ブランド・エクイティとは何か
ブランド・エクイティとは、一言でいえば「ブランドそのものが持つ資産価値」のことです。「ブランドは財務諸表には現れにくいが、確かに企業の競争力の源泉となる資産である」という認識を出発点に、マーケティング研究者のデービッド・アーカー教授が体系化しました。この概念は、企業のブランドが消費者の意思決定に与える影響力を、財務的・知覚的な観点から捉えようとするものです。
ブランド・エクイティ4つの要素
ブランド・エクイティには、主に以下の4つの要素があります。
- ブランド認知(Brand Awareness):消費者がそのブランドをどれだけ知っているか
- 知覚品質(Perceived Quality):消費者がそのブランドの品質をどう評価しているか
- ブランド・ロイヤルティ(Brand Loyalty):消費者がそのブランドに対して持つ継続的な愛着や再購買意欲
- ブランド連想(Brand Associations):そのブランドから想起されるイメージや感情の総体

これらの要素が強く積み上がっているブランドは、同等の製品であっても高い価格で売れたり、新しい市場へ参入した際に初期認知を得やすかったり、競合との差別化を維持しやすかったりするとされています。逆に、ブランド・エクイティが弱い状態では、いくら良い製品を出しても市場に定着させることが難しくなります。
ブランド・エクイティのメリット
ブランド・エクイティの分析が実務で有効なのは、「このブランドの強みと弱みは何か」を多角的に問い直せる点にあります。
単に「うちはブランド力がある」と漠然と言うだけでなく、4つの構成要素ごとに現状を評価することで、打ち手の優先順位が見えてきます。
また、ある企業が新規事業を検討している際、ブランド・エクイティの各要素は、単なるチェックリストではなく、以下のようなトレードオフの経営判断を喚起します。
- 認知の観点:既存のブランド名の活用は認知獲得コストを劇的に抑えられますが、同時に既存ブランドの専門性希少性を薄めるリスクを負うという判断でもあります。
- 知覚品質の観点:既存ブランドが持っていた品質への信頼を新事業でも活用できますが、新事業の品質が低いと判断された場合、既存ブランドへ連鎖的に波及するリスクを管理する必要があります。
- ブランド連想の観点:新事業が既存ブランドの連想イメージを拡張するか、それとも希薄化(本来の持ち味をぼやけさせる)するか。「ブランド希薄化(Brand Dilution)」は、拡張戦略において頻繁に起きるリスクでもあります。
- ロイヤルティの観点:既存顧客を新事業にも親しみを持ってくれる最初の顧客として当て込める一方で、新事業展開が「既存ファンに背を向けた」と感じさせた場合にLTV(顧客生涯価値)がどう変化するか、高度な調整が必要となります。
このような観点に立つことで、新規事業の成否を「製品の良し悪し」だけで語るのではなく、「ブランド資産をどう活用・保護するか」という経営戦略の次元で議論できるようになります。
もちろん、ブランド・エクイティだけで新規事業の成功可否を説明できるわけではありません。サンリオの例でいうとゲーム事業では、運営力、継続的なコンテンツ供給、コミュニティ形成など、その事業ならではの競争力が強く求められます。
それでもなお、ブランド・エクイティという視点は、「なぜその企業がその市場へ向かうのか」「その挑戦がブランド資産と整合しているのか」を整理するうえで有効です。
ブランド拡張は「資産活用」と同時に「資産毀損リスク」
ブランド・エクイティのフレームワークで特に注目すべきトピックのひとつが、「ブランド拡張(Brand Extension)」の是非です。
既存の強力なブランドを新しい製品カテゴリーへ展開することは、ブランド・エクイティの4つの要素いずれにとっても魅力的な戦略に見えます。しかし、過去の事例が示すように、この判断は慎重さを要します。
成功事例として語られることが多いのは、たとえばAppleがiPodからiPhone、さらにApple Watchへと展開したケースです。
一貫した「洗練されたデザインと使いやすさ」というブランド連想が、異なる製品カテゴリーを横断しても損なわれませんでした。
一方、失敗事例としては、高級ファッションブランドがライセンスを乱発しすぎてブランドの希薄化を招いたケースが複数あります。
「どこにでもあるブランド」になってしまうことで、希少性や高級感というコアな連想が失われ、本来の顧客層が離れていくという構図です。
「広く届ける」から「深く関わる」へ――サンリオがゲームで狙う戦略の転換
サンリオがゲームで狙う「ブランド連想」の深化
ユーザー認知コストが極めて高く、多くの企業が広告投資に依存するゲーム市場。
すでに高いブランド認知を持つサンリオは、初速の面で大きなアドバンテージを持つことになります。
「One World, Connecting Smiles.(一人でも多くの人を笑顔にし、世界中に幸せの輪を広げていく。)」という企業ビジョンからしても*1、エンターテインメント領域で拡大していく分には、ブランド連想の一貫性を保つこともできそうです。
同社はこれまで、物販やライセンス提供、あるいは映像展開によって、ユーザーの日常の中に多数の接点を持ってきました。この観点では、過去ゲーム領域に全く関わってこなかったわけではありません。スマートフォン向けのパズルゲームや他タイトルとのコラボレーションなど、ライトなゲーム体験はすでに展開されてきています。
しかしそれらはあくまで、キャラクターの認知を広げる補助的な手段として機能していたのではないでしょうか。
ハローキティやマイメロディの見た目や名前は多くの人が知っていても、性格、背景、関係性、世界観まで知っているとは限りません。以前はこうした役割をテレビアニメが担う面もありましたが、メディア接触が分散した現在はその力が弱まっています。
そこでゲームです。今回のサンリオの動きが示唆するのは、ゲームを単なる露出の場から、ユーザーとの関係性を深める中核的な体験を提供する場にしようという考え方です。
ゲームにおいてユーザーは、キャラクターのいる世界に入り込み、自ら能動的に動きます。その中でキャラクターの性格や関係性、世界観を体感すれば、ユーザーの中に形成されるブランド連想はより具体的で豊かになっていきます。その結果、深い愛着がうまれ、ブランド・ロイヤルティやLTVの向上にもつながっていく、と想定できます。

