「男らしさ」の課題を解く2020年代型リーダー「テッド・ラッソ」~海外ポップカルチャーから学ぶ世界の価値観#2

今、ビジネスリーダーに推薦されている「テッド・ラッソ」とは

フォーブス、フィナンシャルタイムズなどの欧米ビジネスメディアが「新しいタイプのリーダー像を描いている」と推している[1]ドラマがあります。それが、「テッド・ラッソ 破天荒コーチが行く」(Apple TV+ 2020〜)です。

テッド・ラッソあらすじ

本作は、英国サッカー、プレミア・リーグを舞台とした1話40分程度のコメディです。(架空の)フットボールクラブのオーナー女性が、とある思惑から、サッカー経験のない指導者(テッド・ラッソ)をアメリカからチームに招き入れます。彼は冗談好きで明るくソフトなリーダーです。彼と周囲の人々が巻き起こす騒動を、コメディタッチで、少しハートフルに描いて行きます。

このようなお約束感のある設定。加えて、「破天荒コーチがいく」という日本独自のサブタイトル。これらにより、私は当初、このテレビシリーズを軽んじていました。

しかし、シーズン1は、ドラマ界の最高栄誉であるエミー賞を多数受賞。さらに2021年にリリースされたシーズン2は、評論家サイトにおいて前シーズン以上に高く評価されています。

このドラマがリーダー論として勉強になるのはたしかです。しかし、日本人にとっては、リーダー像の土台にある欧米社会の価値観トレンドとして勉強になる面が多くあります。

「解雇します。理由?あなたのミソジニー。」

シーズン1のエピソード1、最冒頭のシーンから早速そうした価値観が示されています。

物語の冒頭は、サッカークラブのオーナーに就任した女性が、テッド・ラッソ氏を招くために、前任の男性監督(いかにもスパルタ・マッチョ系)を解任するシーンで始まります。コメディタッチな会話です。一方で、この会話の意味は日本人にとっては少しわかりづらいと思われます。日本語字幕や吹き替えで見たとしても、正確なニュアンスが掴みづらいので、丁寧に見てみましょう。

オーナー(女性):あなたを解雇します。

監督(男性):解雇?なんでだよ。ふざけんな。

オーナー:理由は幾つもあります。たとえば、あなたの無自覚なミソジニー(your casual misogyny)とかね。

監督:(憤慨して)何それ?

オーナー:ああ、分からないですよね。ちょっと大袈裟な言葉だし。意味はあなたの娘さんに聞いてみて。

(筆者訳)

冒頭から、ある男性リーダーが、「あなたはミソジニーだからクビだ」と宣告される。更に、その男性は「ミソジニーって何?」と、概念の理解ができていない状態。一方で、若い世代は分かっているらしい、ということが示唆されています。

ミソジニーとは「女性蔑視(女性嫌悪)」を意味します。直接的なセクシャルハラスメント以外にも、女性だからという理由で軽く見る、扱うことも含む概念です。具体的なハラスメント事象でなく、ミソジニーで解雇する、という会話からシリーズが始まることには明確な意図があるのだと思います。

本作は、あくまでフィクションです。このような解雇シーンが既に欧米で現実化されている、と理解するのは早計です。現実世界では、プレミアリーグのオーナーは圧倒的に男性ばかりであり、女性オーナーという存在自体が今の段階ではファンタジーだとも言えます。

しかし、世界のリーディングカンパニーであるApple が一般向けに放つコンテンツの冒頭がこうした会話になっている、というような状況を、日本のビジネスリーダーはもっと理解しておいても良いだろうと思います。日本の職場でも以下のようなことはないでしょうか?たとえば、同じ程度の不手際に対して、それが男性だったらあまり非難されないにも関わらず、女性の場合には強く非難するような言動がみられる。あるとすれば、これはミソジニーの一種です。これからのリーダー層はこうしたことがないかどうか自問することが必要です。

