近年、ビジネスの世界でサステナブル(Sustainable)、サステナビリティ(Sustainability)という言葉を耳にする機会が増えました。このシリーズではサステナブルな地球環境と社会づくりに貢献する日本企業を取り上げ、その戦略を分析します。第2回のテーマは「持続可能な農業」を行う株式会社 坂ノ途中(小野邦彦代表、京都市下京区)です。同社は、「100年先も続く、農業を。」をビジョンに掲げ、農薬や化学肥料による環境汚染、食の安全、農家の担い手不足、耕作放棄地など農業の課題解決に新規就農者の支援を通してチャレンジしているベンチャー企業です。どのような戦略があるのか見てみましょう。
※本連載はグロービス経営大学院に在籍した5名(橋本・藤善・前平・山口・吉森)が、金子講師の指導の下、研究プロジェクトとして1年半にわたり取り組んだ成果をまとめたものです。
本稿のポイント
・小規模の新規就農者を支援するしくみ
・生産と消費を”共感”でつなぐ仕掛け
・生産者・消費者が「大変ではない」生態系
坂ノ途中とは 〜未来からの前借りをやめよう〜
坂ノ途中は無農薬・無化学肥料・有機栽培など、環境負荷の小さな農業の普及を目指すと同時に、新たに農業を始めた新規就農者の不足と離農という課題に挑戦しています。社名には、成長途上にある就農希望者や新規就農者の良きパートナーであろうという願いが込められています。
主な事業は生産者を新規就農者に絞った有機野菜定期宅配サービスです。新規就農者がつくった農作物を坂ノ途中が買い取り販売しています。また、販売先の選択肢を増やすためにレストラン/小売店への配達・運営、「FarmO(ファーモ)」というインターネット上でのBtoBプラットフォームなども展開しています。
代表の小野邦彦氏は京都大学を卒業後、経営を学ぶために外資系金融機関で2年間勤務し、2009年に坂ノ途中を創業しました。農業に興味を持ったきっかけは、大学時代にバックパッカーとして世界中を旅して周ったことです。チベットで持続可能な暮らしと出会ったことで、農業と環境をかけ合わせた分野で仕事がしたいと考えるようになりました。生産性向上のために大量の農薬を使い、山間地が荒廃していくなど、持続可能性を放棄する農業のあり方を変えるために、「未来からの前借りをやめよう」をコンセプトに新規就農者と一緒に耕作計画立案を行い、出来た野菜をまとめて自社で購入し、自社のチャネルで販売するという事業を開始しました。
2019年5月16日、農業林業成長産業化支援機構他から、総額6億100万円の資金調達を行いました。新規就農者ならではのリソース不足を補うツール提供(栽培管理システム、農作業アシスト機器、自社便やネットワーク物流便拡大など)、旗艦店出店などによる集客の強化、需要の安定化に取り組むなど、次々に施策を打ち出し注目を集めるベンチャー企業になっています。
事業を通じて、日本の農業の問題を解決する
坂ノ途中は、事業を通じて日本の農業が抱える次のような問題を解決しようとしています。
- 「環境保全と食の安全」:農薬や化学肥料の過度な使用は、土壌や水だけでなく、人体に悪影響を与える恐れがある。だが日本の有機農産物の生産者は農家戸数全体の1%未満にとどまる。安全でおいしい野菜へのニーズはあるものの、環境配慮型農産物へのニーズが乏しい。大手スーパーなどの小売・流通業者にとって環境配慮型農作物は扱いにくく、市場に出回りにくい。供給安定性が低いことや、品種の選択肢が少ないことなどが主な理由。
- 「農業の衰退」:高齢化などによる農業従事者の減少(全国の農業就業人口:2000年から2019年の間に57%減少)と耕作放棄地の増加。国単位でみれば食料自給率の低下につながる。
なかでも後者の農業の衰退は深刻です。日本の40歳以下の農業従事者はこの4年間で1万5000人増え、32万6000人になりました。それでも新規就農者の割合は農家全体の0.5%に留まっており、欧米の新規就農割合が5〜10%であるのに比べると少ないです。また、日本では新規就農者の35.4%が離農しています。
原因として考えられるのは、「3Kといわれる労働環境」、「継続的な売上確保が難しい」、「新規参入ハードルが高い」などです。坂ノ途中は独自のやり方で「新規就農者を増やす」ことに力を入れています。既存の農業では大規模経営で収益を上げるモデルが中心であるのに対して、同社は小規模で多品種少量生産で高価格な有機野菜をつくり、自社の販売網で売るというモデルです。サイエンスを活用し、多品種少量生産でも効率よく作物を育てられるように工夫をしています。
