中川政七商店、伝統工芸品のプラットフォーマー サステナブル経営研究 vol.7

このシリーズではサステナブルな地球環境と社会づくりに貢献する日本企業を取り上げ、その戦略を分析します。最終回は前回に続き「伝統工芸産業」をテーマに、中川政七商店のビジネスモデルを解説します。衰退しつつある伝統工芸産業で、工芸品の作り手と共栄を目指す戦略に焦点を当てます。

●過去のシリーズはこちら

vol.1 「経済・社会の『二兎追う』フレームワーク」
vol.2 株式会社坂ノ途中 100年続く農業へ新規就農者と挑戦
vol.3 ゴミ減量で儲かる、発想の大転換 ナカダイが促す「サーキュラー・エコノミー」
vol.4 稼げる林業、資源保全も~有限会社殿林~
vol.5 「環境印刷」を広げた共感の輪~株式会社大川印刷~
vol.6 「伝統」を発信し、未来につなぐ~株式会社和える~

伝統工芸産業に新しい風を起こした中川政七商店

時代と共に市場規模が縮小しつつある伝統工芸産業。日本人のライフスタイルの変化などを背景に、伝統工芸品は需要減にさらされてきました。市場規模は1960年代から2000年代にかけて5,000億円から1,000億円規模へと縮小し、大量生産、大量消費へと時代は移り変わっていきました。

日本各地にある伝統工芸の産地も危機に瀕しています。生産者と消費者をつなぐ問屋の廃業により、バリューチェーンは徐々に崩壊しつつあり、伝統工芸品の生産者は新たな販路の模索や、マーケティングやブランディングといった販売機能を備える必要が出てきました。そうしたノウハウを持たない業者はさらなる苦戦を強いられています。

こうした状況で新たな風を起こした企業が中川政七商店です。同社は「日本の工芸を元気にする!」というビジョンを掲げ、産地のプロフェッショナルである作り手の知見や技術を活かしながら新たなものづくりに挑戦しています。

伝統工芸初のSPA業態確立

同社は1716年に創業し、奈良で「手績み手織り」の麻織物を扱い続ける老舗です。ヒット商品のひとつに、花ふきんがあります。蚊帳(かや)の製造技術を活かして生まれた奈良県の工芸「かや織」の生地を2枚重ねで仕立てており、薄手で細かい部分が拭きやすく、吸水性、速乾性に優れています。2008年度のグッドデザイン賞金賞(経済産業大臣賞)を受賞するなど高い評価を受けました。

中川淳(なかがわ じゅん)氏(十三代 中川政七/現会長) が富士通を退社し、同社へ入社した時、まず実行したのが経営改革でした。家内制手工業だった組織をさまざまな点で「会社」という一つの企業へと改革していったのです。

経営改革に成功すると、次に直営店の出店を加速していきました。それまで百貨店の卸販売を中心に展開していた自社商品を、自社のブランドコントロールができる直営店で届けることにしました。商品だけでは伝えきれない世界観を、直営店を通じてブランディングしていったのです。メーカーが小売業に転身するのは並大抵のことではできないものですが、結果として同社は工芸の世界で初めてSPA(Speciality store retailer of private label apparel:製造小売業)を確立し、現在は全国に約60店舗の直営店を展開するまでに至っています。

「産地の一番星」を創る経営再生コンサルティング

中川政七商店は自社で企画・製造・販売を行うものづくりの会社である一方、そのノウハウをもとに他社を支援する経営再生コンサルティングも行う、ユニークな存在です。

長崎県波佐見町の陶磁器メーカー「マルヒロ」や、新潟県三条市の包丁メーカー「庖丁工房タダフサ」など、これまでに50社以上の工芸メーカーの経営再生コンサルティングを行っています。商品デザインではなく、決算書の見直しという経営レベルからスタートする同社のコンサルティングは、産地の未来、工芸の未来を見据えてはじまりました。さらに同社は合同展示会「大日本市」も主催しており、コンサルティングを経て誕生したブランドを中心に、販売先の獲得をもサポートしているのです。その産地で一つ輝く企業、「産地の一番星」が生まれれば、きっと周りも真似したくなる。産地が元気になるきっかけとなるはずです。

