このシリーズではビジネスパーソンが最低限、習得すべきである経済指標の基礎知識を紹介します。必要な時にすぐに確認できるよう「備忘録」としての機能も持たせています。第1回目は総論として、経済指標の意義や種類について説明したうえで、重要性の高い指標をピックアップしていきます。
経済指標のビジネス上の意義
皆さんは朝、出かける前に何を見ますか? スマートフォン、テレビ、散歩の景色…。それだけでしょうか? 鏡はどうでしょう? 身だしなみを整える時、飲みすぎた日の翌日なら、鏡に映る顔がむくんでいるかもしれません。何か嬉しいことがあったら、いつもより肌にハリやツヤがあるようにみえるかもしれません。
経済指標は、その国の経済状況を映し出す鏡と言えます。調査から発表までのタイムラグがあるため、鏡に映る姿はリアルタイムのものではありませんが、ある期間の経済の姿を客観的な視点で切り取ったものとして、非常に重要なデータです。
ビジネスパーソンは、マクロの経済状況の変動とは無縁ではいられません。経済指標に注意を払わずに、自らの感覚で経済の姿を捉え続けたら、的外れな現状判断をしてしまう恐れが強まります。
経営者や経営企画担当者の場合、事業戦略を構築するうえで、「PEST分析」という外部環境要因の分析を行うことがあります。P(Politics:政治)、E(Economy:経済)、S(Society:社会)、T (Technology:技術)のフレームワークで分析をするのですが、経済指標はEの領域に直接的にかかわってきます。ミドルマネジャーも同様に、チームをまとめるうえで、経済指標に対する「リテラシー」がおぼつかなければ、的確な判断を立てられなくなってしまいます。
ジャンル別でみた経済指標
経済指標とは、ある期間における一国の経済状況を示すデータのことです。政府や公的・民間団体が実施した調査に基づき、定期的に公表されます。
企業が業績管理に用いる指標は「経営指標」と呼ばれます。EBITDA(利払い・税引き・償却前利益)やARPU(ユーザーあたり年間課金額)、チャーンレート(解約率)などが該当します。日経平均株価やTOPIXは「株価指標」、無担保コールレート翌日物や新発10年債利回りなどは「金利指標」とも呼ばれます。
経済指標と聞くと「GDP(国内総生産)」を想起する人が多いと思いますが、実に様々な指標があります。マクロ景気の動向を示すものにはGDPのほか「景気動向指数」や「景気ウオッチャー調査」などがありますし、「消費者物価指数」などモノの値段の変化、つまり物価動向を示すもの、「失業率」など雇用情勢を示すものなどがあります。それぞれ以下のようにジャンル分けすることが可能です。
以下は、各ジャンルの主な指標です。
●景気全般
GDP(内閣府)、景気動向指数(内閣府)、景気ウオッチャー調査(内閣府)、ESPフォーキャスト(日本経済研究センター)
●企業活動
日銀短観(日銀)、法人企業統計(財務省)、鉱工業生産(経済産業省)、機械受注(内閣府)、工作機械受注(日本工作機械工業会)、auじぶん銀行製造業購買担当者景気指数(PMI、IHSマークイット)、粗鋼生産高(日本鉄鋼連盟)、第3次産業活動指数(経済産業省)、建設工事受注(国土交通省)
●消費
商業動態統計(経済産業省)、家計調査(総務省)、消費総合指数(内閣府)、消費動向調査(内閣府)、新設住宅着工件数(国土交通省)、新車販売(自販連など)、首都圏マンション市場動向(不動産経済研究所)、旅行取扱高(国土交通省)、全国百貨店売上高(日本百貨店協会)
●貿易
貿易統計(財務省)、国際収支統計(財務省)
●雇用
失業率(総務省)、有効求人倍率(厚生労働省)、毎月勤労統計(厚生労働省)
●物価
消費者物価指数(総務省)、企業物価指数(日銀)、GDPデフレーター(内閣府)
複数の経済指標の変化を観察することで、ビジネスパーソンは様々な仮説を立てられるようになります。簡単な例として、ある月の企業物価指数(PPI)が大きく上昇したのに、同月の消費者物価指数(CPI)が小幅な上昇にとどまり、商業動態統計の小売販売総額(季節調整済指数)も減少したとしましょう。
