サステナブル経営研究vol.6 「伝統」を発信し、未来につなぐ~株式会社和える~

このシリーズではサステナブルな地球環境と社会づくりに貢献する日本企業を取り上げ、その戦略を分析します。第6回のテーマは「伝統工芸産業」です。「日本の伝統を次世代につなぐ」ことをビジョンに掲げ、伝統産業品の企画・販売や伝統産業のリブランディングなどを展開する「株式会社和える」のビジネスモデルに迫ります。

●過去のシリーズはこちら

vol.1  「経済・社会の『二兎追う』フレームワーク」
vol.2  株式会社坂ノ途中 100年続く農業へ新規就農者と挑戦
vol.3  ゴミ減量で儲かる、発想の大転換 ナカダイが促す「サーキュラー・エコノミー」
vol.4 稼げる林業、資源保全も~有限会社殿林~
vol.5 「環境印刷」を広げた共感の輪~株式会社大川印刷~

失われる「伝統文化」「地域産業」

2015年の「国連持続可能な開発サミット」で採択された「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals=SDGs)」のゴールは地球環境ばかりではありません。社会が抱える諸問題の解決も含まれます。日本は伝統産業に携わる職人の後継者不足の問題を抱えています。古くから日本の各地域に伝わってきた知恵や知識も、現代では失われつつあります。

株式会社和える(東京都品川区)は伝統技術を活用した商品開発などを通じ、日本文化や地域産業のサステナビリティを追求しています。同社は経済産業省による「未来の教室」の一環として教材をインターネットなどで提供する「STEAMライブラリー事業」の、教材開発事業者に採択された実績があります。代表の矢島里佳氏は2017年、APEC(アジア太平洋経済協力)の女性起業家グランプリに日本代表として選出され、「APEC BEST AWARD(大賞)」と「Best Social Impact賞」をダブル受賞しています。

それでは同社の着眼点と具体的な取り組みについて解説していきます。

原点に「ジャーナリズム」

和えるは、なぜ伝統に注目したのでしょうか。そこには代表の矢島氏の経験が大きく影響しています。

矢島氏は学生時代にジャーナリズムに興味を持ち、ジャーナリストとしての道を模索していたそうです。取材を通じて伝統産業を支える職人一人ひとりの話に耳を傾けるうちに、地域に根差す暗黙知、技術、文化などを「暮らしの知恵」としてとらえ、心豊かに暮らすために、現代に広めたいという想いを持つようになりました。

しかし就職活動をするうちに、既存のジャーナリズムの限界を感じたそうです。日本の伝統が現代の暮らしから離れすぎてしまったため、情報を伝えるだけでは届きにくい。赤ちゃん・子どもたちに、直接モノを届けて伝えようと考え、自ら起業し、事業を通じて伝統を次世代につなげることを決めたそうです。

矢島氏は今でも自社の事業について「日本の伝統を通して人々の暮らしに豊かさを伝える、ジャーナリズム業である」と考えています。一般的にジャーナリズムという言葉からは、政治や社会の問題を報道する活動や、新聞やTVのようなメディアが連想されますが、矢島氏はモノや空間、教育を通して伝えることも、ジャーナリズムであると定義しています。

伝統というのは工芸品だけとは限りません。工芸品を構成する技術や原材料、ひいては地域における暗黙知の技術など、目に見えない文化そのものも伝統といえます。伝統産業は地域あってのものであり、地域そのものを表しています。そのような伝統文化に触れて、先人の暮らしの豊かさを知る─。こうした経験を重ねることで、伝統工芸産業が次世代につながっていく。そうした考えに基づき、同社は事業を展開しています。

「伝統×〇〇」の観点

次に事業について分析していきます。「和える」には複数のものを組み合わせ、相乗効果を生み出すとの意味があります。実際に和えるは、どのように日本の伝統を伝えてきたのでしょうか。具体的な商品や事業についてピックアップしてみます。

「伝統×赤ちゃん」

和えるでは、 “0歳からの伝統ブランドaeru”を立ち上げ、「伝統」と「赤ちゃん」を組み合わせるという発想で、伝統技術を用いた乳幼児向け日用品を企画・開発し、販売をしています。代表的な商品に「こぼしにくい器」があります。器の内側に「返し」がついていて、食べ物をスプーンですくったときに、スプーンからこぼれにくいように工夫が施されています。0歳児の初めての離乳食だけでなく、大人になっても使い続けることができます。