中川政七商店は、自社工場をもたないファブレスメーカーでもあります。全国800以上の作り手と協業しながら、自社商品を生み出しています。つまり工芸メーカーの経営再生支援は、産地を元気にするだけでなく、中川政七商店のものづくりを継続させることにも繋がっているのです。

老舗豆腐店との協業

中川政七商店のコンサルティング事業を通じ変革を試みた企業に、佐賀県で豆腐販売を手掛ける老舗企業「佐嘉平川屋」があります。価格競争が激しかったところに主要取引先の倒産などが重なり、財務的に厳しい状況下で、同社は将来を見据え、B to Cの分野を一段と強化すべきと判断し、佐賀県と中川政七商店による共同事業「さが土産開発コンサルティング」の支援事業者に応募しました。

コンサルティングと聞くと華々しいイメージがありますが、実態は異なります。最初に取り組んだのは、決算書の診断でした。つまり売上や利益、在庫回転率といった数字を積み上げた徹底的な「数字の分析」でした。そうして見えてきた経営の指標をもとに中期経営計画をつくりあげ、そこからはじめてブランドの考案などに取り組んだのです。

そこで生まれたのが“佐賀の上質な豆腐文化を日々の食卓へ”という新しいコンセプトでした。佐嘉平川屋の看板商品に「温泉湯豆腐」があります。日本三大美肌の湯として知られる九州の名湯、嬉野温泉の名物で、温泉と同じ成分の調理水を用いて湯豆腐にすると、豆腐の表面がお湯に溶け出して豆乳のようになり、豆腐自体の味もまろやかになる、江戸時代からの歴史ある商品です。佐賀の上質な豆腐文化の象徴ともいえる「温泉湯豆腐」はパッケージを一新し、日々の食卓を彩るギフトセットとして生まれ変わりました。

「日本の工芸を元気にする!」ビジョンで業界を巻き込む

中川政七商店の店舗は、服飾雑貨、食器、調理用具、コスメ、食品、植物など、生活を彩るあらゆるものが揃っており、日本の工芸をベースにした生活雑貨が展開されています。伝統的なままではなく、今の暮らしに合う形へアップデートしたものづくりを行うことで、自社の売上、利益の成長につなげています。

直営店では利益率の高いオリジナル商品を中心に構成しており、常に売り上げ上位に入っています。ヒット商品の花ふきんなども1995年から続くオリジナル商品に分類されます。安定的な利益の確保を目指しながら、全体的な在庫のリスクも軽減しています。

中川政七商店が掲げるビジョン「日本の工芸を元気にする!」は、ビジョナリーカンパニーとしての同社のすべての事業の原動力となっています。独自のビジネスモデルで、自社だけではなく、工芸業界再生に努めてきた同社は、雑誌やWebなどメディアからもたびたび取材を受けています。

同社が開発した商品が注目されると、その作り手や工芸技術にも光が当たります。コンサルティングを受けた工芸メーカーは、中川政七商店以外にも販路を広げることが可能になります。結果的に他の小売店や地域とのネットワークが構築され、工芸メーカーの持続的な経営が可能になるのです。

伝統工芸で疑似的なプラットフォームビジネス

こうした中川政七商店の取り組みは、一つの共通の「場」を生み出しているとは言えないでしょうか。

例えば、GAFAをはじめとする巨大IT企業はこの「場」づくり、つまり、プラットフォーム戦略を駆使して確固たる地位を築きあげました。

このプラットフォーム戦略とは「複数の関係するグループを、場あるいは舞台(プラットフォーム)に載せることで、外部ネットワーク効果を生み出し、一企業という枠を超えた、新しい事業のエコシステム(生態系)を作り出す」経営戦略です。一般的には、アップルの「App Store」や「iTunes」楽天の「楽天市場」やFacebookのようなSNS などがプラットフォームビジネスの代表的な例だといえます。

