イーロン・マスクがツイッター買収で問いかけたもの(前編)-社会的価値の高い企業の「株価評価とガバナンス」-

米ツイッターは2022年4月25日、テスラやスペースXなど未来を先取りする企業を経営するイーロン・マスク氏による買収提案を受け入れることで合意したと発表しました。買収額はすでに取得した分を含め約440億ドル(約5.6兆円)となり、ツイッターは上場を廃止し、株式非公開企業となる予定です。民主主義、資本主義や上場株式市場のあり方に対する「本質的な問い」が含まれている今回の買収事例を読み解いていきます。

買収価格は妥当なのか?

約5.6兆円という金額は巨額ではあるものの、「意外に安いな」と感じる読者も多いでしょう。GAFAMに代表される米国のプラットフォーム企業やテスラの株式時価総額が軒並み100兆円を超える時代にもかかわらず、約4億人のユーザーを有するSNSプラットフォームの値段が5.6兆円なら、2,500億ドル(約32兆円)の個人純資産を有するマスク氏ならずとも、お買い得感があります。

この理由は、ツイッターの事業モデルが広告収入に依存しており、劇的な売上の成長も利益率の改善も見込めなかったからです。

創業者のジャック・ドーシー氏は収益モデル改革に真面目に取り組んでいないという理由で、アクティビスト投資家から突き上げられ、2021年にCEO退任に追い込まれました。

「企業価値や株価は、会社が将来にわたって生み出す利益・キャッシュフローの現在価値として計算する」というファイナンスの基本に照らすと、株式投資対象としてのツイッターの価値がこの程度だという見方には納得感があります。

マスク氏は、経営者が代わり経営改善に取り組めばツイッターの収益力は上がり株価も上がるはずだ、という理由で買収提案をしたのではありません。むしろ逆で、彼は「広告に依存する企業は独善的になりやすい」と言っており、利益を上げることを目的とする経営方針は言論の自由を尊重する民主主義社会にとって良くない、と考えています。

ポイズンピルの意味

4月14日にマスク氏がツイッターへの買収提案を公表した後、ツイッターの取締役会は「ポイズンピル」を導入しました。ポイズンピルの導入については「買収防衛策」と表現する報道が目立ちましたが、米国におけるポイズンピルは「株主利益最大化のための他の選択肢検討の時間確保」という位置付けが確立しています。ツイッター側がマスク氏の買収提案金額は低すぎると判断し、他にもっと高い金額を提示する買い手を模索した、と考えるべきです(関連記事:「SBIと新生銀行の攻防戦、試される日本の「株主平等原則」)。

ツイッターの現経営陣が「マスク氏の提言を採用するのは会社にとり良くない」と主張して、株主が買収提案に応じないよう働きかけることはできますが、その場合も提案拒絶の根拠は「現経営の継続の方が長期的な株主利益の最大化につながるから」というものでなければなりません。ツイッター側が検討した様々な対抗案の実現が見込めないなか、マスク氏が資金調達の目処をつけたことで交渉は幕引きとなりました。

しかしこの事例は「誰が勝った」「誰が負けた」の単純な構図で済ますべきではない、深く大きな問いを投げかけました。

公益的事業と株主資本主義

ツイッターの買収価格は妥当なのか?という問いは、以下の問いにもつながります。

「ツイッターが社会に提供している価値は株価に全て反映されている(されるべき)ものなのだろうか?」

これは、企業価値算定において企業の社会的価値と財務的価値をどう取り扱うべきなのか、という問いです。マスク氏の考えは、ツイッターを通じて自身が理想とする自由で開かれたコミュニケーションの空間を作り上げたい、その意味でツイッターは民主主義社会を支える公共インフラであり、広告収入の最大化を目指す営利企業とは異なる存在になるべきだ、というものです。

この主張は、新自由主義的発想(自由な競争市場に任せておけば「神の見えざる手」により社会は良い方向へ導かれる)では社会的課題は解決しないという、ESG(環境・社会・ガバナンス)やSDGs(持続可能な開発目標)の議論(後編で考察)とつながっています。

公的企業のガバナンス

ツイッターの買収劇は、さらに次のような問いかけを投げかけます。

「公益的使命を負った事業のガバナンスはどうあるべきなのか?」

これは長く議論され続けてきた、永遠のテーマです。公共の福祉を高めるための事業なのだから、その資金は政府が税金を原資とする補助金などで賄い、ガバナンスは業界規制という形で監督官庁が担うべきだというのが、社会主義的な問題解決アプローチです。これに対し、民間に任せるべき領域をより広げ、国営企業の民営化を進め自由競争の世界に任せたほうが、より効率的で質の高いサービス提供ができるはずだというのが、新自由主義的なアプローチです。いずれも一長一短あります。

その中でも言論の自由に係るソーシャルメディア業界のガバナンスのあり方は、時に政治がからむだけに非常にデリケートです。中国・ロシアのような国家監視体制が望ましくないのは勿論としても、利益をあげ投資リターンの最大化を目指す投資家達がガバナンスする体制がベストだとも言い難いでしょう。

この難題にマスク氏は、「自由とイノベーションの素晴らしさを体現してきた、かつ収益性を度外視して会社を支えられる資金力を持ち合わせている私が、その公共的使命を果たすためのガバナンス役を引き受けましょう」と、第3の解決策を提示してきたわけです。

退任した創業者ジャック・ドーシー氏も、マスク氏による買収を歓迎し、以下のツイートを発信しました。

「(ツイッターは)企業ではなく、プロトコルのレベルで公共財になろうとしてきたが、企業としての問題を解決するには、イーロンこそ僕が信用する解だ。意識の光を広げようとする彼のミッションを、僕は信用している」

「『最大限に信用され、幅広く包摂(ほうせつ)』するプラットフォームを作るというイーロンの目標は正しい」

「どうにもならない状況からこの会社を脱出させてくれた。これが正しい道だ……心の底からそう信じている」

※ジャック・ドーシ―氏ツイート https://twitter.com/jack/status/1518772756069773313 https://twitter.com/jack/status/1518772757340639232

5月に入ると米有力紙ウォール・ストリート・ジャーナルが内部に詳しい関係者の話として、マスク氏がツイッターについて「非公開化して数年後に再び上場させる方針だと潜在的な投資家に説明した」と報じました*。買収資金の返済につき投資家を安心させるためだと解釈していますが、経営の透明性担保も重要と認識しているのかもしれません。

後編に続く)

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*米ウィール・ストリート・ジャーナル電子版(米国時間2022年5月3日)Elon Musk Plans to Take Twitter Public a Few Years After Buyout

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