0歳から伝統産業品に触れる機会を設け、製品に対する顧客の愛着をはぐくむことにより、その後の人生の色々なシーンで利用者が伝統産業品を購入する可能性が出てきます。赤ちゃんの食器を選ぶ20~40代の親世代や、贈り物としてプレゼントしたい人にとっても、その背景にある文化に触れるきっかけになります。伝統産業品を日常で使う文化の形成は、古くからの日本の伝統を次世代につなげる企業としてのビジョンの達成にも寄与します。

「伝統×教育」

和えるでは、「日本の伝統や文化をともに学び深める場」として月額定額制の「aeru オンラインサロン」を立ち上げています。

「滋賀県から 米ぬかの 誕生日祝い和ろうそく」という商品を例に取り上げてみます。この商品は、日本古来親しまれてきた自然由来の素材を使った和ろうそくです。

一般的に、誕生日ケーキや仏壇などに飾られるろうそくは、洋ろうそくですが、和ろうそくは石油を使っていません。洋ろうそくよりも、少し価格は上がりますが、和ろうそくは石油が飛び散らず、染みがつかない。長期的な視点で捉えると、環境にも優しく、仏具などモノを傷めず、掃除の手間もかからないといったメリットがあるのです。

和えるのオンラインの工房訪問では、商品一つひとつの背景を伝え、顧客の理解を深めて、暮らしが豊かになるイメージを持ってから購入してもらうことを大切にしています。伝統的な製品の裏にある暮らしの知恵を伝え、興味を持ってもらう、そんな取り組みにより、出逢いの場を創出しています。

「伝統×ホテル」

和えるは日本や地域で受け継がれてきた伝統を、五感で体感する部屋を提供しています。同社の設計した部屋「aeru room」に宿泊し、職人の手仕事に囲まれて日本の伝統と出逢う、心豊かな新しい旅ができ、その体験を通じて伝統に興味を持つきっかけが生まれます。

一見バラバラに見えるそれぞれの事業ですが、上に挙げたものはいずれも伝統を伝える「ジャーナリズム」というコンセプトをもとに進められており、それぞれビジネスモデルは異なりますが、全体では一貫した「日本の伝統を次世代につなぐ」が実現されているのです。

「顧客」「社員」との長期的な関係

これまで見てきた和えるのジャーナリズム型の事業スタイルは、会社を取り巻くステークホルダーに想いを伝え、時間をかけながら、ともに世界観を構築する活動であると言えます。対顧客、経営という2つの観点で、その効果について考えてみます。

昨今、デジタルサービス業界関連でサブスクリプションモデルを中心にLTV(Life Time Value、顧客生涯価値)を最大化するという考え方が注目されています。これは、「顧客が自社の商品やサービスを購入した金額がどのくらいになるのか」という指標で、顧客1人から得られる売上が平均どのくらいになるのかを示します。一般的に、顧客が商品やサービス、またはブランドに対する愛着(顧客ロイヤリティ)が高ければ高いほど、LTVも高くなります。

新規顧客の獲得には既存顧客の5倍のコストがかかるといわれており、ユーザー数が増えるごとに顧客獲得コストは高くなる傾向にあります。つまり、いかに既存顧客の育成をしていくかがカギとなってくるのです。

同社の取り組みは、それぞれが顧客生涯価値の最大化に貢献するものであり、既存顧客の育成の面でもLTVを最大化させる優れたものと考えることができます。

ファミリービジネスとは異なる「家族経営」

「和えるくんの家族(社員)を探しています」─。同社の採用情報ページにはこのようなタイトルが記載されています。

会社を「和えるくん」という一人の男の子として人格化し、社員をお兄さん、お姉さんと呼び、家族全体で「和えるくん」を育てる。和えるくんは年をとるごとに成長し、いろんな外の世界とふれあいながら世界を広げていきます。ブランドを子どもとみなし、家族全体で大切な子どもを育てていく。こうしたストーリーをもとに、和えるは事業を続けています。

その基礎には「家族経営」という考え方があります。もちろん社員同士に血縁関係があるわけではありません。事業でつながった家族という関係です。「赤の他人でファミリービジネス」というのが、和えるが目指す企業と従業員の関係性です。

血のつながりではなく、想いのつながりというDNAで一緒につながれるほうが、関係性が深くなれる可能性がある。こうした考えから矢島氏は「家族経営」を目指しているといいますが、そこにはおのずと長期的な視点が含まれることとなります。

ソーシャルインパクトを重要視

一般的な資本主義的な考え方であれば、より短期間でたくさんの売上や利益を上げられるのが正しいとみなされます。一方、伝統産業品は、職人が手作業で作るものです。このため、短期間で大量に商品を販売するということはできません。「伝統×赤ちゃん」で示した商品の場合、0歳児に対するブランディングを展開していますが、投資回収には長期的な目線が求められることになります。