<農業市場 ポジショニングマップ>
新規就農者で継続できる理由
離農率が高い新規就農者でも事業継続を可能にするために、坂ノ途中は3つの取り組みをしています。
(1)野菜を「つくる支援」だけでなく、「売る支援」を行う
新規就農者はやる気があり、ある程度良い品質の農作物をつくれるのですが、売ることができずに離農するパターンが多いです。そこで坂ノ途中は耕作計画からサポートしつつ、少量ずつでも坂ノ途中が作物を買い取ることで出口を確保しています。さらに同社は、梱包の仕方一つでも、売るためにどう工夫すれば良いのかまで指導しています。つまり、単なる生育支援ではなく、野菜が価値を生み出す(=売れる)ために必要な支援までしているため、新規就農者が利益を得ることができ、農家として継続することが可能です。
(2)高単価での野菜買取りを行う
坂ノ途中は農作物を単なる商品とは考えていません。商品であれば、種まきから収穫まで人間の都合に合わせて行い、面積当たり1年間でどれだけ作物を収穫できるかが重要になりますが、坂ノ途中では自然のサイクルにあわせて育てます。そのため画一的(大規模)に農作物を育てている農家とは異なるタイミングで作物が収穫されることもあります。一般的には季節外れと見なされる作物も、結果的に希少性が高まることがあります。
例えばナスであれば、通常夏を迎えると収穫を終え、次は冬野菜の育成に移行します。しかし、同社はナスを育てる期間を伸ばす提案をします。秋に“秋ナス”を出荷すると希少性が高まり、夏のナスより価格が高くなるからです。このように作物育成までマネジメントし、高付加価値の作物を作り出しています。
こうしたことが可能になっている背景として、耕作放棄地が増えて、土地が余っていることがあります。ひとつの畑の稼働率にこだわる必要がありません。土地が余るという課題を、畑の面積あたり生産量だけを重視しないという考えで解決しています。
(3)多様な野菜と土地でリスクをおさえた経営
農業は工業製品と異なり、画一的に大量生産することで病気のリスクが高まります。新規就農者の作物をひとつに集中させないように工夫することで、病害などのリスクを回避し、野菜を安定して供給できる仕組みを実現しています。一部地域の農家が不作でも共倒れを防ぐことができます。
共感だけに頼らない、離脱を抑えるための工夫
おいしくて安全な野菜を提供しても、顧客がそれを買ってくれなければ在庫が余ってしまいます。同社はどのように顧客の支持を得ているのでしょうか。坂ノ途中の定期宅配(サブスクリプション)サービスの顧客離脱率は、月5〜6%と業界最低水準を維持しています。年間で顧客の80%が離脱する企業もあるなか、優れた数字です。今後これをさらに低下させていくことで、生産者の営農計画を立てやすくすることを目指しています。
同社はいかにして低い離脱率を維持しているのでしょうか。「未来からの前借りをやめよう」というコンセプトや、新規就農者対する応援といった“共感”がそのひとつです。しかし、それだけではありません。小野代表は、「共感だけだと、だんだん疲れてきますよね」といいます。離脱の大きな理由は「飽き」であり、それを踏まえて下記3点を工夫しています。
(1)顧客を飽きさせないラインナップ
坂ノ途中の定期宅配は、基本的に中身が選べません。しかし、毎回多種多様な野菜が入っており、飽きずに楽しめる内容になっています。前項で述べた大規模で画一的な農家とは異なり、様々な野菜をつくっていることが活かされています。大型店舗でも冬になると大根など同じ野菜が並ぶ競合他社や食品スーパーに対して、坂ノ途中はカラフルで多様な野菜を提供しています。
(2)離脱するポイントに集中特化
飽きること以外の離脱理由で多いのは、家庭環境の変化(年度代わりや冠婚葬祭)です。実は私自身も坂ノ途中の定期宅配を利用していますが、結婚や妻の出産時にはお祝いのメールが届き、また小さなプレゼントもいただき嬉しくなったことを覚えています。顧客が離脱を考えるポイントを、逆に顧客との関係を深める接点にしていることで高い継続率を実現しています。
(3)自社で配達まで実施
同社は自社配送を利用しています。効率性やコストを考えると配送業者に任せるのが得策ですが、生鮮食品なので、温度管理などに気を配らないと、顧客に届くまでに品質が落ちる危険があります。コストよりも品質を追求することで離脱を防いています。
