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どん底からの復活、貫いたのは「公平・公正・透明性」/渡邉淳Mipox社長

投稿日:2016/10/20更新日:2019/04/09

技術革新の加速、産業構造の変化、グローバル市場の拡大が、日本企業に大胆な変革を迫っている。変革企業の最前線では、今、何が起こっているのか――。本シリーズでは、グロービス・コーポレート・エデュケーションのクライアント企業に、直面する課題、変革への難所、突破方法などについて聞いていく。第1回は、Mipox株式会社(本社:東京都立川市)の渡邉淳社長にご登場いただく。

同社は1925(大正14)年創業。1970年代から研磨事業に参入し、「塗る」「切る」「磨く」というコア技術をベースにハイテク分野にも展開し、ニッチ分野でのトップ企業として成長を遂げてきた。しかし、2005年3月期をピークに収益が急速に悪化し、2008年3月期には赤字に転落。その年に社長に就任した渡邉氏には、どん底からの企業変革が宿命付けられていた。人員削減、事業整理、資産売却を急ピッチで進める一方で、インド、シンガポール、タイ、フィリピンへの支店設立、海外合弁事業の拡大、競合企業の買収、Salesforce導入による情報インフラ整備など攻めの戦略にも果敢に打って出る。社名も、旧・日本ミクロコーティングから現・Mipoxに変更した。様々な施策が奏功し、2011年3月期には黒字復活。2016年3月期には最盛期の営業利益水準を回復し、なお増益基調にある。渡邉社長の変革リーダーシップとは――。(聞き手・構成=水野博泰GLOBIS知見録「読む」編集長)

父の背中を見て書き溜めた「心のメモ」

知見録: 2008年、赤字に転落した会社をお父上から引き継いだ。その時、どういう気持ちだったのか。

渡邉: 1994年に入社して以来ずっと見ていたので、赤字だからどうとか、前の社長が父親だからどうという気持ちは無かった。社長になったら、全部リセットをかけるつもりでいた。正直言って「潰れるかな」と思っていた。だって、そうでしょ。その年の売り上げが約60億円に対して赤字が十数億円。翌年には売り上げが約30億円に半減し、赤字は約15億円。30億売って15億円の赤字なんて、普通なら潰れる。抜本的に変えなければならないのは明白だった。これが、売り上げ30億円、赤字2億~3億円だったらコストダウンで辻褄を合わせたかもしれない。そういうレベルではなかった。

何をやっても潰れるよりはまし。だから思い切った変革ができた。前経営陣4人は退席してもらった。経営に近い管理職もほぼ全とっかえ。過去のしがらみを一切断ち切った。

知見録: 大手術だ。

渡邉: 自分が思うように実行していったのだが、単なる思いつきではなく、その下書きみたいなものがあった。父の経営を長年見ていて、「俺ならこうする」「俺なら、ああはやらない」「会社っていうものはこうあるべきだ」というような経営軸のようなもの。紙に書いてあるわけではないので、自分では“心のメモ”と呼んでいる。だから、社長就任した時から全速力で突っ走った。迷いは全く無かった。

知見録: 渡邉さんの“心のメモ”には、どんなことが書いてあったのか?

渡邉: 働き方や組織はどうあるべきなのか、人と人とのコミュニケーションの在り方、会社の雰囲気をこうしたい――というようなこと。自分の頭の中にある「経営者としてこうありたい」という原理原則のシミュレーションのようなものだ。考えてみると、その多くが父の時代の経営を反面教師にしたものになっている。

知見録: いくつか教えてほしい。

渡邉: 例えば、「もっと仲良くしようぜ!」というのがある。20年前に会社に入った時、皆の仲がとても悪いことにすぐに気づいた。中小企業なのに、組織の壁、拠点の壁、セクショナリズムが酷い。特に、東京・昭島の本社と山梨工場との間の壁は厚く、溝は深かった。人の行き来がない。異動もない。役員どうしの仲が悪い。何か問題が生じれば、責任のなすりつけ合いが始まり、ますます仲が悪くなる。そんなことの繰り返しだった。素朴に、同じ会社で働いているのだからもっと仲良くすればいいのに…と思っていた。だから、社長になって最初にやったのは、昭島本社と山梨工場にそれぞれ1週間ずつ交互に行って自分の考えを現場に直接伝えることだった。

一方で、人員削減も断行したし、工場の統廃合や不採算事業からの撤退もやった。前経営陣にはなかなかできなかったことだ。過去のしがらみでがんじがらめで、高度経済成長とバブルを通してずっと右肩上がりの時代に生きた人たちだから、「やめる決断」ができなかったのだ。

知見録: 「やめる決断」のために、経営者には何が必要なのか?

