2022年に入り金利が世界的に大きく変動する場面がみられるようになっています。時に「経済の体温計」と例えられるほど、資本主義経済の根幹をなしていると言われる金利についての着眼点を押さえていく「ビジネスパーソンの必須知識 金利編」。今回は金利の変動要因について理解を深めていきます。
債券市況ニュースを読み解く
株式市況に関する日々のニュースは、多くの人はなじみがあると思いますが、債券市場の場合はどうでしょうか。以下に、記事の一例を紹介します(架空のものです)。
米連邦準備理事会(FRB)の高官が現地時間19日、コロナ禍で落ち込んだ世界経済が今後、力強い回復を遂げるとの認識を示したことを受け、同日の米国株は大幅高となった。世界景気に対する前向きな見方が広がるなか、20日の円債市場で長期金利は前日比で0.05%高い(価格は低い)0.130%で引けた。
世界景気に対する楽観ムードが国債価格の下落につながった──。景気が拡大しそうだとなった時に買われやすい株式とは真逆の世界と言えます。
債券の価格変動要因
前回まで債券価格の上昇は、投資家にとっては債券の運用パフォーマンスの低下(すなわち債券利回りの低下)につながることに度々触れてきましたが、あらためて債券市場での投資家の思惑と価格(利回り)の動きについて、具体的に見ていきます。大まかに流通市場での国債価格の変動要因には以下のようなものがあります。
変動要因 | 主な経済指標・イベントなど |
マクロ景気 | 日銀短観、GDP、鉱工業生産 |
株価 | 日経平均株価、TOPIX |
物価 | 消費者物価指数(CPI)・企業物価指数(PPI)、予想物価上昇率 |
為替 | 貿易収支・経常収支 |
金融政策 | 日銀金融政策決定会合、FOMC、ECB理事会 |
海外要因 | 海外市場の株価、金利動向 地政学リスクなど |
格付 | フィッチ、ムーディーズ、格付け投資情報センターなどが配信 |
需給動向 | 国債発行計画、財務省の入札・日銀の国債買入オペの結果など |
(1) マクロ景気
一般的に景気が悪化すると、モノの購入やサービスの利用が落ち込み、その分、世の中のおカネに対する需要が落ち込みます。金融機関は貸し出しに回すはずだった資金を運用する必要に迫られ、その資金の受け皿が国債となった場合、国債価格は上昇(利回りは低下)します。
また教科書的に言うと、景気悪化の兆しがみえた時は、中央銀行が景気回復を後押しするため、金融緩和に踏み切るとの思惑が広がりやすい局面と言えます。政策金利の引き下げや、国債など金融資産の買い入れ拡大に対する期待が膨らんだ場合、金利を押し下げる(債券価格を上昇させる)要因となります。金融政策との関係については後でも触れます。
(2) 株価
好景気環境下で企業収益が拡大するとの期待が高まると、世の中の資金需要が増えることとなります。(1)で示したのと反対に、金融機関からの国債への資金流入が細るとの見方が広がれば、国債は売られ価格は下落(利回りは上昇)しやすくなります。このサインとなるのが株価上昇です。
機関投資家の視点に立てば、運用リスクを取りやすい局面では、保有資産のうち国債の割合を減らし、株式の割合を増やすなどして、運用パフォーマンスを高めようとする姿勢が広がります。このため「株高が国債の売り(金利上昇)につながった」などと解説されることがあります。
(3) 物価
物価上昇(インフレ)が加速するとの見方が世の中で広がると、価格の安いうちにモノの購入などを済ませようとする企業・消費者が現れます。つまり資金需要が増える(=金融機関による債券購入意欲が後退する)ため、金利には上昇圧力が掛かります。インフレを抑えるために中央銀行が利上げに踏み切るとの投資家の思惑も、金利に上昇圧力を掛ける要因となることがあります。
(4) 為替
日本国内の場合、円高が進行すると、自動車や機械などの輸出企業の収益を押し下げ、日本経済に悪影響をもたらすとの見方が強まります。一方、円高は原油や穀物など輸入品の価格の下落を通じ、物価が押し下げられることにもつながります。マクロ景気の減速と物価下落は債券買い(利回り低下)の要因となります。
(5) 金融政策
教科書的には景気過熱局面では中央銀行は政策金利を引き上げ、過熱感をやわらげようとします。具体的には、銀行間で短期に融通しあう資金への金利を引き上げることなどが該当します。前回の「『イールドカーブ』は何を示す?」で説明したように、イールドカーブ(利回り曲線)の起点となる短期金利が押し上げられることで、中期や長期、超長期を含めた金利全体に押し上げ圧力が掛かることとなるのです。