同社が重要視するのは、事業のソーシャルインパクトです。短期的な売上や利益も大事ではありますが、それだけを第一目標にしてしまうと、利益が低くても、社会のインパクトが大きい事業がないがしろにされてしまいます。会社の目指す理念やコンセプトに従い、持続した成長を第一に考え、長期的な経営目標を会社に組み込んでいくことで、会社の理念を実現させる工夫をしているのです。

まとめ

市場規模の縮小や、後継者不足により徐々に忘れ去られつつある地域の伝統的な産業。そんな中、地域の伝統を担う職人や文化に寄り添いながら、「伝統産業を子ども(次世代)につなぐ」をコンセプトに活動をしているのが、和えるです。

同社は、地域の伝統的文化や職人の技術に着目し、その存在を尊重しながら、ユニークな事業スタイルや経営方針の工夫により、ステークホルダーとの関係を構築してきました。地域の伝統や技術の持続そのものを経営目標とし、取り組みを行っていることに特徴があります。

現在日本が抱える様々な社会課題について、和えるの取り組みは新しい経営の形ともいえるのではないかと思います。このような取り組みが今後どのように影響を与えていくのか、見守っていきたいと思います。

サステナブル経営のフレームワークで解説

サステナブル経営を成立させるには、既存の社会経済システムの中で埋もれていたり、むしろマイナスだと思われていたりするものごとの中から「経済価値の源泉」を掘り起こし、磨き上げる必要があります。サステナブル経営の企業が掘り起こした「経済価値の源泉」には、3つのタイプがあります。これらの源泉を掘り起こし、そこから独自の新たな経済価値を生み出すには、バリューアップに寄与する3つのアプローチとコストダウンにつながる+1のアプローチがあります。このフレームワークに沿って、執筆した社会人大学院生の指導を担当した教員の金子浩明が解説します。

フレームワークの説明はこちら(第1回連載分)

1. 曇った価値(➡価値を引き出す)

日本の伝統工芸品産業は衰退の一途をたどっています。生産額は1983年の約5,410億円をピークに、約30年後の2015年には約1,020億円に減少しました。従業者数も同様で、1979年の28.8万人をピークに、2013年には6.5万人と最盛期の1/5に落ち込みました*¹

和えるは、自社が企画した商品を全国の伝統産業の職人と一緒に作ることで、伝統産業品の持つ潜在的な価値を引き出しています。それが “0歳からの伝統ブランドaeru”の商品です。

同社は商品を企画する際、「何が売れるかではなく、子どもたちの感性を育むことができるモノ、役に立つモノは何かを徹底的に考える」(代表の矢島氏)そうです。こうした姿勢が、単なる「現代風の伝統産業品」や「おしゃれな伝統産業品」とは一線を画す、独自の商品を生み出しています。

その一例が、aeruの「こぼしにくいコップ」です。この商品には取っ手をつけず、子どもが両手で持ったときに支えやすく、落としにくいように段差がついています。なぜなら、持ちやすさはもちろん、両手でものを丁寧に扱うことによって、日本らしい美しい所作が自然と生まれるからです。また、サイズも子どもが飲みきれる容量にしています。子どもが「おかわり」をすることで、親子でコミュニケーションが生まれることを意図しています。

2. 非価値(➡価値を反転させる)

伝統産業品は職人の手によって一つひとつ作られるため、工業的に大量生産される製品に比べて高価です。また、茶道や華道、書道、和楽器など「和の趣味」の世界では必須ですが、日本の伝統的な生活に根差しているので、現代の西欧化された生活スタイルには合わないアイテムも少なくありません。そのため、伝統産業品の愛好者は生活に余裕のある大人、特に華道や茶道をたしなむ中高年の女性が中心です。しかし、和えるの商品はそうではありません。利用者の年齢を「0歳から」と設定し、利用シーンを趣味的な使い方や観賞用ではなく「普段使い」としました。

乳幼児向けかつ普段使いの伝統産業品というのは、多くありません。乳幼児が使う食器類は、落としても壊れないようにプラスチック類で作られている製品が多いです。代表の矢島氏が伝統産業品の職人に「赤ちゃんや子どもたち向けに作らないのはなぜか」と尋ねたところ、「そういう発想がなかった」、「頼まれたことがなかった」という返答だったそうです。

伝統産業品は高価なので、幼児の日常使いには選ばれにくいです。なぜなら、乳幼児は伝統産業品の価値を頭で理解できず、モノを壊しやすいからです。しかし、矢島氏は次のように言います。

「子どもたちに伝統産業のものを与えるひとつの効果として、『自分はこういうものを使っていい人間なんだ』、『大事にされている人間なんだ』という、自己肯定感につながると思っています 」

