「ベージュブック」の原文から変化を読み解く 経済指標の備忘録<米国編vol.3>

米国の経済指標と金融政策の関係に焦点を当てる「経済指標の備忘録・米国編」。前回は米雇用統計を受けた金融市場の反応例を踏まえ、利上げの織り込み度合いの影響について触れました。今回は雇用統計以外の米国の重要経済指標・データについて、基本的な項目を押さえていきます。日本と同様、米国もGDP(国内総生産)や鉱工業生産など、数多くの経済指標が公表されますが、ここでは金融市場の参加者が特に関心を払っているとみられるものについて、3つ取り上げていきます。

ISM製造業景況感指数

米国景気の先行きを示唆する経済指標として注目されています。Institute for Supply Management(米サプライマネジメント協会)が実施した米国企業に対する調査をもとに、算出されます。

製造業だけでなく、非製造業を対象にした指数もあります。景況感指数のほか、新規受注、生産、雇用、出荷や価格などの指数が発表されます。一般的に50を超えると好調、下回ると不調と評価されます。製造業の景況感指数が50を割り込んだ時、米国景気の先行き警戒感が高まり、米国株に下落圧力が掛かることがあります。

小売売上高

米国のGDP(国内総生産)のうち、個人消費は7割弱を占めると言われています。個人消費の強弱は米国経済に多大な影響を及ぼすため、米商務省から毎月公表される小売売上高に対して大きな関心が寄せられます。

ニュースで報じられるのは、飲食も含めた全体の季節調整済みの数値であることがほとんどですが、発表資料には内訳とその増減も記載されています。22年3月の小売売上高は全体で前月比0.5%増でしたが、中身はこのように、原油高を背景に「ガソリンスタンド」が大きく伸びています。ガソリンを除くベースでの小売売上高は0.3%減となっており、オンライン通販は大きく落ち込んでいます。

Gasoline stations +8.9%
General merchandise stores +5.4%
Sporting goods, hobby, musical instrument, & book stores +3.3%
Motor vehicle & parts dealers -1.9%
Nonstore retailers -6.4%

(米商務省資料より、Nonstore retailersはネット通販含む「無店舗型小売」https://www.census.gov/retail/marts/www/marts_current.pdf)

ベージュブック(米地区連銀経済報告)

日本のメディアが大きく取り上げることはあまり多くありませんが、それでも金融市場の参加者の多くが、米国経済の実態を適切に反映したデータと位置付けています。私が記者時代に取材をしたファンドマネジャーのなかには、多忙であるにもかかわらず、時間を割いてでもベージュブックの原文の一字一句に目を通す人が多くいました。

ベージュブックにはFRB(米連邦準備理事会)を構成する12の地区連銀がまとめた各地域の経済情勢が示されています。日銀が公表する地域経済報告(さくらリポート)は、これと似た役割を持っています。

数字や指数が示されている訳ではなく、米国の経済情勢について英語の文章がずらりと並んだものなので、金融市場の参加者がベージュブックをもとに短期的な売り買いをする、ということはあまりありません。どちらかというと、中期的な金融市場に影響を及ぼすことが多いと言えます。

ベージュブックは年8回公表されます。2022年は現時点で1月と3月、4月のベージュブックが発表されていますが、Overall economic activity(全体総括)の冒頭の一部を引用してみます。

<1月12日>

Economic activity across the United States expanded at a modest pace in the final weeks of 2021. Contacts from many Districts indicated growth continued to be constrained by ongoing supply chain disruptions and labor shortages.

<3月3日>

Economic activity has expanded at a modest to moderate pace since mid-January. Many Districts reported that the surge in COVID-19 cases temporarily disrupted business activity as firms faced heighted absenteeism.

<4月20日>

Economic activity expanded at a moderate pace since mid-February. Several Districts reported moderate employment gains despite hiring and retention challenges in the labor market. 

(FRB Berge Bookより https://www.federalreserve.gov/monetarypolicy/beige-book-default.htm)

1月の報告書は米国の経済が「穏当な(modest)ペース」で拡大しているとしているのに対し、3月は「穏当から適度な(moderate)ペース」で拡大していると変化しています。さらに4月は「穏当」を示す単語が消え、一段と前向きな表現となっています。

ダウ工業株30種平均や、S&P500種株価指数の値動きを見ると、ウクライナ情勢の影響はもちろん要因として存在するとはいえ、1月以降、3月まで緩やかな下降トレンドが続いていました。半面、3月以降、4月半ばにかけての株価は持ち直しの動きに入ったようにもみえなくはありません。ファンダメンタルズ(経済の基礎的要件)に対するベージュブックの見解が、投資家心理を改善させた可能性がある、と考えることもできるかもしれません。

(S&P Globalより筆者作成  https://www.spglobal.com/spdji/jp/indices/equity/sp-500/#overview)

ところでこのような「文章比較」の作業が金融市場で最も行われるのは何かというと、間違いなくFRBが金融政策を協議するFOMC(連邦公開市場委員会)後の声明文ではないでしょうか。議長会見ももちろん重要なのですが、声明文に対しても、その文章の表現の変化から、FEDウオッチャー(FRBの金融政策を分析する専門家)は、中央銀行のメッセージをくみ取ろうと血眼になります。次回は、これまでの経済指標の知識を踏まえ、米国の金融政策の特徴について考察していきます。

「経済指標の備忘録」シリーズ記事はこちらから

#1 「GDP」「日銀短観」…景気の読み解き方は?
#2 奥深き「GDP」の基礎を知る
#3 「GDP」、その甚大な影響力─
#4 「日銀短観」─Tankanと訳される理由
#5 「鉱工業生産指数」 製造業だけが日本の景気?
#6 <前編>消費者物価指数、日米間で格差 その理由は?
#6 <後編>消費者物価指数、日銀との関わりは?
#7 6年7カ月ぶり円安水準、巨額の「経常赤字」が起点?「国際収支」編
#8「最大級」のインパクトを持つ米雇用統計 <米国編vol.1>
#8「利上げ確率」で解釈が変わる? <米国編vol.2>

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