変わる組織における「聴く力」の重要性 篠田真貴子氏インタビュー前編

篠田真貴子 LISTEN 聴く力

篠田真貴子氏が監訳した『LISTEN』が5万8,000部を超えるベストセラーになっている。本書はただの「どうしたら聴くことができるようになるのか」というハウツー本ではない。「聴く」ことについて様々な事例を取り上げ、「聴く」ことの哲学に誘う。なぜ今、この本が日本で読まれるのか、なぜ我々は聴けないのかを篠田氏に聞いた。(聴き手=太田昂志)全2回、前編(後編はこちら)

聴くことが難しい3つの理由

太田:ご監訳された『LISTEN』ですが、累計5万8000部で、講演などの依頼も多いと伺っています(2021/12/27現在)。「聴く」というのは、すごく簡単なことのようにも思えてくるんですけれど、どうして多くのビジネスパーソンは聴くことができないのでしょうか。

篠田:3つぐらいの要因が複合的に影響していると考えています。

これは『LISTEN』の中にも書いてありますけれども、脳自体が自分と違う意見に触れると、まるでアラームがヒャーッ!と鳴るかのような仕組みになっている。違う意見を聞いているだけなのに、それこそ猛獣に襲われているときと全く同じような反応を脳がしてしまうというのが1つめの要因です。

2つめは、IQが高い人は話を聴くのが下手というものです。特にこのインタビューを読んでくださるような方々が該当しそうですね。要は、IQが高い=処理が速いということなので、目の前の人のお話よりも自分の頭の中のほうが高速回転して、面白いんですよね。人の話を聴いているつもりで実は自分で考えてばかりで聴いていない。これが2つ目。

3つ目が、より社会的な要因といいますか、今のビジネスパーソンは、「聴く」と「話す」のうち「話す」ことに重きが置かれた教育を受けているんですよね。

私は子どもの頃にアメリカにいたんですけれど、アメリカのほうがプレゼンテーションを教えるということはあります。あるけれど、総じて「聴く」を教えていないという意味では、日本も一緒。いろんな場面での話し方は教わるけれど、聴き方は教わったことがない。

太田:たしかにそうですね。

篠田:ないですよね。たとえばですけれど、小さい子どもは人見知りをして隠れたりしますが、他人と話す経験がないから恥ずかしがるわけで、その後、初対面の人への接し方を教わって成長します。このようにコミュニケーションはある程度、訓練で身につくものです。そう考えると、私たちは「聴き方」を学んでこなかったのですから、聴けないのはしようがないとも思います。

聴き方を教えない理由「聴いても仕方ない」

篠田:「なぜ聴き方をここまで教えないんだろう」と考えてみたことがあります。これは私の仮説ですけれど、これまでの社会構造では「聴く」スキルは不要だったからではないでしょうか。これまでの社会は、社会全体も組織も、ヒエラルキーが割としっかりしていた。そこでの上下も決まっているし、かつ、固定的である。

情報の流通経路は上から下へ、しかも固定された通路でしか流れない。聴く側は、聴いたらもう受け止めるしかない。だから、聴くことに重きが置かれなかったんだと思います。

今、ちょっとずつですけれど、この力学が変わってきています。出身校や企業名などもまだ見られるけれど、個人のタグも見られる状況になってきています。フラットでネットワーク的な世界が広がっている。ネットワーク的世界では様々な情報が往来していて、自分に有用な情報がどこからどうくるかわからない。情報の流通経路が変わって、キャッチする力が必要になってきているし、それに皆さん気づいてきている。

ビジネスとして提供しなければいけない価値も、それこそ高度成長期みたいに「物が足りないから物を供給すればいい」という目に見えるものではなくなっています。顧客に聴かないと分からないものも多いし、そういう価値を提供しないとビジネスにならない。

「聴く」ということが大事になってきているから、みなさんアンテナが立ってきた。教育と、いま必要になっていることのギャップが顕在化しているのかなと思います。

太田:この本が売れた理由も、そうした点があるかもしれませんよね。

篠田:そうですね、長期的な流れで見たときには、そこが本質的な流れだと思っています。

加えて、今のタイミングならではの要素もありますね。 コロナで多くの人が、人と会えない時間を経験したことで、コミュニケーションをとる喜びが分かったと思うんですよね。そういう時間がなかったら多分認識しなかったんじゃないかな。