企業がプラットフォームに参画するメリットには、(1)自力では認知してもらえない商品・サービスを認知してもらえるようになる(2)参画するプレーヤーが増え、利用者が増えることによる「ネットワーク効果」が増大する(3)プラットフォームの影響力が増すことで外部企業との交渉力が高まるようになる、などのメリットがあります。

年々、衰退していく伝統工芸産業を逆手に取り「日本の工芸を元気にする!」というビジョンのもと、新たな価値を提供し、プラットフォームのブランド力を高めていった中川政七商店の取り組みは、まさに工芸全体を巻き込んだプラットフォーム戦略だと考えられます。

コンサルティングや流通支援を受けるプレーヤー(工芸メーカー)にとっては、自力ではできない経営ノウハウや機会を得ることができ、メリットが大きくなります。中川政七商店にとっても、自社商品だけでなく、コンサルティングを経たブランドが店頭に並ぶことは店舗の品ぞろえの豊かさにもつながります。

自社だけが成長しても、周辺産業が衰退してしまえばゆくゆくは 自社のものづくりも難しくなります。工芸業界全体で確実に成長し利益を出す仕組みを戦略的に構築したともいえます。

日本にあるのは決して成長を続ける産業だけではありません。中川政七商店のような、衰退しつつある業界全体を巻き込みながら成功を収めた企業は、日本の産業界にとっても示唆に富む存在だと言えるでしょう。

サステナブル経営のフレームワークで解説

サステナブル経営を成立させるには、既存の社会経済システムの中で埋もれていたり、むしろマイナスだと思われたりするものごとの中から「経済価値の源泉」を掘り起こし、磨き上げる必要があります。サステナブル経営の企業が掘り起こした「経済価値の源泉」には、3つのタイプがあります。これらの源泉を掘り起こし、これらの源泉から独自の新たな経済価値を生み出すには、バリューアップに寄与する3つのアプローチとコストダウンにつながる+1のアプローチがあります。このフレームワークに沿って、執筆した社会人大学院生の指導を担当した教員の金子浩明が解説します。

※フレームワークの説明はこちら(第1回連載分)

1. 曇った価値(➡価値を引き出す)

前回でも触れましたが、日本の伝統工芸品産業は衰退の一途をたどっています。生産額は1983年の約5,410億円をピークに、約30年後の2015年には約1,020億円に減少しました。従業者数も同様で、1979年の28.8万人をピークに、2013年には6.5万人と最盛期の1/5に落ち込みました。

落ち込んだ理由には生活の洋風化もありますが、産業の空洞化がありました。伝統工芸品産業の商流は、工房(小規模な職人集団が多い)→ 産地問屋(産地の工芸品をまとめて扱う会社) → 消費地問屋(様々な産地の工芸品を扱う会社) → 小売店、という構造でした。伝統工芸品だけでなく、家具類も同じです。

空洞化のきっかけとなったのは、生活の洋風化によって伝統工芸品が売れなくなったことと、安価な海外品の流入です。日本の伝統工芸品は価格が高いので、消費地問屋は中国メーカーに生産を頼るようになりました。日本の工房は自ら商品を企画して販売した経験がなかったので、苦境に陥ってしまいます。そこで中川政七商店は工房に「経営」の基本を導入することから始めました。

伝統工芸品の支援と聞くと、デザインやブランディングに目が行きがちです。しかし、創業家出身の十三代中川政七氏(現会長)はどのような商流で、どのような価格で、どれくらいの数を売るのか、という基本計画の方が重要だと言います。同社が支援をする際は「決算書を見せてください」というところからやる(中川政七氏)*ということです。こうして同社は工房に経営を導入することで、工房の技術力が埋もれてしまうことを防ぎました。

2. 非価値(➡価値を反転させる)

経産省の「伝統的工芸品」に認定されるためには、次の指定条件**を備えていることが必要です。

1. 主として日常生活の中で使われているものであること。
2. 主要部分が手づくりであること。
3. 伝統的な技術又は技法が守られていること。
4. 伝統的に使用されてきた天然の原材料が用いられていること。
5. 産地が形成されていること。

