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いま決めていい? -悲しみ効果の罠

投稿日:2011/12/21更新日:2019/08/15

問題です

以下のAさんの問題は何か。

AさんはスーパーZ社のバイヤー。先日、年老いた母親を亡くし、忌引き休暇から復帰したばかりである。復帰早々、消費財メーカーB氏との価格交渉に臨むことになった。B氏は事情をおもんばかってミーティングの延期を申し出てきたのだが、Aさんは「プライベートのこととは切り分けます」と答え、当初の予定通り、価格交渉のミーティングが行われることになった。B氏の要望は、原料費高騰の折、納入価格を値上げしたいというものであった。

A: 「・・・ということは、原料費の高騰分をそのまま価格に転嫁したいということですか」
B: 「そのままというわけではありません。弊社でももちろん原料費のアップを何とかお客さまに転嫁しないよう努力はしているのですが、それにも限界があります。企業努力でなんとか10円分は我われの方で削りますので、残る半分の10円分をご負担いただけないかということです」
A: 「それにしても、ウチから見ればこれまでの仕入れ値が200円だったものが210円になるわけか。売れ筋商品なだけに痛いな。うちもお客さまにそう簡単に転嫁できるわけじゃないんですよ。小売業界の競争が厳しいのはBさんもご存じでしょう」
B: 「そこを何とか。原料費が20円上がっている中、社内だけでそれをカバーするのは不可能なんです。50/50の分担というのは決して無理なお願いではないと思うのですが」
A: 「まあ、確かに50/50の分担というのは一見、切りがいいのでそこで決めがちだけど、もっとちゃんと議論すべきだと思いますよ」
B: 「弊社としてはこれでもかなり良い条件を出させていただいていると思います。ぜひこの条件でお願いしたいのですが」

Aさんは、ここはもっと粘るべきと頭の中では計算していたが、いま一つ、ハードネゴで値下げを要求する気にはなれなかった。

A: 「まあ、そう言われればね・・・。まあ、おたくも努力しているようだし、仕方ないか。じゃあ、その線で進めましょう。この商品は固定ファンも多いし、そう簡単に客離れも起きないでしょう」
B: 「ありがとうございます!」

交渉からの帰り道、B氏はこう考えていた。

「Aさんのことだから、もっと粘ってくると思っていたのだが、なんだか意外だったな。207〜208円くらいの落としどころを想定していたのだが・・・」

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解答です

今回の落とし穴は、「悲しみ効果の罠」です。正式な用語はないようですので、ここではこう呼ぶことにします。これは、気持ちが悲しい時に意思決定や交渉などをすると、平静な時の意思決定や交渉で得られる結果よりも悪い内容でもOKとしてしまいがちな傾向を指します。

悪い内容とは、たとえば交渉の場合、売り手の立場であれば、本来もうひと粘りすれば高く売れるものを安く売ってしまう、逆に買い手の立場であれば、高く買ってしまうというものです。あるいは、本来であれば、「仕入価格はそれで構わないので、売上実績に応じたリベートを支払ってください」という提案ができるのに、それを行わないということも含まれます。さまざまな実験や観察でこうしたことが起こることが示唆されています。みなさんも、ご自身で思い当るところがあるのではないでしょうか。

今回のケースでも、Aさんは、いつもならもっと粘って好条件を引き出したのかもしれませんが、忌引き休暇明けというまだ悲しい気持ちの中で交渉をしたため、交渉に本腰が入らず、相手のB氏も拍子抜けする結果になってしまいました。明らかに、悲しい気持ちがビジネス結果に悪影響を与えたことが分かります。

この例に限らず、感情は人間の意思決定の質や、その源となるエネルギーに大きな影響を与えます。楽しくポジティブな気持ちで高いアスピレーションポイント(強い願望)を持ちうる状況であれば、意思決定の質も上がりますし、交渉でもWin-Winの望ましい結果が得られやすくなります。悲しい気持ちの場合には、それが逆になってしまうのです。

では、今回Aさんはどうすればよかったのでしょうか。たとえば「悲しい気持ちを忘れろ」というアドバイスは有効でしょうか?これは、言うのは簡単ですが、なかなか実行できるものではありません。「些細なことにくよくよしないメンタリティを持つ」くらいならば、ある程度のメンタルトレーニングでクリアできるかもしれませんが、今回のケースのような、肉親を失った悲しみなどは、容易に忘れられる類のものではありません。

したがって、今回の正解は、ある程度の時間を置く、ということになるでしょう。実験などの結果でも、ある程度時間を置くことで、より冷静な(本来の状態に近い)意思決定が出来ることが示唆されています。

今回のケースでは、Aさんは、B氏の最初の提案を受けいれて、ミーティングの延期をするべきだったのです。Aさんの失敗は、彼の美学なのかもしれませんが、まだ落ち込んでいるときに「ビジネスとプライベートは分ける」ということにこだわり、それほど時間的な緊急度の高くない交渉を当初のスケジュールで行ったことにあります。

今回はメンタルな側面を取り上げましたが、さらに言えば、肉体的な(フィジカルな)条件も、意思決定などの質に大きな影響を与えることが示されています。病を得た時の権力者が、本来ならしないような意思決定をしたという例は歴史上非常に多く指摘されています。

ぜひ、自分自身が良い意思決定や交渉を出来る精神的、肉体的な状況なのか、冷静に見極めたいものです。

  • 嶋田 毅

    グロービス経営大学院 教員/グロービス 出版局長

    東京大学理学部卒、同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経てグロービスに入社。累計150万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」の著者、プロデューサーも務める。著書に『グロービスMBAビジネス・ライティング』『グロービスMBAキーワード 図解 基本ビジネス思考法45』『グロービスMBAキーワード 図解 基本フレームワーク50』『ビジネス仮説力の磨き方』(以上ダイヤモンド社)、『MBA 100の基本』(東洋経済新報社)、『[実況]ロジカルシンキング教室』『[実況』アカウンティング教室』『競争優位としての経営理念』(以上PHP研究所)、『ロジカルシンキングの落とし穴』『バイアス』『KSFとは』(以上グロービス電子出版)、共著書に『グロービスMBAマネジメント・ブック』『グロービスMBAマネジメント・ブックⅡ』『MBA定量分析と意思決定』『グロービスMBAビジネスプラン』『ストーリーで学ぶマーケティング戦略の基本』(以上ダイヤモンド社)など。その他にも多数の単著、共著書、共訳書がある。
    グロービス経営大学院や企業研修において経営戦略、マーケティング、事業革新、管理会計、自社課題(アクションラーニング)などの講師を務める。グロービスのナレッジライブラリ「GLOBIS知見録」に定期的にコラムを連載するとともに、さまざまなテーマで講演なども行っている。

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