コミュニケーションに対する感度が高くなったタイミングに『LISTEN』が日本で出たのも1つ要因としてあるのかもしれないですね。

『LISTEN』、篠田真貴子

太田:コロナ禍でオンラインでのコミュニケーションが増えて、みなさん発信をすごくされた。相対的に「聴く」こと自体は減ったのではないかと思います。

また、「聴く」というのは、音声情報を聞き取るだけではなく、例えばここで今、インタビューの撮影をしているとか、この状況も含めて「聴いている」のだと思うんです。

篠田:私が取締役を務めているエールでは、社外人材による1on1サービスを通して、社員が自らを言語化し、自律性を高める支援を行っています。特にリモートワークになってから多くいただくご相談が、管理職の方からの「部下の様子がよくわからなくなった」という声なんです。でも、そういう方々も当然、オンラインのミーティングは十分なさっていると思うんですよ。

部下と業務の打ち合わせとかをしているんだけれど、「それじゃあ様子が分からない」と思っていらっしゃる。対面で話しているときは、言葉に出てくる連絡事項以外の何かをキャッチしていて、それを含めて聴いている。オンラインで実はそれができていないんじゃないかというご指摘はその通りですよね。

仕事で情報をキャッチする聴き方

太田:もうひとつ、お聞きしたいのですが、そもそも存在を知らないことは聴けないんじゃないかと思っています。トップダウンの組織なら情報が入ってくる経路が決まっていたから、聴くことは決まっていた。でもフラットな組織になると、コミュニケーションがあらゆるところで多発する。そうすると、どこかで自分の知らないことが話されていても気づけないといいますか。ただ、それが経営上絶対聴かなければいけない大事なものだったときに、どうすればキャッチできるのでしょうか。

篠田:聴く社員側の視点からいうと、「 経営の声は直接は聴こえてこないけれど、自分の分かる範囲で何かしらの情報をキャッチしました」という状態ですよね。その時に「その発信、情報の意図は何だろう」というところに興味が向くと、そこで止まらずに広がるんじゃないかと思います。

私自身の経験談で申し上げると、20年ぐらい前、外資系の大きい会社にいたときの話なんですけれど、スイス本社から上司を通して「こういう資料をまとめてほしい」という仕事が降ってきます。

その仕事を、言われたからやるという“おつかい”みたいにこなすだけだと、手戻りがあるんです。あるときから、そもそもスイス本社で「資料ほしい」と言っている人を探し出して、その人と直接連絡を取るようにしたんです。

それで意図を聴くと、「だったら、今すでに私の手元にある資料で、6割方が片付くと思う」とパッと返したりすることができる。案外それで相手も満足して、仕事の効率がすごく上がった記憶があります。

このように、組織の中にいると、伝言ゲームで来た情報でフワッと判断してしまったり、「本社が」「経営企画が」のように発信者を部署名で言うようになったりしますよね。もうそうなったら、危ない(笑)。それを言ってる人は誰なのか、誰の想いが乗っているのかに注意を向ける。そうやって、自分を取りまく会社情報の意図を理解する。この姿勢が「聴く」ということと符合すると思うんです。

情報の裏にその人の意図があって、感情があって……ということに想像がちゃんと及ぶようになるんですよね。そうすると、少ない情報でもちゃんと聴けるようになる感じはします。特に若い方はここを意識すると、聴く力もあがるし、仕事もできるようになると思います。

太田:私も営業をしていたときに、お客様から「上層部が言っているんで」と言われたときは誰が仰っていたのかを聞くようにしていました。言葉は、独り歩きしやすいですし、発信元の思いとか、背景とか、このあたりを聴くことが結構大事ですよね。

『LISTEN』

属人性が過剰に排除された組織

篠田:ちょっと飛躍して聴こえるかもしれないですけれど、組織で働いていて仮に難しさを感じる場面があるとしたら、その原因は、過剰に「属人性を排除し過ぎた」結果なんじゃないかな、と思うんですね。

