ファイナンス・ビジネスパートナーとは?
というのも、昨年から通い始めた経営大学院において、経営を包括的に学ぶ中で、会計士や税理士といった「会計の専門家」としてキャリアを積んでいくというよりも、経営に直接関与するようなビジネスリーダーになりたいと感じるようになったからだ。会計知識を自分の強みとしながら、より深く経営に関する意思決定に関与するためにはどのようなアクションをとったらいいのか、どのようなキャリアパスを目指したらいいのか、そんなことを日々考えている。
こんにちは。グロービス経営大学院で講師をしています鷲巣大輔と申します。
私がグロービスで担当するファイナンス系のクラスでは、ある企業の経営課題に対して現代ファイナンス理論に基づいて経営判断を下すというケーススタディを繰り返しながら「経営者としての器」を磨くトレーニングをしています。
受講生の中には経理・財務といった会計をバックグラウンドに持つ方もいらっしゃるのですが、そういう方からよく聞かれるのが、冒頭の鷹野さんのようなコメントです。会計の専門家ではなく、経営判断を支えるビジネスパートナーになりたい、そのために、いったいどのようなスキル・キャリアパスを経たらいいのか──。同様の悩みを持つ方は結構多いのではないでしょうか。
企業ニーズ拡大中の専門人材
実際、外資系企業だけでなく、日本の企業においても、「FP&A (Financial Planning & Analysis)」というポジションを新設するケースが増えてきました。FP&A人材とは財務分析などを通じ、企業の経営判断に深く関与する『ファイナンス・ビジネスパートナー』です。
会社の事業基盤を安定させるための経理・財務の業務は、いわば「守りのファイナンス」です。一方、企業価値を高めるための戦略に深く関与する業務は「攻めのファイナンス」と言えます。ファイナンス・ビジネスパートナーは、攻めのファイナンスを実行する役割を持つと言えるでしょう。
私はグロービスでの講師をしながら、外資系企業のCFO(最高財務責任者)や、投資ファンドがスポンサーとなる企業の経営企画を担ってきました。現場で常に求められてきたのは「会計の専門家」としての役割ではなく、「経営チームの一員として、企業価値を創造するための経営判断を財務的観点で行う」というファイナンス・ビジネスパートナーとしての役割が大きかったように感じます。
FP&Aという職種に代表されるファイナンス・ビジネスパートナーが今、多くの会社において必要とされています。具体的に、ファイナンス・ビジネスパートナーとはどのような存在なのか。ファイナンス・ビジネスパートナーになるためにはどういったスキルや経験を積んでいったらよいのか。私の経験談とともに、企業へのインタビューを通じ、整理をしていきたいと思います。企業価値創造に大きく貢献するファイナンス・ビジネスパートナーが日本企業でもより多く輩出されるための一役を担えれば──。そんなことを考えてこの度、連載を持たせていただくことになりました。
いずれ経営者としてのキャリアを歩みたいと考えている経理財務パーソンはもちろん、人事や総務、経営企画部門において「経営判断を支えるビジネスパートナー」とは何か、より深く理解したい人にも読んでいただければ嬉しいです。
ファイナンス・ビジネスパートナーの使命・役割・責任とは
それでは、ファイナンス・ビジネスパートナーの主な仕事内容とはどのようなものでしょうか。ここに、日本を代表する化粧品メーカー・資生堂のFP&Aの職務定義を記載させていただきました。
FP&A:期待される役割と責任
- ブランドの収益管理
- 事業部シニアメンバーのビジネスパートナー
- ファイナンス部門の変革リーダー
- チームの育成・強化
(出典:資生堂の求人サイトに記載された内容を筆者が日本語に翻訳、簡略的に編集)
いかがでしょうか? 従来の経理のお仕事、財務のお仕事と比べると、かなりビジネス寄りの印象をもたれる方も多いのではないでしょうか。変革の主導者であること、チームを強化するリーダーシップが求められているというのもファイナンス人材に期待することとしては目新しいかもしれませんね。
冒頭にある「ブランドの収益管理」の詳細には、「ビジネスの進捗をモニタリングし、リスクや機会を明らかにし、財務的目標を達成するための施策を担当部署と『一緒になって』実行していく」とあります。事業の実績値を取りまとめ、会計ルールに基づいた精度の高いレポートをタイムリーに作成するという従来の経理業務からは、少し異なる役割が期待されているのがお分かりいただけると思います。
今例で見た資生堂に限らず、FP&Aの仕事内容は、予算策定、予算実績のギャップ分析、投資判断のためのDCF(ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー)分析などが一般的なものです。ただしこれらはあくまでも「手段」に過ぎず、「目的」は一つしかありません。すなわち、ファイナンスの観点に基づき、意思決定を下すために必要となる質の高い判断材料を提供することです。
ビジネスパートナーですから、経営判断を下すチーム、事業本部長、ビジネスユニット長と同じ目線で議論ができなければなりません。会計の専門家の枠を超え、ビジネスを深く理解していることが必要になります。特に財務モデルなどを通じて、企業価値に大きな影響を与える収益を生み出すメカニズムについて精通していることが重要になります。会計知識をビジネスの意思決定の場において伝わるように「翻訳」をする、コミュニケーション能力の高さも必要となってきます。
一方でファイナンス部門の一員として、株主・債権者の期待値というものを常に念頭に置いておく必要があるでしょう。経営者はすべてのステークホルダーと対峙する必要がありますが、株主・債権者の期待値を深く理解するためには、ファイナンス理論を深く理解しているパートナーの存在が不可欠です。ファイナンス理論は事業目標の設定に直結します。経営者として投資判断をするときに、その投資は株主・債権者の期待を満たすものなのかどうか、という点で判断材料が必要になります。別の言い方をすれば、ファイナンス・ビジネスパートナーは株主・債権者の立場を代表して、時として経営者の判断に異を唱える貴重な存在でもあるわけです。
「真のビジネスパートナー」への5ステップ
インテル社や日本トイザらスにてCFOを歴任し、現在は日本CFO協会にて理事を務める石橋善一郎氏は、その著書『経理・財務・経営企画部門のためのFP&A入門』(中央経済社)の中で、「真のビジネスパートナー」になるためのステップを次のように紹介しています。
- 一緒に働く価値を感じてもらえない「無関与」レベル
- 信頼・尊敬され「意見を求められる」レベル
- 付加価値を出すことで「意思決定プロセスに関与する」レベル
- 強いリーダーシップを発揮し「意思決定を委任される」レベル
- 真のビジネスパートナー
FP&A組織に属したからと言って、一足飛びに経営に関する意思決定にすぐに貢献できるわけではなく、その体制は自らの行動・言動によって作っていくしかありません。逆説的に言えば、FP&Aの組織体制が整っていなくとも、積極的に事業部の人たちと接点を持ち、意味のあるアウトプットを提供しながら彼らの信頼・尊敬を勝ち取っていくことができれば、「意見を求め」られ、「意思決定の場に呼んで」もらえ、意思決定の一翼を担う存在になっていくことができるのだと思います。
次回は組織論の観点から、ファイナンス・ビジネスパートナーの立ち位置についてお話をしていきたいと思います。どうぞお楽しみに。
◆シリーズ「FP&A人材への招待状」の記事はこちら
vol.2 上司は2人、バランス感覚どう保つ?
vol.3 EVA、ROIC…求められる判断軸とは?
vol.4 スキルセットをどう磨く?
vol.5 マインドセットを変える「3つの言葉」