現行の日銀の金融政策は「長短金利操作付き量的・質的緩和」という名前が付いており、公開市場操作(具体的には国債買い入れオペなど)などを通じ、イールドカーブの変動を一定の範囲に抑えようとする政策をとっています。金利の低位安定を図り、資金需要の拡大を促すことなどを通じ、安定的な経済成長につなげることを狙った政策です。
操作目標となる長期金利の水準など、金融政策が変更される可能性が高まったとの見方が市場に広がると、すぐに相場に反映され、金利を上下させることとなります。
(6) 海外要因
海外の債券市場における金利の変動は、日本市場にも影響をもたらします。特に影響力を持つのは米国です。FRBの金融政策がより引き締め的になる(利上げや金融資産の買い入れ縮小などが行われる)との見方が市場で広がり、グローバルで資産運用する投資家が債券保有量を減少させる(債券を売却する)と、世界的に金利に上昇圧力が掛かることとなります。
地政学リスクの高まりで投資家のリスク許容度が縮小した際には、安全資産と位置付けられる先進国の国債への需要が拡大し、日本の長期金利も低下することがあります。直近ではロシアによるウクライナ侵攻を受け、このような現象がみられました
(7) 財政・格付
国債の発行体となる国家の財政状態も、国債価格に影響を及ぼします。国債の発行は、国家が市場を通じ借金をする行為と言えます。そもそも借金の返済が難しくなりそうな、信用力に劣る相手に貸し出す資金には、高い金利が付くこととなります。国家も同じで、財政状態が悪化し、国債の償還や利払いに支障が出る恐れが高まった場合は、その国の流通市場での国債価格は暴落(金利は急上昇)することとなります。
財政状態などを監視し、国債の信用力についての判断材料を提示するのが格付機関です。多くの機関投資家は保有可能な国債の格付を予め定めています。一定の基準以下の格付となった国債などには売り圧力が高まり、国債価格が下落(金利が上昇)するといった事態が起きる可能性が強まります。
(8) 需給動向
景気刺激策の財源として近い将来、国債発行量を増やす必要に迫られ、入札を通じた国債供給量が増えるとの懸念が拡大した場合、国債価格は下落(利回りは上昇)することがあります。2021年11月、コロナ禍で落ち込んだ景気の立て直しを目的に、日本政府が55兆円以上の経済対策に踏み切ると一部の報道機関で報じられた後、長期金利には強い上昇圧力が掛かりました。財源として国債が増発され、国債の需給が悪化するとの見方が広がったためです*。
政府による国債発行額の増減だけでなく、金融機関の「懐具合」も需給要因に位置付けられます。財務省による国債の入札結果などでその一端を伺い知ることができます。例えば国債が投資家に売れず、在庫を抱えることとなった金融機関が多い局面では、国債の入札結果は低調なものとなりがちです。また日銀の国債買入オペの結果で、金融機関からの旺盛な応札意欲が確認された場合、金融機関における国債の在庫がだぶついているとみなされ、国債価格が下落(利回りが上昇)することがあります。
2022年の金利を動かしたのは…
ここまで国債価格の変動要因をみてきました。では2022年に入ってからの長期金利の動きを細かく見てみます。
(日本相互証券のデータより筆者作成、3/18時点)
世界的な資源価格の高騰が顕著となるなか、金融市場ではFRBがインフレ抑制を目的に利上げを続けるとの見方が根強く、米国債には売り圧力(利回りには上昇圧力)が掛かっています。その影響は日本国債にも及び、日本の長期金利は年明けから2月中旬にかけて上昇を続けました。
具体的には2月中旬に0.220%、2月17日には0.225%まで上昇しています(引け値ベース)。その後、ウクライナ情勢の緊迫化を背景に、安全資産としての国債需要が世界的に高まり、日本の長期金利も一時的に低下しますが、その前の段階で、日本固有の出来事として金利の上昇を抑制したのは、日銀の「指し値オペ」でした。指し値オペとは、いったいどのようなものなのでしょうか。
実のところ、日本の債券市場で大きな価格変動要因となっているのは、(8) の「需給動向」だと多くの市場参加者が感じています。次回は国債需給に影響をもたらす、国債入札と日銀オペに焦点を当てます。
「ビジネスパーソンの必須知識 金利編」シリーズの記事はこちら
vol.1 動き出した?「金利」のイロハ
vol.2 「イールドカーブ」は何を示す?
vol.4 「指し値オペ」とは何のこと?
参考:*日本経済新聞電子版 NQNスペシャル「市場揺さぶった55.7兆円の驚き、国債増発の吟味これから」(2021年11月18日)https://www.nikkei.com/article/DGXZQOFL00034_Y1A111C2000000/