作品に話を戻します。上で紹介した会話はあっさりと行われており、特に劇中で細かい解説はない、という点にも注目です。この作品が対象とする欧米の視聴者層(グローバルビジネスの担い手達である可能性が高い)にとっては、これはもう説明が不要な価値観であることを暗に示しています。

「トキシック・マスキュリニティ」とは:男性らしさのプレッシャーからの解放

主人公テッド・ラッソ氏は、40代と思しき年代ですが、ハートフルで、パワハラとは無縁に見えるタイプのリーダーです。スポーツ界の監督としては異例のリーダーとして描かれています。

しかし、このシリーズの舞台はサッカーの世界です。言うまでもなくビジネスと同じ「競争」の世界です。こうした世界では強くあること、特に男性リーダーは「弱みを見せない」ことが美徳とされてきました。

このドラマを深く読みとく上で、また、2020年代のビジネスリーダーとして理解しておきたい概念として「トキシック・マスキュリニティ(Toxic Masculinity)」という概念があります。トキシック・マスキュリニティとは、「有害な男性性(男らしさ)」という意味です

男性的であることが悪い、遅れている、と言う考え方ではありません。ここが誤解を受けやすい部分です。男性性の中に、行き過ぎると、自他にとって有害な部分がある、ということだと考えてください。具体的には、他人に対して過度に威厳を保とうとする(威張る)、下ネタを話すことで豪快さをアピールする、暴力に訴える、などです。

これが、セクハラや男女平等の阻害などの原因になってきたことは、ジェンダー平等の問題として重要です。

加えて、こうでなければ一人前の人間として認められない、という強迫観念は自覚的であれ、無自覚であれ、周囲に加え本人をむしばむこともあります。この点から、メンタルヘルス問題の原因としても指摘されています。男性に限らず、競争的な社会で頑張ろうとする女性が、トキシック・マスキュリニティの影響を受けた行動をすることもあるでしょう。

男性も、女性も、こうした「こうでないと認められない」への過剰な囚われに気がつき、解放されていくことで、本人も周囲も、楽な良い方向に変わることができるとされています。特に、若い世代ほど伝統的な「らしさ」を意識しなくなってきていることも指摘されています。この作品は、ユーモア溢れるストーリー展開の中で、時代背景も示しながら、リーダーやプレイヤー達の変化を通じて、そのことを語っていきます。

だからこそ、このシリーズが多くのファンからの支持を集め、新世代リーダーの参考書としても評価されているのでしょう。特に、シーズン2に入ると、トキシック・マスキュリニティの由来は、実はそれぞれの親との関係性にある、という仮説を掘り下げて描いており、脚本チームに心理学の専門家が入っていることをうかがわせました。

説教くさくない。当事者による優しい目線

実は、欧米のエンターテイメントにおいては、ミソジニーやトキシック・マスキュリニティを背景にしている作品は、近年、山のように存在します。この点で、本作が特別ということではありません。

この作品をお勧めしたい理由は、あくまでコメディに徹し、「説教くさい」とは感じにくいつくりです。このドラマの製作の中心にいるのは1975年生で、製作・脚本・主演をつとめるジェイソン・サダイキス氏ほか、中年男性達[2]です。彼らが中心になって、やさしく、コミカルなタッチで男性のあり方を問い直していると感じます。

今回は、このシリーズのストーリーテリングの背景にある、ジェンダー問題やトキシック・マスキュリニティという概念を取り上げて紹介しました。しかし、これらはこのシリーズが含んでいる多くの論点の一部に過ぎません。ほかにもダイバーシティ、メンタルヘルスの重要性、中高年のキャリア問題、資本家と労働者、女性同士のシスターフッド、環境問題など、本作には2020年代のビジネスシーンに関わる価値観の問題が多数含まれています。日本のビジネスパーソンが楽しく見て、学ぶ材料の宝庫です。

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<注釈>

[1] 例として Watching “Ted Lasso” Can Make You A Better Manager(Oct.21 2020) 

[2] もちろん、脚本や製作に女性も関与して議論が行われていると想像するのが自然です。無自覚に男性だけで作品を作り上げてしまう時代は、欧米のエンターテイメント界では既に終わっています。

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