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なぜ、日本企業は「世界標準」をとれないのか?

投稿日:2015/06/23更新日:2019/04/09

今回および次回は、IT分野における競争を考える上で極めて重要な位置を占める「標準」について考察します。今回は、まず標準をとることの意義を確認した上で、なぜ日本企業がITビジネスにおいてグローバルレベルで標準をとれないのか、その理由を検討してみましょう。

とった者が「総取り」、とれなければ「退場」

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標準には大きく2種類のものがあります。1つはデジュリスタンダードと呼ばれるもので、標準化団体が公認した「正式の標準」です。日本では、日本工業標準調査会の答申を受けて定められるJIS(日本工業規格)が有名です。

もう1つのデファクトスタンダードは「事実上の標準」であり、標準化団体が決めるものではありません。市場競争の結果、残ったものが事実上の標準となり、他のプレーヤーはそれに従わざるをえなくなるというものです。典型例としてはパソコンのOSであるマイクロソフトのMS-DOSやWindowsがあります。最近はアップルの巻き返しもあってシェアは下がりましたが、一時期は、パソコンのOSの95%以上をWindowsが制していた時代もありました。その当時は、アプリケーションを作るソフトメーカーなどはWindows上で動くことを前提に商品開発を行うのが当然でした。

標準はさまざまな事業で重要ですが、特にネットワーク効果(ネットワークの経済性)の働きやすいIT分野では決定的に重要です。ネットワーク効果とは、ユーザー数が多いほど利便性が高まり、その結果、ますます多くのユーザーがそのサービスを使うようになり、さらに利便性が上がるとともに、単位当たりのコストが低減していくメカニズムです。上記のWindowsもそうですし、最近であればスマホ向けOSのiOS(アップル)やAndroid OS(グーグル)、ネット販売のAmazonのビジネスモデルもそれに当てはまると言えるでしょう。

ITビジネスにおいて標準をとるメリットはいくつかあります。

(1)コスト競争力が増す: 上記のようにネットワーク効果が働きやすい場合は、ティッピングポイントを越えると、コスト面で圧倒的に有利になります。その結果、その気になれば顧客に低価格を提示することも可能になりますし、低価格を提示しなくても顧客としてはそれを選択せざるをえない場合が多いため、極めて高いマージン(高価格-低コスト)を得ることが可能となります。そのマージンを次の開発に回してレベルを上げていけば、ますます競合との差が広がっていきます。

(2)多くの補完者となるプレーヤーを引き付けやすい: ITビジネスでは、すべての関連アプリケーションを自前で揃えるのは非現実的です。製品やサービスの魅力度を上げる上でも、必然的により多くの補完者(お互いにメリットを与えあう関係のプレーヤー。音楽再生プレーヤーと音楽ソフトの関係が代表例)を引き付けることが重要になります。標準を握れば、そうしたプレーヤーは彼ら自らの売上げ拡大を図るために寄ってきます。そこにネットワーク効果が働けば、場に参加している顧客がそうしたアプリケーションに付加価値をつける(例:レビューやレシピなど)といったメリットも期待され、ますます多くの補完者が集まります。結果として、標準を握ったプレーヤーの製品サービスは、補完者の製品・サービスと相まってますます魅力的になり、より多くの顧客を引き付けます。補完者からすると、世の中の多数派を押さえている標準に従わないことは自らを不利にしてしまうのです。

(3)参入障壁を築きやすい: 一度あるシステムに「ロックイン(強く組み込まれること)された顧客や補完者は、スイッチングコストが発生してなかなかそこを離れることができなくなります。たとえばWindows向けにアプリを開発していたソフトハウスが別のOSに乗り換えようとすると、採用や教育といった問題が発生しますし、過去の資産が有効に活用できなくなる可能性もあります。市場のある程度の割合を握ってしまったら、後発の競合がそうした顧客や補完者を引き剝がして自社に持ってくるのは至難の業なのです。ちなみに、標準を握り、「システムロックイン」を実現した企業の収益性は、通常の競争優位性で買っている企業の数倍に達するとの研究もあります。

その他にも、単純に知名度や信頼性があがるなどの効果もあります。特にデファクトスタンダードを握ることは、IT関連ビジネスでは非常に大きな意味を持つのです。

日本企業が標準をとれなくなった4つの理由

さて、ITビジネスにおいてこれほど重要な「標準」ですが、残念ながらそれを握った日本企業はかなり限定的ですし、比較的ニッチ分野にとどまっているのが現状でしょう。かつてはビクターが先鞭をつけたビデオ方式のVHSがデファクトスタンダードとなったこともありましたが、近年のネット時代になってそうした威勢のいい話は少ないようです。なぜ日本企業はなかなか標準をとれなくなってしまったのでしょうか。ここでは4つの原因について説明しましょう。

