企業も人も在りようが問われる―明治安田生命新社長永島英器氏インタビュー

今年2021年7月、明治安田生命の新しい顔となった永島英器社長。1,200万人の顧客をもち、グループで5万人を超える従業員を率いるトップとして今後どんな舵取りをしていくのか。インタビュアーは、かつて永島社長も部長時代に受講された経営塾の講師を務めたグロービス経営大学院教員の芹沢宗一郎。前編では、社長就任時、従業員にまず何を伝えたのか、外部環境の変化をどう捉えているのかを聞いた。(全2回、前編)

仕事の話より、自身の価値観を伝える

芹沢:仕事柄、たくさんの経営者の方とお会いしますが、まずどんなお人柄の方か知りたくなります。従業員の方ならなおさらではないでしょうか。永島さんは、従業員向けの社長就任ビデオレターでどんなことを伝えられたのですか。

永島:今回、8年ぶりの社長交代でしたが、トップが変わったからといって目指すところはこれまでと変わりません。ただ、前任の根岸(秋男)会長とはタイプが違うので、仕事の話より、まず個としての私を知ってもらうことに重点をおいて話しました。

人生において、点がつながるとよく言いますよね。スティーブ・ジョブズの「Connecting the dots(コネクティングドッツ)」とか。私は、芥川賞作家の川上未映子さんの「人の幸せはずっと線として持続するものではなく、流れ去る人生のそこかしこに点在する。あの日、あのとき、あの人があんなことを言ってくれたという記憶の点をつないでできる星座のようなものが幸せというものではないだろうか」という言葉が好きなのです。

あの人のあの言葉が、この日のこのためにあったのだとか、そういうつながる瞬間を知るのは幸せなこと。そういった出会いや、人からもらった言葉で今の自分が成り立っているとつくづく感じるので、そんなことを話しました。

芹沢:ビデオレターの中で、35年の会社員人生の中で印象に残っている言葉を紹介されていましたよね。いくつか教えていただけますか。

永島:一つは、中小企業の社長の「俺は月に1回だけ酒を飲む。給料日の夜、今月も従業員とその家族を路頭に迷わさずに済んだとほっとして、1杯だけ」という朴訥としたつぶやき。まさに生き様ですね、胸に響きました。

また20代後半、米ロサンゼルスに駐在していたとき、経済的に大成功を収めた日本から移住されたお客様がぽつんと「死ぬときは、やっぱり日本がいい」とおっしゃったこと。当時は「これだけ大金持ちになったのにどうしてそんなことを言うのかな」と思いましたが、今になってみると分かる気もします。

営業所長時代には、いろいろな営業職員やお客様と出会いました。父1人子1人、月々5000円の保険料を払うこともままならないのに、お金が入るとパチンコに行ってしまうお客様がいました。そのとき、当社の営業職員が玄関で立ちふさがり、「お父さんに何かあったときに家族はどうなるのですか。パチンコに行くなら、保険料を払ってからにしてください」と身を挺してお客様に言う姿は、今でも忘れられません。

芹沢:永島さんの根っこにある大事にされているもの、価値観がにじみ出てくるようなエピソードですね。

個人と会社の価値観が化学反応して初めて自分ごと化する

芹沢:永島さんは営業所長や支社長時代、営業職員の方とどんなふうにコミュニケーションを取っておられたのですか。

永島:営業所長になったのが40歳のときです。当社では20代で初めて営業所長を経験する人が多いのですが、私は海外駐在などをしていた関係で遅く、それまで営業現場の経験が全くありませんでした。その頃は、営業職員とその家族を守らなきゃいけないと、ただそれだけ。営業職員にはいろんな事情を背負っている人もいましたから。

営業所長時代には忘れがたい記憶がたくさんあります。ある営業職員が「私は今までいろんな苦労をしてきたし、いろんな仕事をしてきたけれど、自分やお金以外のために仕事をしたことがない。でも今月は所長のためにがんばりたい」と言ってくれたときはとても嬉しかったですね。

大学時代の友人と会ったり電話で話したりして、「あいつは弁護士になってがんばっている」とか、「役所でそれなりに偉くなっている」とか聞くわけです。翻って私はと言えば、一時的に生活がちょっと苦しい営業職員のところへ米俵をかついで届けていたりする。

でも、私には自分が一番幸せだという確信がありました。次世代のためにといった抽象的な使命感ももちろん大事です。ただ、具体的な誰かの幸せのために、自分が何かをしているということがこんなにも幸せなんだということを、そのとき初めて感じました。それが私の原点で、価値観です。

私が使命感を感じるのは1億円をお預かりして、1億500万円にしてさしあげるより、月々5000円支払うのもやっとというお客様に何かあったときに、ご本人とご家族のために何かしたい、そこに強く感じます。

従業員によく言うのは、みなさんも私も明治安田生命のために生まれてきたわけでも、ためだけに生きているわけでもない。誰しも一人ひとり、たった一度の、自分を主役とする舞台である人生でいかに輝くか、幸せを感じるかが何より大切です。

