Netflixが撮影現場に導入し、一躍知られるようになった「リスペクト・トレーニング」は、「相手をリスペクトするとはどういうことか」を関係者皆で考えていくもの。上下関係の厳しい映像業界の新しい試みとして注目を集めるだけでなく、業界外からの反響も大きいという。本記事では、Netflixと共同で日本向けのリスペクト・トレーニングを開発したピースマインド株式会社代表取締役社長の荻原英人氏にインタビューを行った。
目的は、クオリティの高い作品をつくるため
名藤:リスペクト・トレーニングとは簡単にいうとどんなものでしょうか。まずはそこからご紹介いただければありがたいです。
荻原:リスペクト・トレーニングは、Netflixが全世界で行っているトレーニングです。日本国内では2019年のNetflixシリーズ「全裸監督」 以降に撮影されたすべてのNetflix作品で作品に関わる全てのスタッフ・キャストの方に実施されています。当社は日本の制作現場の皆さんに分かりやすいプログラムになるように共同開発を行い、心の専門家の立場でデリバリーや、トレーニングを実施した後のホットラインの対応などを担当しています。
名藤:一方通行型のハラスメント防止研修ではなく、対話型の要素を入れて「気づき」を促すような場であると理解しています。リスペクト・トレーニングで大事にしていることは何でしょうか。
荻原:まず第一に、Netflixで大切にしている価値観を伝えることです。クオリティの高い作品をつくるためには、制作に関わる全員が平等に安心して能力を発揮できる環境が大事である、という価値観があります。そのために様々な企業努力があり、トレーニングはその一環です。最初にその根底にある思いをお伝えしています。
時間としては、1時間ぐらいですが、単なる研修ではなく、映像制作に関わる場面で起こりうる事例を取り上げて、リスペクトについて考えていきます。「正解はこれ」とお伝えするのではなく、上下関係なく、作品に関わる全てのスタッフ・キャストの方に意見を出し合っていただく。そうすることで、トレーニングの後の仕事の現場でも意見を言いやすい雰囲気が醸成されます。
名藤:「こういうことはしてはいけない世の中だから、やめましょう」という以前に「クオリティの高い作品をつくりたい」という目的がある。Netflixの強味はまさに高品質な映像コンテンツだと思いますが、ビジネス上のバリューを出すためという前提があるということなんですね。
荻原:そうですね。そこは強くメッセージされています。
「相手をリスペクトするってどういうこと?」
名藤:この心構えは多くの業界でも学べるところですね。Netflixでは全世界でトレーニングをされているとのことですが、共同開発をするうえで「リスペクト」について、海外と日本で解釈の違いはあると感じましたか?
荻原:「日本」「海外」と一括りにするのも難しいとは思うのですが、海外では、どんなバックグラウンド、人種、年代、性別、ポジション、職種であろうとも、働く人であれば、活躍する機会を提供されるものという価値観が強い。その意味で相手を尊重する考え方は海外の方が浸透していると思います。日本はコンプライアンスなど、法令を守ったり従ったりするのは得意ですが、ポジションや性別などを超えてフラットに相手を尊重することについては、まだ学ぶ余地があります。
名藤:英語で“Netflix respect training”と検索してみましたらヒットせず、“harassment training”が出てきたのですが、米国では違う呼び方がされているのでしょうか。
荻原:リスペクト・トレーニングというのは、日本におけるトレーニングの名称です。
名藤:このネーミングがすばらしいですね。というのも、「相手をリスペクトする」という本質を示す言葉ですし、先ほどもおっしゃっていましたが、日本にもう少し入ってきてもいい考え方だと感じました。
荻原:日本でハラスメント研修というと、コンプライアンス的な位置づけで「法律でこうなっています、リスクがあるのでこれはNGです」という話になる事が少なくないと思います。リスペクト・トレーニングがそれらと異なるのは、「誰もが能力を発揮するためにはリスペクトが必要。その前提のために、目線を合わせるためにやりましょう」という点だと思います。
名藤:今のお話を伺うと、たとえば「上司から部下に対してもリスペクトは持つもの」ということですよね。会社組織には上下関係がつきものです。その中で、上司が部下をリスペクトするということの実際としての感覚が実はわからない、とおっしゃる方も多いのではないでしょうか。トレーニングをされていて、そんなお話になりますか。
荻原:トレーニングでは、そういう疑問も含め、「従来こうだと思っていた。でも、それは本当のところどうなんだろう?」と、わからない、ということを含めて話し合うようにしています。正解を探すわけではなく、ディスカッションをして考えを共有するという形です。その場ですべてが解決しなかったとしても、「これってどうだろう?」と職場で投げかけやすくなる、そういう契機になります。
特に日本では、ポジションパワーのある人が発言しやすい状況になりがちです。発言が一人に偏らずに、皆でフラットに話し合う経験をする、ということも有効です。
名藤:疑問そのものをフラットに話す体験が、その後の職場を変えていくということですね。そうしますとファシリテーターにはかなりの力量が求められると思うのですが、どんな資質が必要なのでしょうか。
荻原:ハラスメントなどの専門性は必要です。ただし、正解を導いたりレクチャーしたりするわけではありません。あらゆる人の色々な意見をキャッチして、ディスカッションを促すコミュニケーションスキルが必要です。また、デリバリーする業種やその職場特有の空気感を理解して、ファシリテートのトーンを有効なものにしていくことです。____