急成長を支えた「全方位拡張」と単一ブランドの懸念
ゴディバ・ジャパンは2010年のジェローム・シュシャン社長就任以来、「アスピレーショナル(憧れ)」かつ「アクセシブル(手の届く)」というビジョン²を掲げ、マルチチャネル戦略を推進してきた。既存の高価格帯を扱うチャネルに加え、スーパーやコンビニへ進出した結果、398億円と7年間で売上高を約3倍(2017年時点)へと急拡大を遂げた³。2023年以降もその勢いは加速しており、世界初となるベーカリーショップ「GODIVA Bakery ゴディパン 本店」の出店や、地域・数量限定(製品一覧参照)を含む和菓子メーカーとのコラボレーションなど、ラインナップを全方位に広げている。
高級チョコレートブランドのイメージとは一見乖離するようなこの展開は、一体どのような狙いがあるのだろうか。

ブランディングの観点から見ると、ここで疑問となるのが「なぜサブブランドを使わないのか」という点だ。
企業が、価格帯やチャネル、異なる製品へ展開する場合、企業はマスターブランドの価値毀損を避けるためにサブブランドを活用する手法がある。
サブブランドは、製品・サービスを廉価版にすることで親ブランド(マスターブランド)との違いをはっきりさせ、共食いとイメージ悪化のリスクを減らせる⁴。
例えば資生堂は百貨店向けにはクレ・ド・ポー・ボーテやイプサ、ドラッグストアや量販店向けには、アネッサやエリクシールとチャネル別にブランドを明確に分けている⁵。また星野リゾートも、リーズナブルな都市型ホテルを展開するにあたり「OMO(おも)」という新サブブランドを立ち上げた。代表の星野氏は『都市ホテルとして新たなサブブランド「OMO(おも)」を立ち上げるとき、このブランドには今までとは全く違ったイメージ要素が入ってくるため、星野リゾートというマスターブランドの知覚品質に悪い影響を与える可能性があると認識していました。』と語っており⁶、既存ブランドの高級なイメージとカジュアルなイメージという価値を意図的に切り離している。
これに対し、ゴディバはマス市場においても「GODIVA」という単一ブランドのみで展開している。アメリカの経営学者であるデービッドA.アーカーは「すでに確立されたブランド名を新しい製品・サービスに使えば、成功の確率を高めると同時に、市場開拓の時間と資源を節約できる⁷」というメリットがある一方、「既存のブランド連想を薄めてしまう」「望ましくない属性への連想が生まれてしまう⁸」と指摘する。
ゴディバ・ジャパンも、このリスクを認識しているはずだ。それにもかかわらず、あえて単一ブランドでの「全方位拡張」を選択しているのだと筆者は考える。
ゴディバが描く「3つの階層」構造
現在のゴディバ・ジャパンのチャネル、製品、価格帯を整理すると、ターゲットとマスターブランド価値の作用において明確な3階層構造が見えてくる。
ブランドの第一階層にあるのは、百貨店やホテルで扱う数千円~数万円の贈答品だ。フォーマルなギフトを求めるターゲットに向けている。高級ブランドであることを証明するゴディバ・ジャパンにとってフラッグシップだ。
第二階層は、GODIVA Caféやゴディパン、ショッピングモールやアウトレットで扱うショコリキサー(フローズンドリンク)、ご当地コラボレーションで、トレンドに敏感な若年層やファミリー層に向けている。ゴディバを体験してもらうことに軸を置き、体験と共感の拡大とブランドの若返りが狙いだ。
第三階層は、コンビニやスーパーで扱う、数百円から購入できる製品群で、日常のついで買いや手軽に癒しを求める層に向けている。あえて日常に溶け込むことで、若年層など未来のファンを開拓し「日常の贅沢」を定着させ、生活圏への浸透と認知拡大を狙っている。

なぜ単一ブランドで攻め続けるのか――市場環境の変化と生存戦略
なぜゴディバは、リスクを冒してまで日常の空間へと降りていくのだろうか。そこには市場環境の大きな変化が背景にある。
1972年の日本初進出当時、海外の高級チョコレートは非常に稀少であり、「高級チョコレート=ゴディバ」という独占的なポジションを築くことができた。しかしその後、ピエール マルコリーニ、ジャン=ポール・エヴァン、ラ・メゾン・デュ・ショコラといった、よりショコラティエのこだわりが際立つ競合ブランドが相次いで上陸し、かつての「唯一無二の存在感」は相対化された。
さらに人口減少が進む日本市場において、ブランドが生き残るためには市場浸透率(ペネトレーション)を高め、購入頻度(フリークエンシー)を向上させることが不可欠となる。年数回の「ギフト需要」だけに依存するモデルから、日常的な「自家需要(自分へのプチ贅沢)」へと舵を切ることは、企業として極めて経済的合理性のある判断であったと言える。
「生きているブランド」であり続けるためのリブランディング
今回のゴディバ・ジャパンの再建方針に対して、「安売りによるブランドの切り売り」という冷徹な見方をする向きもあるかもしれない。しかし、その本質は「時代に合わせた伝統ブランドのリブランディング」と捉えることができる。
消費者の「百貨店離れ」が言われて久しい。特に百貨店に昭和世代ほどの特別な思い入れはないミレニアル世代やZ世代⁹ にとって、重々しい昔ながらのゴディバのイメージでは「敷居が高い、親世代のブランド」になりかねない。若いうちに日常のチャネルで「ゴディバ=美味しい」という体験を提供しておけば、彼らが将来結婚や昇進などの人生の節目を迎えた際、第1階層(百貨店での高額ギフト)へ戻ってくるという長期的な顧客育成(ライフタイムバリューの最大化)の導線が完成する。
格式が高すぎるブランドは、時に時代から取り残され「歴史はあるが誰にも買われない化石」となるリスクを抱える。
あえて日常に歩み寄る「アクセシブル・プレミアム(手の届く最高峰)」へと自らを再定義すること。それこそが、話題性を保ち「今生きているブランド」としての鮮度を維持するための、計算された生存戦略なのではないだろうか。
【参考文献】
1 「ゴディバジャパン、今夏にも再建 スポンサー支援受け、リストラも」共同通信、2026年6月26日
2 ジェローム・シュシャン社長インタビュー、政府広報、2017年2月3日(https://www.gov-online.go.jp/eng/publicity/book/hlj/html/201703/201703_01_jp.html)
3 「7年で売上高3倍 ゴディバ日本の強さの秘密(日経MJ)」日本経済新聞、2018年12月23日(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO39022100X11C18A2H11A00/)
4 『ブランド論---無形の差別化を作る20の基本原則』P287、デービッドA.アーカー著、ダイヤモンド社
5 ブランド 資生堂(https://corp.shiseido.com/jp/brands/)
6 「星野リゾート代表 ブランドづくりは理論とデータが鍵」日経クロストレンド、2024年4月19日(https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00607/041200009/)
7 『ブランド論---無形の差別化を作る20の基本原則』P268、デービッドA.アーカー著、ダイヤモンド社
8 『ブランド論---無形の差別化を作る20の基本原則』P274-275、デービッドA.アーカー著、ダイヤモンド社
9 「百貨店が閉店ラッシュ 「街の顔」が消えゆく事情 倒産の力学 百貨店 編」 Nikkei BizGate、2026年4月30日(https://bizgate.nikkei.com/article/DGXZQOLM261B4026042026000000)



















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