渡邉: 「物事をシンプルにする」ということだ。これも“心のメモ”に書いてあること。僕は、50年以上本社を置いてきた東京・昭島の工場も売却した。祖父が開いた場所であり、僕が生まれ育った本籍地でもあったが未練はなかった。メーカーとして何を所有し、何に投資すべきかをシンプルに考えたからだ。僕が自分で立ち上げを手伝った韓国支店も、社長になって真っ先に閉鎖を決めた。

社員が増え、組織が大きくなると、様々な要素がからみ合って物事はどんどん複雑になっていく。経営者の究極の役割は、それをシンプルに考えられるようにすることだ。しがらみは剥がしきったので、今は何もない。やってみれば意外とうまくいく。古いものを捨てなければ、新しいものは入れられないし、生み出すことはできないのだから。

知見録: 会社変革で最も気を配っていることは何か?

渡邉: 「公平・公正・透明性」、つまりフェアであることが最も大切だと思っている。実力は大したことがないのに社歴が長いから昇進するとか給料が高いとかは良くない。仲良く和気あいあいだけれども、公平・公正に厳しく評価されるというメリハリが必要だ。極論すれば、人ではなく成果だけを見る。多くの会社では、この真逆のパターンが多いのではないか。社員の仲が悪くて、物事の決め方、進め方は“なあなあ”で、成果が正当に評価されない…。

そこで、情報を徹底的にオープンにしている。例えば、業績が好調で期末賞与を出すということになった時、予算に対して実績がこれで、何パーセント上回ったから社員にこれだけ還元する、というようにきちんと説明する。社員の認識が「よく分からないけど、景気が良くて特別ボーナスをもらっちゃった。ラッキー!」というレベルではダメ。翌期にボーナスが出なかったら「なぜ、出ないんだ?」と逆に不満が生じてしまう。当社では派遣社員やパートタイマーの人たちも月次の売上高の推移をよく知っている。海外を含めたグループ全体で4割を占める外国人スタッフにも、同じように情報共有している。

2011年にはクラウド型 CRM(顧客管理)の「セールスフォース」を導入した。狙いは、経営の透明化、情報の共有、営業力の強化、社内コミュニケーションの活性化によって、企業文化を変革し、会社を作り直すことだ。特にオープンなコミュニケーションを徹底している。すべてのやり取りは、一対一のメールではなく、全員が見られる社内SNS(Chatter)を使っている。しかも、社内向け情報発信として個々人のアウトプットを全社員が心がけている。自分にとって必要な情報は、様々な情報の中から受け手が選別する。「いいね!」を付けられるようにしてあり、その数で社員それぞれの発信力を評価している。社長の自分も率先して投稿しているが、「いいね!」を多く集めるのはなかなか大変だ(笑)。

このITインフラのおかげで、誰が、どんな仕事に、どのように取り組んでいるかということが、他の誰にも一目瞭然になった。透明性を確保するためにIT(情報技術)は絶対に欠かせない仕組みであり、会社を変革するための強力な武器になる。

先代社長は「コンピューターはミカン箱みたいなものだ」と言って、経営ツールとして活用しようとしていなかった。それでも業績が良かったのは、精密研磨剤の分野におけるトップシェア企業だったからだ。創業90年の歴史があり、業界内ではそれなりのブランド力があった。しかし、いつしか社員にも経営にも「良い製品を作れば売れる」という過信と奢りが生じていた。少数の限られた顧客だけを相手にしていて、むしろ顧客の方から訪問を受けるような殿様商売。営業現場にも奢りと偏りがあった。顧客情報は担当の営業マンが管理していて、他の人は知ることができない属人的で不透明な有り様。市場の可能性は大きいのに、そのごく一部の狭い領域に安住していたのだ。だから、市場そのものが変わり始めた時、会社は全くついていけず、経営危機を招いてしまった。

だから、“心のメモ”には、「技術力頼みではなく、経営力で勝ち抜く会社にしたい」とも書いてある。僕は社員に向かって「技術力、品質という言葉は死語だ」と繰り返し言っている。メーカーなのだから技術力が高いのは当たり前、お客様に品質の高い製品を提供するのも当たり前。技術力とか品質という言葉が真っ先に出てくるのは思考停止している証拠。お客様に対して失礼極まりないことだ。

知見録: “心のメモ”とは、先代社長へのアンチなのか?