一人ひとりが自身の価値観と会社の価値観を心の中で対話させて、そこで化学反応が起こって初めて「自分ごと化」が起こり、仕事が個人の幸せにつながります。私の場合、自分の価値観と、2017年に策定した明治安田フィロソフィーの経営理念「確かな安心を、いつまでも」がぴったり一致している。これほど幸せなことはないと思っています。

芹沢:フィロソフィーはいわば会社の生きざま。そこで働いている従業員一人ひとりが自分の大事にしている価値観とうまくつなぎ合わせて、昇華させることが大切ですよね。

履歴書より追悼文。企業も人も在りようが問われる

芹沢:VUCAの時代、さまざまな変数がある中、御社の生き方を貫いていく上で常にウォッチしなければいけない環境変化とはどういうものだとお考えですか。

永島:1つは、持続可能な社会の実現に向けたさまざまな動きです。もともと大きな課題でしたが、コロナ禍により分断や格差の拡大が一段と進む中で、より要請が高まっています。

そうしたなか、企業も人も在りようが問われています。自社は何のために存在するのか、従業員は何のために働いているのか。最近の流れで言うと、存在意義を重視する「パーパス経営」でしょうか。だからこそ明治安田フィロソフィーが今まで以上に意味があるのです。

従業員には「履歴書より追悼文」と伝えています。履歴書には、人が何をなしたかを書きます。野球で言えば、「3割打った」「ホームランを10本打った」といったことです。

一方、追悼文はその人の在りようです。その人が誰を愛し、誰に愛され、お客様や地域社会や働く仲間にどう記憶されたか。「ピンチのとき、ピッチャーにどんな声をかけたか」とか、「エラーで落ち込んでいる仲間にどう接したか」。魂を救われた仲間が追悼文を書いてくれます。

経済的価値を持つ履歴書の世界と同様に、追悼文の価値観も大切です。持続可能な社会の実現をめざしていくなかでは、一段と在りようが問われる、求められ、輝きを増していくと思います。

我々は明治安田フィロソフィーをこれまで以上に浸透させて、従業員一人ひとりの言動から、それをお客様や社会に感じ取っていただけるようにしたいと考えています。

「デジタル×人間力」で差別化する

永島:もう1つは、デジタルです。私は社内で「最後は人間力だ」と言っています。

デジタルはどんどん進化し、我々も懸命に活用する。ただ、AIもロボットも死なないので、不安を感じることがないし、人間の不安に真に共感して寄り添うこともできない。一期一会の出会いから、感謝や感動の涙を流すこともない。

そういう真の意味の絆を築けるのはやはり人間と人間だと思います。AIやロボットの時代になればなるほど人間力が輝くし、人間力で差別化できる。我々はそこで勝負していきます。

他方で、デジタルを効果的に使いこなせないと勝負の土俵に立てなくなっているのもまた事実。我が社の営業職員の10%は65歳以上です。よく「こんな新しいものは使いこなせない」と不満をこぼされますが、「最後は人間力でお客様と信頼関係を築いて、いい仕事ができるのは分かっているけれど、デジタルを使わないと勝負の土俵に立てない時代だから勉強してくださいね」と伝えています。

私はお客様を会社側の視点で分類するのが好きではありません。こういうお客様にはこの手法とか、ここはデジタル、ここは人間とか、そういう話ではないと思っています。

お客様一人ひとりを見なければいけないし、そのお客様も一瞬一瞬で求める対応が違う。この手続きはデジタルでやると決めたお客様も、違う事柄については営業職員から直接説明を聞きたいと思うかもしれません。それにきちんと応えられる態勢をつくることが大切と考えています。

会社のステージによって、リーダーシップのスタイルも変わる

芹沢:2020年4月に10年計画「MY Mutual Way 2030(ニーゼロサンゼロ)」を立ち上げ、今年4月からは3ヵ年プログラム「MY Mutual Way I期」が始動と、いよいよ実行段階のフェーズと言えます。これから必要なのは実行力、組織のメンバー一人ひとりに積極的、主体的に行動してもらえるようなリーダーシップが求められるのではないでしょうか。

永島:根岸会長には強烈なリーダーシップがあります。ビデオレターでも言いましたが、根岸会長は先頭を歩いて「俺についてこい」とどんどん引っ張っていたけれど、私はそうではない。

営業現場では支部マネジャーと手に手を取って一緒に歩み、若手の営業職員に背中を押されたり、あるいは65歳以上のベテランの営業職員に「そこの石ころにつまずいて転ばないように」と注意されたりしながら進んでいく、と話しました。本社で言えば、3人の副社長にそれぞれの分野を任せています。

芹沢:リーダーシップに、「コンティンジェンシー理論」というのがあります。組織の置かれた状況に応じて有効なリーダーシップスタイルはかわってくるという考え方です。

社内改革を強くおし進めてこられた根岸会長のリーダーシップから、10年計画の実行段階へと移行するこれからは、ギアチェンジしてエンパワーメント型のスタイルへと。お話をうかがいながら、いよいよ永島さんの出番だと納得しました。(後編に続く

(文=荻島央江)

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