ブランド拡張にはリスクも
一方で、その優位性はあくまで入口にすぎません。ダウンロード後にユーザーを引き留め続けられるかどうかは、ゲームとしての完成度、すなわち体験の質に依存します。
「大好きなキャラクターなのに、ゲームがつまらない」と思われてしまえば、ブランド・エクイティにおける「知覚品質」の毀損を起こしかねません。また、ゲームの設計次第では、本来のキャラクターイメージよりも「性能」や「(ゲームで勝つための)効率」が前面化し、ブランド連想そのものが変質してしまうこともありえます。
つまりブランド・エクイティの観点では、今回のゲーム参入は単なる接点拡大ではなく、「既存ブランド資産をどう保護しながら拡張するか」という難しい意思決定でもあります。ここで必要になってくるのは、ゲームデザイン、運営力、継続的なコンテンツ供給といった、従来のキャラクタービジネスとは異なる競争力です。
本件についてのリリース*2 中にある「キャラクターそれぞれの世界観を深く反映したゲーム体験の設計」は、リスクになりうる知覚品質を担保しつつ、ブランド連想を拡張させるために重要な部分と言えるでしょう。
ディズニーは言うに及ばず、近年では任天堂など、自社IPを複数の接点へ展開しながら世界観の体験機会を広げている企業は少なくありません。
その意味でも、サンリオのゲーム参入は、「強いIPを持つ企業がどこまで体験設計を主導できるか」を問う挑戦とも言えます。
実務への応用――自社のブランドを棚卸しする
ブランド・エクイティのフレームワークは、大企業に限らず、あらゆるサイズ・フェーズの企業において、自社ブランドの現在地を客観的に把握するうえでの実践的なツールになりえます。
実務で活用する際には、以下のような視点から「ブランド資産の棚卸し」を行うことが有効です。
- 認識のズレ(ギャップ)を確認する :単に「あなたは我々のブランドを知っているか(認知)」だけでなく「どんなイメージを持っているか(知覚品質)」を可視化します。そして「自社が届けたいと思っている品質・価値」と「顧客が実際に感じている品質・価値」のズレを明らかにし、マーケティング戦略の軌道修正に役立てます。
- ブランド連想からの逸脱をチェックする:自社ブランドから顧客が連想するキーワードやイメージを可視化し、新施策を行う際には、その連想を補強するか、棄損するものではないかを確認します。
- ロイヤルティ指標によって評価する:NPS(ネット・プロモーター・スコア)やリピート率など、定量的な指標でロイヤルティの水準と推移を把握します。
これらの作業を定期的に行うことで、「ブランドが今どの段階にあるのか」「新たな施策がブランド・エクイティを高める方向に働いているのか」を経営判断の材料として使えるようになります。
まとめ
企業が蓄積したブランド資産をどのように活用・発展させていくか。サンリオのゲーム事業参入は、この経営における普遍的な問いを改めて浮かび上がらせるものと言えます。
新規事業、ブランド拡張、リブランディング――こうした経営判断の場面において、ブランド・エクイティは「自分たちのブランドは何者であるか」「その資産を活かせているか、傷つけていないか」を問い直す思考の補助線として、大きな価値を発揮します。
あなたの会社のブランドは「知られている」だけで止まっていないでしょうか。あるいは、顧客との関係性をさらに深める余地は残されていないでしょうか。
ブランド・エクイティという視点は、その問いに向き合うための有効な手がかりとなるはずです。
【参照】
*1 企業理念|株式会社サンリオ
*2 初のサンリオゲームブランド「Sanrio Games」始動!2026年秋には、第1作目タイトルを世界同時発売予定!|Sanrio Games


















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