PPIは企業間で取引される物品の価格動向を反映したものであり、一般的に海外から輸入する原材料価格が上昇すれば、PPIに上昇圧力が掛かります。CPIは消費者が購入するモノやサービスの価格動向を示したものです。
PPIの伸びにCPIが追い付いていない場合、企業が原材料コストの上昇分を最終製品の価格に転嫁できない状況にある、などと推測できます。さらに小売販売総額が減少したのであれば、ガソリン価格などの上昇が消費意欲を後退させたのではないか、などと想定することができます。
原油価格の上昇が一服したのであれば、原材料高に伴う企業業績への負の影響が和らぎ、消費マインドも持ち直しに向かうかもしれません。経済動向を俯瞰することにより、ビジネスの打ち手を考案するための新たな視点が得られるようになると思います。
重要度で分けた経済指標
上に記載した指標には、公表のたびに報道機関が全国ニュースで取り上げるような重要度の高いものがあれば、大きな変化があった時に話題になるような指標もあります。
一般的に重要度が高いとされる指標にはどのようなものがあるのでしょうか。国内外のメディア報道などを参考に、主なものをまとめてみます。
なお上の表で色が付いたものは経済メディアが特に大きく取り上げる傾向にある指標です。なかでもGDPや日銀短観は、通信社の場合、公表後にエコノミストらにすぐにコンタクトをし、コメント取りを行うことが通例となっています。
GDPなど重要な経済指標には、エコノミストによる予想値をまとめた「市場予想(コンセンサス)」が存在します。例えば2019年1〜3月期のGDP速報値は、予測平均値(前期比年率)のマイナス0.2%に反し、プラス2.1%と大きく乖離しました。このような時、金融市場ではサプライズと受け止められることになり、コメント取りを担当する記者には、いつも以上に緊張感が走ります。
しかしサプライズとなった要因を、予想を外したエコノミストに語ってもらうのは、ある意味で酷な作業です。取材対象者によってはコメントの歯切れが悪くなり、記者はまとめるのに苦労することとなります。送稿時間が遅くなるにつれ、担当記者に対する社内の視線が厳しさを増し、やがてデスクが「他社にはもう記事が出ているぞ」と注意する…。経済記者(特に証券担当記者)の多くが味わう、苦い経験のひとつだと思います。
なお指標によっては調査対象月から公表までのタイムスパンが大きく異なります。法人企業統計の場合、3か月後の公表となっているので、調査時点以降の環境変化に対しては留意が必要です(とはいえ同統計で公表される「設備投資額の増減」はクローズアップされる項目のひとつです)。
機械受注など景気の見通しについてインプリケーションを与える「先行指標」もあれば、失業率など景気の変動に遅れて数値が変化する「遅行指標」もあります。遅行指標をもとに景気の先行きを見通すことはできませんが、例えば失業率が大幅に上昇した場合は、企業経営者や消費者のセンチメント(心理)を悪化させることが予想されますし、財政金融政策への影響も考えられますので、やはり無視するわけにはいきません。
上の表に掲げたような経済指標をどう読み解けばいいのでしょうか。次回以降、経済指標の主力バッターである「GDP」を皮切りに、掘り下げていこうとおもいます。
「経済指標の備忘録」シリーズ記事はこちらから
#1 「GDP」「日銀短観」…景気の読み解き方は?
#2 奥深き「GDP」の基礎を知る
#3 「GDP」、その甚大な影響力─
#4 「日銀短観」─Tankanと訳される理由
#5 「鉱工業生産指数」 製造業だけが日本の景気?
#6 <前編>消費者物価指数、日米間で格差 その理由は?
#6 <後編>消費者物価指数、日銀との関わりは?
#7 6年7カ月ぶり円安水準、巨額の「経常赤字」が起点?「国際収支」編
#8「最大級」のインパクトを持つ米雇用統計 <米国編vol.1>
#8「利上げ確率」で解釈が変わる? <米国編vol.2>
#8_ ベージュブック、「原文」の変化を読み解く <米国編vol.3>
#8_ FRBは「物価」だけで動くのか? 経済指標の備忘録<米国編vol.4>