たとえば職場で感情の話をすると、「セルフコントロールできていない」「幼稚だ」といった思い込みがあると思うんです。でも、一方で「モチベーション大事!」と言ってますよね。モチベーションだけ職場に持ってきて、他の感情を持ってこないなんて、あり得ないんですよ。

太田:(笑)

篠田:本質的に組織って、もちろん仕組みは非常に大事なんですけれど、喜怒哀楽のある、生々しい人間が集まっているのが大前提なのに、そこを省こうとする力学があった。

太田さんも言ってくださったような「上層部が言っています」と言って、上層部が誰か答えられないというのは、「上層部」という機能とかフィクションに乗っかっちゃっているだけなんですよね。「上層部」は実体ではなく、言ってる人の頭の中にあるイメージですから。

太田:ああ、そうですね。それもあるかもしれないですね。

篠田:フィクションに乗っているだけで、発言者の想いには、まったく乗っていない、ということだと思うんです。『LISTEN』はまさにそこも書いていて、仕事でも人の感情を大事にすることで、「聴く」ことができますよね、と。

こういうふうに言うと、みんな「分かってますよ」とおっしゃる。個々では分かっているんですよね。でも、オフィシャルな設計にも感情をカウントしているかというと怪しい。

太田:なぜ、これまで機械的な組織でうまくいってたのかというと、「たばこ部屋」の存在が大きいと思っているんです。機械的なんですけれど、実は人間的な場が別で用意されていて、そこに行けばたばこを吸いながら愚痴や悩みなどを聴いてもらえる。人間的な部分を受け取ってもらえるであろうということをみんな理解している。でも今は、そういうのが組織から排除されて、あまりに機械的になってきた…。

篠田:本当にそう思います。私が社会人になってはじめて入った職場は銀行で、それこそ独身者はたいてい寮に住んでいて、結婚すれば多くの人は社宅に住んでいましたから、本当に人生全部一緒みたいになるんですよね。社内結婚しますしね。それだけ濃密だったら、逆に仕事ぐらい機械的にやらないと進まないですよね(笑)。

太田:そうですよね、逆にいうと、昔はもっと人間的だったのかもしれないですね。

篠田:もうね、ベタベタなんですよ(笑)。そのバランスのところから、30年かけて徐々に、機械的なところが強調され過ぎてきた。さっきのオンラインミーティングの話との接続でいくと、本当にヒューマンなところがいよいよそぎ落とされて、みなさんが「これは行き過ぎ」と気づかれたのかなと思います。

この間教えてもらった話なんですけれど、大手の外資系コンサルティング会社に去年入った新卒のみなさんはずっとリモートワークしていて、やっと最近、出社できるようになって、はじめて上司とご飯を食べたと。そうしたら、その若い人が「なんか知らないけど、そのあとめちゃめちゃやる気出たんですよ!」って(笑)

太田:(笑)

篠田:「なんか知らないけど」というところも含めて面白いと思ったんですよね。新卒でコンサル行くような方なので、IQは高いんだと思うんですけど、なんで上司とご飯を食べると自分はやる気が出るのか、ロジカルには分からないんですよ。だけれど、人間ってそういうものですよね。

太田:そこが人間らしさというか。

篠田:そう、「人ってそういうもんだよ」「あなたも人ですよね」ということを分からないまま「生産性」や「スキル」にフォーカスして、それこそ「職務経歴書に何を書くか」が仕事だと思うと、「人間らしさ」が忘れ去られてしまう。

忘れ去られちゃう理由は多分、これまで太田さんと話してきたような経緯で、どちらかというと機械的にちゃんと回すほうにずっと注意を向けてきた何十年かがあったわけですよね。だから、社会人になったばかりの若い人にちゃんと「みんな人なのよ、仕事でもそこが大事」と、伝えるメカニズムがまだなかったっていうことでもあるのだと、今、話をしながら思いました。

次回へ続く

LISTEN――知性豊かで創造力がある人になれる
著者:ケイト・マーフィ、監訳:篠田真貴子、翻訳」松丸さとみ 発行日:2021年8月5日 価格:2,420円 発行元:日経BP

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