イーロン・マスクがツイッター買収で問いかけたもの(後編)-公共的使命と株式上場のジレンマ-

テスラやスペースXなど未来を先取りする企業を経営するイーロン・マスク氏が、ツイッターを買収することで同社と合意しました。前編では買収価格の5.6兆円に、ツイッターの有する社会的価値が反映されていないのではないか、自由な言論空間作りという公共インフラ事業のガバナンスはどうあるべきなのか、といった観点で今回の買収事例を考察しました。後編は公共的使命を持つ企業の株式上場のあり方に焦点を当て、マスク氏が浮き彫りにした「本質的な問い」をさらに堀り下げていきます。

パブリック企業とプライベート企業

“Public Company”という英語にも表れている通り、公共的使命を負った企業だからこそ、透明性を確保し国民全員に開かれた上場会社という形態がふさわしいのではないか。これが伝統的・常識的な考えです。

しかし今回のマスク氏によるツイッターの買収が提起したのは、既存のソーシャルメディアが上場企業であることにより、その公共的使命を正しく果たせているのか、広告収入に依存しないコミュニケーション空間を作るべきではないのか、その役割は上場公開企業ではなくプライベート(非公開)企業に任せた方が良いのではないか、という問題です。

マスク氏の政治的な立場、テスラの非公開化に関するツイートで株価を乱高下させた彼の過去の言動などから、彼はツイッターを支配するのにふさわしい人物ではない、と批判的に見る人も多数います。彼が提案するアルゴリズムのオープンソース化や編集機能の追加なども、それらを悪用する人達を増殖させることにつながる、と懸念する声もあります。

これらの批判や懸念は、社会インフラとしてのSNSが守るべき「公共的利益」とはどのようなものなのか、ツイッターという会社の「社会的価値」を誰がどう定義し評価すべきなのか、という価値判断の問題に関わっています。さらに、その判断を現経営陣に任せるべきなのか、それとも株主の多数決で決めるべきか、マスク氏のような「金持ち資本家」と政府・規制当局のどちらがガバナンスの担い手としてより適当なのか、などの非常に奥深く難しい議論につながっていきます。

社会的価値が高い会社は上場すべきでない?

テスラの非公開化を検討した2018年以降、マスク氏は短期的な利益獲得を目的とするヘッジファンドの存在を批判し続けてきました。マスク氏の今回の行動の背景には、「企業は短期的リターンを求める投資家に振り回されるべきではない」という思いが感じ取れます。そしてその考えは、

「社会の課題解決を目指す企業理念と、上場大企業経営の両立は可能なのか?」

という、本質的な問いかけに結びつきます。

ESG・資本主義の再構築

この問いは昨今、日本でもホットトピックとなっているESG(環境・社会・ガバナンス)に関わってくるものと考えることができます。

ハーバード大学のレベッカ・ヘンダーソン教授は2020年の著作『資本主義の再構築』(原題:Reimaging Capitalism in a World on Fire)で、株主価値最大化のみを追求することが多くの社会的問題を生み出していると指摘し、共有価値の創造(CSV)、共通の価値観に根差した目的・存在意義(パーパス)主導による経営、個々の企業の枠を越えた業界横断的な自主規制、政府や国との協力、が必要不可欠であることを説きました。

G(ガバナンス)については「金融の回路を見直す」という章で、長期重視の考え方を定着させるために、以下を提案しています。

  1. 監査対象となる重要なESGデータを企業が定期的に公表するよう、会計制度を変更する
  2. 資金調達をインパクト投資家か、従業員や顧客に頼る
  3. ガバナンスのルールを変えて、経営陣を投資家圧力から守る

しかしながら同時に彼女は、2については規模の拡大が難しいこと、3については直感的には良さそうに思えるが運用には慎重であるべき(現時点では世界の既存株主の大多数が猛反対するだろう)、とも指摘しています。

ダノンCEO解任と上場会社の減少

公共的使命を果たすための経営と、上場企業が株主の期待に応じることの両立が、いかに困難なものかを象徴する出来事が、2021年3月にありました。ESG経営の先駆者として国際機関やグローバル業界団体でオピニオンリーダー的役割を果たしていた仏食品大手ダノンのエマニュエル・ファベール会長兼CEO(当時)が、株価低迷に不満を募らせるアクティビスト投資家等からのプレッシャーを受け、解任されたのです。

解任の理由はさまざまあるのでしょうが、ダノンがグローバル企業として株式上場しており、その株主の大半が高い投資リターンを実現することを使命とする機関投資家だった、という点は大きいと思われます。ダノンの事例を踏まえると、投資家の圧力を受けずに公共的使命を果たすため、ツイッターが株式の非公開化を目指すというのは一見、理に適っているようにもみえます。

とはいえ、ツイッターがプライベート企業になった後、経営の透明性が担保され続けるのかという点については、不確実性も横たわります。

世界的にパブリック企業が減少し、プライベート企業が増加する傾向にあるという現実も存在します。世界最大の金融機関のひとつであるJPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモン会長兼CEOは、このほど公表された年次報告の株主向け書簡のなかで、上場会社の減少傾向を憂慮し以下の問いを投げかけました。

「米国の上場会社数は1996年の7,300社をピークに、現在では4,800社にまで減少している。逆にプライベート・エクイティの支援を受けた未公開企業は1,600社から10,100社へと成長を続けている」

「(中略)なぜこれほど多くの企業や資本が透明性の高い公開市場から透明性の低い非公開市場へと移動しているのか、それが国の長期的利益につながることなのか、以下の質問を検討せねばならない。我々は公開企業を望んでいるのか、資本市場がプライベート化し規制が届かなくなるのはよいことなのか、上場企業に課されるさまざまな規制が実際に企業を良くしているのか、そして最後に、良い企業が非公開になり一般投資家の投資機会が失われることは果たして良いことなのだろうか」

JPモルガン・チェース アニュアルレポート2021 https://reports.jpmorganchase.com/investor-relations/2021/ar-ceo-letters.htm

株式公開、会社上場の意義に立ち返る

上場株式市場はそもそも、企業が成長するためのリスクマネーを広い投資家層から集めるために、資本主義経済が生み出した仕組みです。21世紀に入り株式市場は、巨額の設備投資資金を調達する役割から、テクノロジーを駆使して社会にイノベーションを起こした起業家やベンチャー・キャピタルが、その株式を上場して売却し、価値をマネタイズ(金銭化)する場に変わっていきました。

ツイッターはまさに21世紀型企業で、自社の存続のために株式市場でリスクマネーを資金調達し続ける必要はありません。GAFAMを筆頭とするこれらの企業は、自社の高い株価を利用して有望なスタートアップ企業をM&Aしながら指数関数的な成長を達成してきました。

ツイッターの買収と非公開化は、テスラの株価上昇により巨額の富を資本市場から手に入れたマスク氏が、社会的価値の高いツイッターを投資リターンだけを求める投資家達のプレッシャーから解放しようというものです。

ツイッターが持つ民主社会の公共インフラとしての価値を守るためには、マスク氏による非公開化が正しい選択だったのか? それとも一個人の独善に支配されぬよう、誰もが投資できる「パブリック・カンパニー」として上場し続ける方が社会全体のためにはよかったのか?

上場株式市場や資本主義の意味を根本に立ち返って考えさせる、正解を見極めるのが非常に難しい問題提起です。

◆グロービス経営大学院では新科目「ESG経営とリーダーシップ」を2022年7月に開講します。

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