伝統的な技法を守り、手作りが多くなると、高価になりがちです。しかし、これを守らないと経産省の「伝統工芸品の印」がもらえません。この印が無いものは偽物だと見なされることもあります。

日本の伝統工芸品の工房のなかには、仮に新技術を導入したとしても、経産省の認定から外れることを恐れてそれを隠そうとしてきたところもあるようです。

しかし、伝統にとらわれてばかりでは、未来に技術が残っていくことは難しい。中川政七商店は、ガラスケースの中に大切にしまいこむのではなく、暮らしの中で使われる生活工芸品を展開しています。

産地で培われた素材・技術・風習を大切にしながら、今の暮らしに沿うようにアップデートする。残したいと思うものを、使い手の視点を添えてつくり、伝える。受け取った人が使うことで、ものづくりが残る。遠回りのように見えるこのサイクルを100年先にも日本の工芸が残るように続けています。

3. 新たに生み出された価値(➡価値の拡張)

中川政七商店の強みは、工芸メーカーのコンサルティングだけに止まらず、商品の流通機能を持っていることです。2022年現在は約60の直営店を運営し、流通をサポートする合同展示会「大日本市」も開催しています。大日本市には小売店向けの卸販売サイトもあり、こうした出口があるからこそ、実効性のある経営支援が可能となります。

2017年には「各地のモデルケースを共有し、切磋琢磨して高め合う場」として、現会長の発起のもと、一般社団法人日本工芸産地協会が発足しました。中川政七商店をはじめ、産地の一番星や工芸に関わる企業が会員として名を連ねています。博覧会やカンファレンスなどを通じ、日本各地の工芸産地が直面している現状に向き合い、工芸大国と称される未来づくりを推進しています。

さらに2021年からは、「N.PARK PROJECT(エヌパークプロジェクト)」と名付けた、奈良のまちづくりにも取り組んでいます。創業地である奈良で多くのスモールビジネスを生み出すことで、街を元気にすることが目的です。

このように、同社は工芸メーカーに対する経営支援から、産地が自立して良いコンテンツを生み出せるようになるための支援へ、さらに地元である奈良という産地の活性化へと、提供する価値を拡張しています。

ユニークなビジネスモデル

中川政七商店のビジネスモデルのユニークな点は、業界初の工芸品のSPAとなったことに加え、工房と産地へのコンサルティングを組み合わせたことです。

SPAのメリットは、販売店などの中間流通を介在させずに自社商品を消費者に直接届けることで、中間マージンが省けることです。デメリットは、小売業の運営と、基本的に完成品の在庫は全て自社で抱える必要があることです。そのため、SPAでは商品の企画力と、適切な生産計画(品切れを起こさず、同時に作り過ぎず、かつ工房の稼働を平準化する)の2つが重要になります。

商品企画力について同社の言葉を借りれば、「よいコンテンツ」を生み出す力です。これはSPAとコンサルティングに共通している、事業経営上の核となる能力です。つまり、SPAとコンサルティングは表面的にみると違うビジネスですが、それを成功させるうえで求められる核となる能力は同じです。

このビジネスモデルは、第2回で紹介した「坂ノ途中」(無農薬、低農薬野菜の宅配)と似ています。

両社はともに、直営販売のチャネルを持ち、そこで販売する製品は全て自社の企画によるものであるため、SPAのビジネスモデルと言えます(野菜の場合は、坂ノ途中の基準を満たすものを契約農家から仕入れています)。SPAでありながら、仕入れ先に対してコンサルティングを行っている点も共通しています。顧客がメーカー直販で売れる力がつけば、それに越したことはないという考え方を持ち、対象とする地域を絞って仕入れやコンサルティングをしているといった共通点もあります。

そう考えると、こうしたビジネスモデルは、サステナブル経営のひとつの「型」になるかもしれません。

*「J-CSV企業の考察03」(2019年1月18日)より
 https://www.rashii-branding.com/j-naradewa/story/20190118_nakagawa-masashichi2.html
**「経済産業省地域ブランド展開支援」より
https://www.kanto.meti.go.jp/seisaku/chiiki_brand/index_densan.html

RELATED CONTENTS