パナソニックの7,000億円M&A、その「成功」のカギは?

3月9日、パナソニックがSCM(サプライチェーン管理)ソフト大手の米Blue Yonder(ブルーヨンダー)を7,000億円で買収する方針を固めた、との報道がありました。パナソニックの株式時価総額は約3.5兆円、その1/5の規模にあたる大型企業買収ですから、社運を賭けた一手だと言っても過言ではありません。しかし、このM&A取引については疑問視する声も多く聞かれ、株価は一時前日比6.8%安と大幅下落しました。本コラムでは、この買収取引は(仮に実現したとして)成功なのかを「そもそもM&Aの『成功』とは?」に立ち返りつつ株式投資家の目線から検討します。

買収の戦略的意義-パナソニックの脱皮

日本の総合電機メーカーは過去10年あまりの間に大きな戦略転換を迫られてきました。日本企業の強みであった半導体や家電製品などのモノづくりはコスト競争力のあるアジアの競合にシェアを奪われ、付加価値の源泉はハードのモノ売りからソフトなサービス・ソリューションの提供へと急激にシフトしています。

日立製作所は日立化成等の子会社を売却し、デジタル・イノベーションを加速するためのサービス/ソリューション/テクノロジーの総称である「ルマーダ」に経営資源を集中しています。ソニーはイメージセンサーをはじめとするエレクトロニクス技術をゲーム・コンテンツのデジタル・エンターテイメントやリモート管理のデジタル・ソリューションへと展開しています。

パナソニックも2022年4月の持株会社制への移行に伴い、「中期戦略で基幹事業と位置づけた現場プロセス事業、インダストリアルソリューション事業を事業会社として法人化する」と表明しました。ブルーヨンダー買収は、パナソニックがハード売りの会社からサービス・ソリューションのグローバル提供企業へと脱皮し進化するための、重要な一歩だととらえることができます。

M&A自体は戦略ではなく、戦略実現のための手段です。それは、変化と競争の激しい時代において、「自力開発では間に合わないので時間をカネで買う」という選択であり、「自前主義、モノ作り中心の企業風土・体質を変革するためのショック療法」という手段でもあります。この買収は、「パナソニックは変わるぞ」という経営トップの社内外に向けての決意表明なのかもしれません。

海外のソフト事業はM&Aの難所

しかしながら、この買収が成功するかについて不安視する声が多いのも当然です。ソフト・サービス事業における海外M&Aの成功確率はかなり低い、というのがこれまでの歴史であり、その苦い経験者の代表格が他ならぬパナソニックだからです。

日本経済がバブル景気の絶頂を迎えていた1990年、パナソニック(当時は松下電器産業)は7,800億円を投じて米国のMCA社(ユニバーサル映画・ミュージックを持つ総合エンターテインメント企業)を買収しました。「ハードとソフトの融合戦略」を打ち出したものの、コスト管理の厳しい日本のメーカーと大胆な発想力が勝負のハリウッド気質は相いれず、日本経済がバブル崩壊に苦しんだことも重なり5年後に売却・撤退しました。当時、「日本のお人好し金持ち企業がハリウッドのカモになった」と揶揄された出来事でした。

これは決して松下(バナソニック)の経営力不足、企業体質が違いすぎた、という単純な問題ではありません。ソフト・サービスの事業を買収するというのは、「目に見えないスキルや創造力、それらを持つ人材」を買うことに他なりません。そのようなクリエイティブ系人材は組織管理に馴染まないのが通常で、会社という器をカネで買ったところでそれらの無形資産や社員が自動的についてくるわけではないのです。

米国のヒューレッド・パッカード(HP)は2011年に英国のエンタープライズソフトウエア会社Autonomyを110億ドル(1兆円以上)で買収し、2年後に88億ドルの減損処理を行うという「歴史的大失敗M&A」を経験しています。

テクノロジー企業の青田買いを得意としていたシスコシステムズは、2000年当時その会社ウェブサイトのFAQ欄に、「当社のM&A判断基準」を掲げていました。そこには、買収の目的はインターネット業界の次世代技術開発力のある優秀なエンジニアの取得、企業文化風土(ケミストリー)が合うことが重要、等が挙げられていました。その最後の項目には、

If possible, we acquire companies that have geographic proximity. This is especially important if the acquisition is larger than most.(可能であれば、地理的に近い会社を買収したい。このことは買収規模が大きい場合、特に重要である)

