会計基準のグローバルスタンダードであるIFRS(国際財務報告基準)を解説する本連載。第1回は、その誕生の背景、適用企業が増加している理由、そのメリットとデメリット、IFRSを学ぶ意義を紹介します。
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「会計基準のグローバルスタンダード」IFRSとは?
IFRSとは、国際会計基準審議会(IASB)が設定した会計基準のこと。正式名称はInternational Financial Reporting Standards(国際財務報告基準)と言い、「イファース」または「アイファース」と呼ばれています。IFRSは言わば、資本市場における「会計基準のグローバルスタンダード」です。
なぜ、日本においてもIFRS適用会社が増加しているのでしょうか。まずは、その成り立ちから振り返ってみましょう。
「会計基準」とは、企業の財務諸表を作成するためのルールです。歴史的には、それぞれの国や地域ごとに会計基準が定められ、それに従って財務諸表は作られていました。日本の会計基準(以下、「日本基準」)も、日本で発達した会計慣行を基に作られてきました。しかし、経済のグローバル化によって国境を越えた資本活動が活発化するにつれ、それぞれの国の異なる会計基準で作成された財務諸表同士を直接比較しにくいという弊害が生じました。これを受け、国ごとに異なる会計基準を世界共通のものに統一しようという機運が高まり、IFRSは誕生しました。
IFRSの前身となる基準は、今から50年程前の1970年代から欧州で作られ始めましたが、2000年頃までは、世界的には米国基準の方が優れた会計基準だと考えられていたこともありました。しかし、2002年に起きたエンロンやワールドコムといった大企業による不正な会計処理に基づく粉飾決算(*)は、米国基準への信頼を一気に損ねました。2005年には欧州連合(EU)がEU域内の上場会社約7,000社に対してIFRSの適用を義務付け、こうした状況の中でIFRSは急速に広まりました。現在では、IFRSは世界の120カ国以上で適用されています(2020年時点)。
(*)エンロンやワールドコムの粉飾決算:エンロンは、不正なオフバランス化(資産を貸借対照表から外す)処理や、経営が悪化してる実質子会社を連結決算に含めない等の処理を行いました。ワールドコムは、本来は営業経費として費用処理すべき取引を資本勘定に振り替える等の操作を行うことで、利益が出ているように見せかける操作を行いました。
IFRSを学ぶ必要性、日本基準も徐々にIFRSへ
ビジネスのグローバル化が進む今日において、IFRSに関する知識を習得しておく必要があるのは、経営陣や経理・財務の仕事をしている方に限ったことではありません。一般のビジネスパーソンも、IFRSの概要だけでも理解することは極めて重要です。
なぜなら、現時点でも既に多くの日本企業がIFRSを適用しているからです。日本においては2010年よりIFRSの任意適用が可能となり、それ以来、IFRS適用企業は年々少しずつ増加してきています。東証上場企業の時価総額に対するIFRS任意適用・適用予定上場企業の時価総額の割合は、42%にも及びます(2020年6月末時点)。
もう1つの理由は、IFRSは会計領域における、世界標準のコミュニケーションツールだからです。当然ながら日本の会計基準もかなり影響を受けています。日本では、IFRSとの差異を縮小・解消しながら改定していく「コンバージェンス」(*)を進めてきました。世界の経済情勢に従い、IFRS自体が徐々に変化してきていますが、IFRSの動向を把握しておけば、将来的に日本の会計基準がどのようになるか予測することも可能です。
(*)コンバージェンス(収斂):日本基準を維持しながらも、IFRSとの差異がなくなるように改定し、日本基準をIFRSに近付けていくことを言います。
IFRS導入のメリット及びデメリット
現状の日本において、IFRSを導入している企業とそうでない企業があるのは、IFRS導入にはメリットがある一方でデメリットもあるからです。
IFRS導入のメリット:海外とのやりとりが円滑に
IFRSを導入することのメリットとしては、大きくまとめると、海外で標準的な会計基準に合わせることにより経営が円滑、効率的に進むことと言えます。
具体的には、多くの海外子会社を保有するグローバル企業の場合、子会社の所在国でIFRSが適用されるとすればIFRSを全社的、つまり国内外の支社・拠点において同一の会計基準として導入することで、グループ企業全体の財務報告プロセスを効率化でき、経営管理も容易になります。
また、外国人株主がいる場合、あるいは、海外から投資を呼び込みたい場合、彼らは日本の会計基準よりもIFRSで作成された財務諸表の方を読み慣れているため、IFRSで作成した財務諸表であれば日本の会計基準との違いを説明する時間や労力を費やす必要がなくなります。結果として、海外からの投資も増える可能性が高まり、企業にとっては、国際的な資金調達の円滑化も期待されます。IFRSを適用している企業同士であれば、どこの国の企業か関係なく、海外企業との業績比較を行うことができることもメリットとして挙げられます。
これらに加えて、次回以降の記事で詳しく説明しますが、IFRSだと「より正確に」業績を把握することができるようになる、という面もあります。
IFRS導入のデメリット:コスト増加の負担
一方で、IFRSを導入する主なデメリットとしては、何と言っても事務負担やコストが増加することが挙げられます。IFRS適用後も、日本の会社法上は日本基準での開示が求められるため、日本基準とIFRSの二通りの財務諸表を作成する必要があり、経理面の財務諸表作成負担が増すことは確かです。
また、IFRSの導入により会計システムをIFRSに対応したものに変更するなど、多くの場合には、外部コンサルタントを採用する必要性が生じます。これにより、短期的には外部のアドバイザー費用やシステム対応のコストが増大します。これまでの会計基準とは異なる基準を採用するため、社員に教育する必要もあります。更には、IFRSは会計基準も頻繁に改定されるため、常に最新のものを適用していく必要があり、それに対応する事務コストも増大します。
このように、IFRSを適用する上でのメリット、デメリットは、企業のグローバルな展開度によって異なります。日本国内のみで活動している企業にとっては、IFRSを導入するメリットは正直なところあまりありません。企業の経営者は、IFRSに期待するメリットと、それに伴うコストとを比較し、適用について検討することになります。
しかし、これほど様々な分野でグローバル化が進んできている昨今、世界的に会計基準を統一するニーズはますます高まりつつあります。現在、日本でIFRSは任意適用ですが、グローバル企業を中心にIFRSを導入する企業は着実に増えています。IFRSを学ぶことは非常に有意義なのです。
今回は、「IFRSとは何か?」から始まり、IFRSを学ぶ必要性、その誕生背景や適用する上でのメリット・デメリットについてお話しました。IFRSを学ぶ上で、基本的な考え方や背景を知っておくと、IFRSの特徴や会計処理方法についての理解が一層進みます。次回は、「IFRSの基本的な考え方」について、詳しく解説していきます。楽しみにしていて下さい!
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