の1.1兆円」https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA083LP0Y2A300C2000000/
³ 日本経済新聞「1月の経常赤字1.1兆円、原油高で過去2番目の赤字幅」https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA080OH0Y2A300C2000000/
(いずれも2022年3月8日)
⁴ Business Insider「財務省『過去最大級の経常赤字』公表で高まる『慢性化』の懸念。資源高騰で日本の悲惨な未来が見えてきた」(みずほ銀行チーフマーケット・エコノミスト唐鎌大輔氏寄稿、2022年3月10日)https://www.businessinsider.jp/post-251525

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