とはっきり書かれていました。エンジニア集団であるIT事業会社の買収においては企業同士の「相性」が重要で、海外の会社や文化風土が出来上がっている大きな会社の統合は難しいという実経験に基づくものだったのでしょう。買収巧者と言われる会社はここまで堂々とそれを表明するのか、と感心した記憶があります。

M&Aの「成功」を測る3つの視点

企業買収は取引完了がゴールではなく、そこからがスタートであることは言うまでもありません。M&Aの成功・失敗は、通常以下の3つの視点から語られます。

  1. DD(デュー・ディリジェンス):対象会社のヒト・モノ・カネにつき、うそ偽りがないかきちんと調べたか
  2. シナジー(相乗効果):買収して自社と合体することによりどのような新たな価値が生み出されるのか
  3. PMI(ポスト・マージャー・インテグレーション):買収後の経営統合、コントロールを正しく実行できるか

これらは全て、「M&Aの価格が高すぎたのではないか」という問いに集約されます。買ってみたら中身がスカスカで重要顧客がどんどん抜け落ちていった、大きなシナジーを見込んでプレミアム付きの価格で買ったがそれは絵に描いた餅にすぎなかった、買収後の経営体制作りに失敗して優秀な社員が続々と退職してしまった……。これらは煎じ詰めると買収価格が適正だったのか?という問題です。そして、対象会社の価値の源泉がヒトや顧客やテクノロジーという財務諸表に載っていない無形資産である場合、その評価は非常に難しくなります。

ブルーヨンダー社に7,000億円の価値があるのか?については、会社が上場されておらず財務情報が入手できないこともあり、コメント不能です。BtoBの類似企業で比較すると、米国のCRM会社セールスフォース・ドットコムやビジネス用ソフト開発会社オラクルが時価総額20兆円、日本オラクルやオービックが2兆円、名刺管理ソフトのSansanが3,000億円、という規模感の業界です。ウォルマート、スターバックス、メルセデス・ベンツ、ユニリーバ等のグローバル優良企業を顧客に持ち実績を上げている成長企業だとするなら、驚くほど高いという話ではないでしょう。

高値掴みか交渉巧者か

パナソニックは日立やソニーの動きに危機感を持ち戦略的に前のめりになっている、故に百戦錬磨の売り手である投資ファンド(ブラックストーン、ニューマウンテン・キャピタル)に足元を見られ高い値段をふっかけられているフシはあります。30年前のMCA買収も、ソニーのコロンビア・ピクチャーズ買収への対抗を焦り外資系M&Aアドバイザーに乗せられて言い値で買ってしまったものでした。あの失敗を繰り返すのではないかと危惧するコメントも理解できます。

しかしながら、以下の2点から今回のパナソニックは前回の松下とは違う可能性が高いと私は感じています。

  1. DDは十分:今回はMCAの事例のような、いきなり100%買収する取引ではありません。パナソニックは1年前の2020年5月に当社の20%を取得済みです。資本業務提携を通じて会社の中身やシナジーをしっかり把握した上での今回の買収交渉だと考えられます。
  2. 情報戦?:3月9日の記事は「金額は調整中」という内容の憶測記事にすぎません。M&Aの交渉においてはこのような「情報リーク」はよく起こります。取引を既成事実化して買い手が降りにくくする、第3の買い手候補が名乗りを挙げてきて価格が吊り上がることを狙う、等の目的で売り手側が仕掛けることもありますが、今回は買い手側のパナソニックが価格交渉を有利に運ぶための観測気球を上げたのではないかと思われます。既に20%を保有し他の買い手候補は現れないと読んだ上で、パナソニックの株価が報道を受けて下がることは、むしろ「高い価格での買収は株主の支持が得られない」という交渉カードを手に入れることになります。「買収金額が膨らめば断念する可能性もある」との報道コメントは、情報がパナソニック側から出ていることを示唆しています。

M&Aの成功が「高すぎる値段で買わないこと」に集約されるという観点からは、今回のパナソニックの動き方は、MCA買収の失敗以降30年間のさまざまなM&Aの教訓を踏まえ、したたかさを身につけたと感じます。たとえ価格の折り合いがつかず交渉が決裂したとしても、20%を保有して資本業務提携関係を維持し、競合に奪い取られることを阻止できるならば、このM&A交渉はパナソニックにとり「成功」だと言えるでしょう。

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