(1)言語の壁: かつての純粋なモノ作りが通じた時代は、言語の壁はそれほど大きな問題ではありませんでした。しかし、最近はモノそのもので価値を出すことは難しく、ソフトやアプリケーションがセットになります。プログラミングは基本的に英語に準拠していますし、また、世界的に見ればユーザーや補完者の多くは英語を利用する人々や企業です。こうした中で日本企業がネットワーク効果を効かそうとしてもなかなか難しく、結局は英語圏のプレーヤーに追いつかれてしまいやすいという状況があります。

(2)日本市場へのこだわり: 少子化で日本人口が減少に向かいつつあるとはいえ、日本はまだ1億2000万人という巨大な人口を抱え、かつGDPで世界3位の大国です。なまじ国内に豊かな市場があるがゆえに、まずそこを攻めるというのがほとんどの日本企業のパターンですが、IT時代にこの発想ではなかなか勝てません。最初から世界を見据えて製品・サービスを設計し、可能であれば人材もグローバル化して採用するといったことができればいいのですが、ごく一部の企業を除いては、こうした発想で戦っている企業はありません。「まず日本市場、そこでポジションを築いてから世界」という企業が圧倒的です。もちろん、日本市場の方が勝手も分かっていますし攻めやすいですから、経営者としてはまずこの発想で売り上げを立てたくなる気持ちも分かるのですが、これではユーザーや補完者獲得のスピード競争に勝つのは難しいでしょう。特にその傾向が強いのがサービス業です。サービス業は製造業に比べるとより一層の現地化が必要になるケースが多いのですが、それを得意とする日本企業は残念ながら少ないのが現状です。

(3)国際的な「政治力」の弱さ: 日本企業やそれをバックアップする政府が必ずしもこの分野で政治力が強くないという現実もあります。新興国に比べればマシかもしれませんが、欧米のしたたかな国や企業に比べれば、グローバルのレベルで「ルールを作る」ということを日本人は苦手としているようです。分野は全く変わりますが、日本のお家芸であった「柔道」が「JUDO」として国際的なスポーツになるに従い、日本の発言力が弱くなり、国際大会で日本選手が勝てなくなってきたという現象もこれと根源は似ています。グローバルな多数派工作や政治的なキャンペーンなども含め、「先陣を切ってルールを作る」という能力の弱さが日本のアキレス腱になっている感があります。

(4)構想力の弱さ: これは上記2)、3)とも連関するわけですが、テクノロジー・マネジメントでよく言われる「日本企業はモノ作りは得意だが『こと作り』が苦手」という話と同根の要素です。これは一企業だけの問題ではなく、シリコンバレーのような生態系が日本では未成熟であり、チエのぶつかり合いが弱いという要素も効いてきているのでしょう。ビッグピクチャーを描くことを促進する「場」の脆弱さが構想力の弱さにつながっている感があります。

さて、こうして見てくると悲観的な要素が多いようにも見えますが、そこで諦めてしまってはお話になりません。次回は、上記のような現状を踏まえつつ、どうしたらそれを打破できるか、いくつかの方法論を考えてみましょう。

  • 嶋田 毅

    グロービス経営大学院 教員/グロービス 出版局長

    東京大学理学部卒、同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経てグロービスに入社。累計150万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」の著者、プロデューサーも務める。著書に『グロービスMBAビジネス・ライティング』『グロービスMBAキーワード 図解 基本ビジネス思考法45』『グロービスMBAキーワード 図解 基本フレームワーク50』『ビジネス仮説力の磨き方』(以上ダイヤモンド社)、『MBA 100の基本』(東洋経済新報社)、『[実況]ロジカルシンキング教室』『[実況』アカウンティング教室』『競争優位としての経営理念』(以上PHP研究所)、『ロジカルシンキングの落とし穴』『バイアス』『KSFとは』(以上グロービス電子出版)、共著書に『グロービスMBAマネジメント・ブック』『グロービスMBAマネジメント・ブックⅡ』『MBA定量分析と意思決定』『グロービスMBAビジネスプラン』『ストーリーで学ぶマーケティング戦略の基本』(以上ダイヤモンド社)など。その他にも多数の単著、共著書、共訳書がある。
    グロービス経営大学院や企業研修において経営戦略、マーケティング、事業革新、管理会計、自社課題(アクションラーニング)などの講師を務める。グロービスのナレッジライブラリ「GLOBIS知見録」に定期的にコラムを連載するとともに、さまざまなテーマで講演なども行っている。

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