生産者・消費者が「大変ではない」ビジネスモデル
ガスマン他(2016)は、ビジネスモデルの構成要素は、Who、What、How、Whyになるとしています。坂ノ途中のビジネスモデルを整理すると次のようになります。
また、坂ノ途中のポジショニングを整理すると次のようになります。
坂ノ途中は当初、地産地消・ローカルビジネスを目指していました。自治体やJAが数多く視察に訪れたようですが、全く広がりませんでした。自治体やJAは新規就農の人たちと一緒になって、ああでもない、こうでもないと頑張るような手間をかくことを嫌がったためです。この頃、ダボス会議に参加した小野代表は視座が上がったといいます。坂ノ途中は自分たちが汗をかくことを決断し、全国で新規就農者の支援を行う戦略に変更しました。
しかし、小規模な新規就農者は生産が不安定になりやすく、ビジネスを成立させることには難しさもあります。小野代表は流通業者だけでなく農家から「意義はわかるが、そのやり方は無理だと思う」「スポンサーは誰?」と言われました。それから試行錯誤を繰り返し、現在に至っています。「新規就農」といえば坂ノ途中というブランドになり、広告や営業活動をしなくても問い合わせが来ます。
近年ではパートナーが増えたこともあり、事業を拡張しています。「FarmO」と呼ばれるプラットフォームなどのIT投資も行いました。状況に合わせて戦略を柔軟に構築しながら、農業に改革を起こそうとしています。商品を提供する形態も宅配から店頭販売やレストラン、無印良品店舗での販売などに拡大しています。さらに「FarmO」によって、レストランなどの法人顧客を拡大しています。地球環境や健康に良いことをしているというだけでなく、そうした取り組みを通じて経済的にも規模を拡大している点は、私たちがサステナブル経営を考えるうえで参考になると思います。
〜担当教員解説(金子浩明)〜
坂ノ途中のユニークな点は、扱っている商材を「小規模な新規就農者」かつ「無農薬・有機野菜の栽培」という、難しい供給者と難しい農法に絞っていることです。にもかかわらず、事業規模を拡大して収益を上げています。なぜこのようなことが可能になっているのか、サステナブル経営のフレームワークで分析してみましょう。
サステナブル経営を成立させるには、既存の社会経済システムの中で埋もれていたり、むしろマイナスだと思われているものごとの中から「経済価値の源泉」を掘り起こし、磨き上げる必要があります。サステナブル経営の企業が掘り起こした「経済価値の源泉」には、3つのタイプがあります。これらの源泉を掘り起こし、これらの源泉から独自の新たな経済価値を生み出すには、バリューアップに寄与する3つのアプローチとコストダウンにつながる+1のアプローチがあります。
�@ 曇った価値(何らかの障壁や摩擦によって、価値が市場で認められていないもの➡価値を引き出す)
無農薬・有機野菜は、安心・安全です。しかし、坂ノ途中から送られてくる野菜の価値はそれだけではありません。多くの野菜は収穫から2〜3日以内に届くので、そのまま食べるか、煮るだけ、焼くだけでおいしく食べられます。定期便に「お野菜説明書」が添付されていますが、凝った食べ方は書かれていません。調理を簡便に済ませることができるのも商品価値です。
�A 非価値(経済的な価値になるのかわからない。むしろマイナスとみなれる場合もあるもの➡価値を反転させる)
坂ノ途中からは、土や葉がついたままの野菜が届きます。定期便の会員にとって、土を落とす、葉を切るのは面倒です。しかし、見方を変えればそれは価値になります。会員は野菜の土を洗い、虫に気を付けるなどの行為を通じて、自分たちが「わがままな消費者」ではなく「100年も続く農業」に貢献している一員であることを感じることができます。形の悪い野菜も廃棄せずに届けます。食品廃棄の解決につながるので、むしろ会員は歓迎します。
同社は年間450種類の野菜を扱っています。偶然にも青山フラワーマーケットが年間で扱っている花の種類とほぼ同じ数です。両社に共通しているのは、その時期にとれる作物や花を中心に仕入れていることです。そのなかには、あまり一般的とは言えない「非定番」の商品が含まれます。
一般の食品スーパーは非定番とされる野菜の販売を敬遠します。にもかかわらず、実際に坂ノ途中の商品を扱っている小売店では好評です。無印良品京都山科店の青果売場では坂ノ途中の野菜がよく売れています。新鮮なことに加えて、いつも珍しい野菜があるからです。同じ理由で伊勢丹新宿店でも好評です。