渡邊: アンチではない。変な反発心から父が作ったものを叩き壊そうとしているわけではない。父とは今でも本当に仲が良い。町工場を大きくして株式上場にまで持っていったのは凄い業績だし、尊敬している。ただし、バブルが弾け、グローバル化が急進して経営環境が一気に変わり、父のやり方は通じなくなったということだ。

僕は親父を超えようなんて思っていないし、超えられるとも思っていない。技術、会社の信用、設備、資産、いろいろなものを残してくれた。僕はそれらをありがたく使わせていただく立場。それらを基礎にして、会社を継続させ、社員を幸せにすることが僕の役割。先代を超えなければというような発想は全くない。

知見録: 渡邉さん流の人材育成法は?

渡邉: 人はその瞬間で変われると僕は思っているので、「チャンスをいっぱい散りばめておく」ことを心がけている。誰でも、いつでも、公平に掴めるように。だが、そのチャンスをどう活かすかは本人次第だ。活かせない人は評価を落とすだろうし、最大限に活かして成果を上げていく人もいるだろう。ただし、仮に成果につながらなくても、チャンスを活かすためにどのように考え、行動したのか、というプロセスもしっかり見るようにしている。

例えば、グロービスのコンサルタントに入ってもらって研修プログラムを実施しているが、これも1つのチャンスだ。

潜在能力がある社員なら、新しい知識やスキルを学んで成長するための機会になるだろう。そんな社員をどんどん起用していけば、我々の事業は拡大し、会社は成長し、本人もハッピーになる。

一方、能力が不足していたり、特にやる気が足りない社員にとっては、それが明るみになってしまう厳しい場となるだろう。かつては、そんな人材もしがらみや惰性で昇進・昇格させるようなことが横行していた。しかし、そんなことを続けて業績が上がるはずがないし、そんな上司を持った部下たちがかわいそうだ。

チャンスは全員に公平に与え、その結果は公正に評価する。伸びる人は育てる。ダメな人はダメだということを分からせる。至極当たり前のことを行っている。これを徹底しないと組織はたちどころに腐ってしまう。

知見録: 今後の展望を聞かせてほしい。

渡邉: 公平・公正・透明性を突き詰めて、社員がフェアに働ける職場をもっと広げたい。そして、24時間365日、いつも地球のどこかで当社の社員が働いているような状況を作り出したい。地球が回るにつれて、ある拠点からある拠点にどんどんバトンタッチしていき、Mipoxの社員が世界のどこかでいつも活躍しているようなイメージ。だから、この会社の働き方に賛同してくれる人をいろんな国で採用して、もっと多様で、もっと面白い会社にしていきたい。

90年という会社の歴史は誇るべきものだが、後ろばかり見ていてもしょうがない。この会社を残してくれた先輩たちに感謝はするけれども、我々は「次」に行かないといけない。来年で社長になって10年。2025年には会社が100周年を迎える。それまでアクセルを目一杯に踏んでいく。

知見録: 本日はありがとうございました。

担当コンサルタントから

内田圭佑
グロービス・コーポレート・エデュケーション ディレクター

IT、金融、小売り、サービス、製造と幅広い業界を担当。コンサルタントとしてモットーは「すべては人に始まり、人に終わる」。業界特性・経営戦略に適った人・組織づくりにこだわる。

 

担当コンサルタントの内田です。

渡邉社長の「シンプル思考経営」は首尾一貫、常に徹底しています。それは、人材育成のお手伝いをしている私たちに対しても同様です。「機会は公平に与えるが、それは同時に人材の可能性を厳しく見極める場でもある」という研修プログラムに対するストレートな考え方は、ある意味、担当コンサルタントである私たちに突きつけられたチャレンジでもあるのです。
 
従来同然の型から抜いてきたような提案ではご満足いただけません。「経営資源を正しく配分するための場」を提供してほしいという渡邉社長からの要望にしっかりと応えながら、なおかつ「真の次世代リーダーを育成する本物の学びの空間」で人の心に火を点ける――。これは、従来の研修の枠を超える新たな場作りへの挑戦です。そういった機会を頂けていることに感謝するとともに、「人を育てる」ことの価値をより一層追求したいという思いが、私の中でますます高まっています。
 
昨今、日本の名だたる企業において社外からプロの経営者を招くケースが増えています。これは、現業で成果を出した優秀な生え抜きを選抜して社長に据えるという発想のみに凝り固まっていては、激変するグローバル競争環境の中で勝ち抜いていけないということなのでしょう。トップリーダーの選び方における変化の必要性が議論されています。
 
しかし、私の目には、真のトップリーダーを社内で育て上げる努力が多くの企業でまだまだ不十分なのではないか、と見えるのです。
 
我々の「明日を創る人を創る」ためのソリューションをどのように進化させていけば、日本企業の未来を切り拓く新世代リーダーをもっと多く輩出することにつながるのか――。渡邉社長との対話から得た、私にとっての大きな命題です。

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