※NHKホームページ「伝統産業に0歳から触れる意味」より

“0歳からの伝統ブランドaeru については以下のように述べています。

「伝統産業の技を活かし、幼少期から共に育ち、一生寄り添うことができるホンモノの商品を、日常の暮らしの中で使うことで、子どもたちの感性や価値観を育むお手伝いができますと嬉しいです 」

aeru shopホームページより

現代の食器は壊れたら捨てるのが普通ですが、「こぼしにくい器シリーズ」は割れても職人の技術でお直しできるので、捨てずに使うことができます。それも単に直すのではなく、例えば「金継ぎ」によって味が出るので、壊れることが必ずしも悪いことにはなりません。加えて、離乳食の後も使い続けられるデザインにしているので、大人になっても使い続けることができます。

これまで、乳幼児向けの食器において「高価で、かつ落としたら壊れる」という伝統品の性質はマイナスでした。しかし、和えるは同じ理由でプラスの価値を訴求しました。それは、乳幼児期から本物を使うことで感性が養われ、自己肯定感を高められるということです。また、仮に器が割れたとしても、金継ぎや漆の塗り直しなどのお直しによって使い続けられるので、マイナスの要素は緩和されます。こうして和えるは “0歳からの伝統ブランドaeru”によって、伝統産業品を「大人の趣味の道具」から「乳幼児からの日常使いの道具」に変えました。

3. 新たに生み出された価値(➡価値の拡張)

和えるは「日本の伝統を次世代につなぐ」をテーマに、伝統産業品の企画と販売以外の事業も手掛けています。そのひとつが2015年にスタートした “aeru room”です。日本各地にあるホテルや旅館の一室を、伝統産業の職人と一緒に特別な空間へと設えるという事業です。現在は長崎・姫路・奈良・京都の拠点に合計7つの“aeru room“ を展開しています。

2018年からは“aeru school“という教育事業を展開しています。その目的は、教育に伝統に関する授業を取り入れてもらうことです。同社は2020年に経済産業省「未来の教室」STEAMライブラリー事業の、教材開発事業者に採択されました。

このように、和えるは暮らしの中で自然と、日本の伝統や文化に出逢える機会を広げ続けています。

ユニークなビジネスモデルと自社定義

和えるでは、次の3つの達成を重視しています 。

・日本の伝統を次世代につなぐこと
・文化と経済が両輪で育まれていること
・三方良し以上であること

和えるホームページより

こうした基準があるので、自社の利益を最優先にはしません。例えば同社が商品を仕入れる際は、全ての在庫を職人や工房から買い取っています。商売としては、ある程度の在庫を職人側に持ってもらい、和える側は一定の店頭在庫だけを持った方が合理的です。しかし、和えるは売り手、買い手、世間とともに、自然などにも配慮する「三方良し以上」を掲げ、創業以来、この方針を貫いています。矢島氏は会社を「和えるくん」として擬人化し、社員は和えるくんを共に育てる家族のようなものだと言います。この家族には、取引先の職人も含まれています。

“aeru room“の経営でも同様です。収益モデルは、利用者が部屋に泊まり始めたときから、施設から同社にロイヤリティ収入が入るというものです。 “aeru room“のプロデュース費用は自社で負担しているので、利益が出るまでには時間がかかりますが、このように、同社はどの事業においても「三方良し以上」の家族経営を実践しています。

近年では、伝統工芸産業の維持のために、独自の産業調査も開始しました。コロナ禍で、社員からそうした声が挙がったそうです。矢島氏は「和えるを興した原点は職人さんであり、彼ら彼女らがいるからこそ私たちの会社は存在します。コロナ禍のなかで、今、どのような状況なのか、どのような支援を必要としているのか、とにかく現状を知りたいと思いました」と述べています。

2020年5月9日から15日にかけて、全国の職人に向けて調査を実施し、調査結果を国や行政機関に提出しました。こうした調査は収益にはなりませんが、日本の伝統を次世代につなぐための取り組みです。

同社では、直接的に伝統産業の支援を目的とした事業も手掛けています。それが「aeru電気」です。この事業は、契約者の電気代の「1%」を、日本の伝統産業の職人の応援に回すというものです。

衰退している伝統産業の分野で、職人を応援しながら三方良し以上のビジネスを行うというのは「きれいごと」に聞こえます。実際に行うのは簡単なことではありません。だからこそ、社会貢献と経済的な収益を両立している同社の経営から学ぶことは多くあると思います。

*1中小企業庁 中小企業政策審議員会 小規模企業基本政策小委員会資料より

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