野菜は天候や季節によって味が大きく変化します。雨が多ければ水気が多くなりますし、収穫の時期によっても「はしりもの」「さかりもの」「なごりもの」という3つの味に分けられます。坂ノ途中が扱う野菜は旬の「さかりもの」ばかりではありません。「なごりもの」にも旬にはない味わいがあると、同社は消費者に情報発信しています。消費者は「季節の移り変わり」を感じることができますし、多品種なので飽きることがありません。
坂ノ途中のホームページではユーザーのレシピ投稿やスタッフのおすすめレシピも定期的に紹介されています。このように従来であればマイナスと捉えられていたことを、プラスの価値に変換しています。
�B 新たに生み出された価値(➡価値の拡張)
創業当初は一般消費者に対する定期便や直営店での店頭販売を中心に展開していましたが、近年ではオンラインショップに加え、野菜販売小売店や飲食店などの法人向けサービスも展開しています。法人向けのオンライン販売では400種類以上の野菜を一品から注文できます。小規模な新規就農者と、同社に共感する消費者をつなぐビジネスから、法人向けのビジネスに事業を拡張し、坂ノ途中を知らない人にも旬のおいしい野菜を届けられるようになっています。
ユニークな自社定義、「レイヤーマスター」になれるか
坂ノ途中が強調するのは、未来からの前借りを止めること、そして農業を持続可能なものにすることです。自社を「有機・無農薬野菜の宅配業」ではなく、「環境負荷の小さい農業を実践する農業者を増やす」会社と定義しています。言葉を選ばずに表現すると、利用者を喜ばせるよりも、持続可能な社会の実現を重視しています。一見するとビジネスの定石には反しますが、むしろこうした姿勢が利用者の共感を呼んでいます。
ところでバリューチェーンのどこか一部に特化して、そこを競争力の源泉としているプレイヤーを、レイヤーマスターと呼びます。低農薬野菜販売にはオイシックスなどの大手が存在します。坂ノ途中は正しくはレイヤーマスターではなく、レイヤー特化型企業と言えます。
坂ノ途中は販売に特化しており、パートナー農家とは競合しません。だから新規就農者の悩みや課題がたくさん入ってきます。その多くは有機農法や無農薬栽培のノウハウよりも、農家経営がうまくいかないことなどです。同社には様々な小規模農家経営のノウハウが蓄積されているので、小規模な新規就農者に対して経営上有益なアドバイスをすることが可能になるという強みがあります。
例えば、本文にも事例として出てきた夏野菜のナスを秋に収穫して収益性を高めるといったことなどが該当します。アドバイスによって小規模農家の離農率が下がれば、ますます新規就農者が坂ノ途中に集まります。そうすると、仕入れ先が増えて新たな顧客網の開拓が可能になると同時に、ますますノウハウも高まります。つまり、バリューチェーンのうち販売に特化することが坂ノ途中の競争力を高めているのです。
台湾の半導体ファウンドリ(製造に特化した会社)のTSMCも同じような戦略です。製造だけに特化しているので、アップルをはじめとしたファブレスメーカー(集積回路の設計に特化した会社)の情報がたくさん入ってきます。その結果、設計のノウハウも蓄積することになり、ファブレスメーカーが設計しやすくなるような支援をTSMC側から行うことが可能になりました。今では多くのファブレスメーカーが設計した独自の半導体を設計し、TSMCが生産しています。
今後、坂ノ途中がレイヤーマスターになれるかどうか、注目です。
(小野社長と著者ら。左から、藤善、吉森、小野社長、金子講師)
※シリーズの記事はこちらです。
vol.1 「経済・社会の『二兎追う』フレームワーク」
vol.2 株式会社坂ノ途中 100年続く農業へ新規就農者と挑戦
vol.3 ゴミ減量で儲かる、発想の大転換 ナカダイが促す「サーキュラー・エコノミー」
vol.4 稼げる林業、資源保全も〜有限会社殿林〜
vol.5 「環境印刷」を広げた共感の輪〜株式会社大川印刷〜
vol.6 「伝統」を発信し、未来につなぐ〜株式会社和える〜
vol.7 中川政七商店、伝統工芸品のプラットフォーマー
参考文献:ビジネスモデル・ナビゲーター (2016)、著者:オリヴァー・ガスマン, カロリン・フランケンバーガー,ミハエラ・チック