2021年7月、明治安田生命の新しい顔となった永島英器社長。1,200万人の顧客をもち、グループで5万人を超える従業員を率いるトップとして今後どんな舵取りをしていくのか。インタビュアーは、かつて永島社長も部長時代に受講された経営塾の講師を務めたグロービス経営大学院教員の芹沢宗一郎。後編では、3ヵ年プログラムの取り組み内容と狙い、相互会社を貫く理由を聞いた。(全2回、後編)≫前編はこちら
30人、300人でやってきたことが3万人でできるか
芹沢:2021年4月からスタートした3ヵ年プログラム「MY Mutual Way �汪�」の具体的施策について教えてください。今回、人事制度を抜本的に変えると打ち出されています。
永島:営業職員制度を変革します。かつては固定給と比例給の割合でいうと、断然比例給が多かったのですが、今は固定給7割、比例給3割と逆転しています。
安心サービス活動などお客様とのリレーションを大事にする活動をポイント化して固定給にも組み込んでいます。これをさらに進め、来年度から「次世代アドバイザー制度」を導入します。
従来、比例給は1カ月単位の成績が翌月の処遇に反映されていました。これを総合職と同じく、1年を通しての仕事の量と質で来年1年の固定給を決める方式に変更します。
加えて、数字だけではなく、在りようも含めて、一定の要件を満たした営業職員には月々6万5000円を上乗せします。処遇を高位に安定させることで、押し込み営業などをなくし、お客様本位の活動ができるようにしたいと考えています。
どうして数字、数字となってしまうのかと言えば、目標が上から落ちているからだと思います。私は営業所長のとき、目標数字を下ろしていませんでした。
お客様一人ひとりの幸せな人生設計のためにできることはひたすら取り組む。その合計の数字が支部の成績となり、その支部の合計が営業所の成績になり、それが自分への評価につながっていく。それは営業所長のときも、支社長になってからも、そして今も考え方は変わりません。30人、300人でやってきたことが3万人でできるかは大きなチャレンジですけどね。
人はやらされるより、自分で主体的に考えて働いたほうが間違いなく生産性が上がる。起点は「一人ひとりの心」、そう信念として思っています。従業員一人ひとりが自分の幸せのために真摯に努力する。その結果として、お客様の評価や企業価値が向上し、収益が増え、給料が上がれば従業員もよりハッピーになる。そういった美しい循環をつくりたいと思っています。
芹沢:地域社会価値の提供も、重点方針の1つに掲げられていますね。
永島:営業職員を「コミュニティーワーカー」として、地域貢献活
自己変革、自己成長のファーストペンギン
芹沢:働き方の多様化で、ジョブ型雇用に注目が集まっています。その中で御社はあえてメンバーシップ型雇用を標榜しているのはなぜでしょうか。
永島:当社が選ばれる、勝ち残るためには、フィロソフィーの体現が大事なのは間違いありません。そうした人材の育成には時間がかかりますし、外部から連れて来て済む話ではないのでメンバーシップにこだわりがあるのです。
20年、30年という長い時間軸でお客様との約束を果たしていく保険会社だからこそ、あるいは「確かな安心を、いつまでも」というフィロソフィーを持った会社だからこそ、メンバーシップ型雇用で長く働いてくれる従業員を大切にしたいと思っています。
ただ、デジタル化の進展などでなくなる仕事も出てきます。そのときは人を切るのではなく、新しい仕事にチャレンジしてもらう。従業員には「会社はみなさんを大事にします。その代わり、自己変革、自己成長をしてください」と話しています。
その1つの例が、4月に新設した「事務サービス・コンシェルジュ」です。営業職員と一緒にお客様のところに出向き、保険金・給付金のご請求手続き等をサポートします。事務職員2000人ほどが職務変更し、事務サービス・コンシェルジュを務めています。今まで外勤の経験がなく不安だったと思いますが、お客様からの評判もいい。
芹沢:当事者のみなさんからはどんな声があがっていますか。
永島:「お客様から直接ありがとうと言われて感激した」という声がありました。
ほかにもいい効果がありました。事務職員はルールに詳しく、マニュアルを熟知しているので、営業職員に「どうしてこうなの?」とか「お客様にこれくらい説明して」と厳しく当たりがちなのです。
でも、現実にはマニュアル通りにいかないことも多いですよね。それを自分で経験することで、営業職員に優しくなれたり、マニュアルの実勢に合わない点を指摘してくれたりするようになりました。本社もそれを受けて、改めるべき点を改めるという流れができつつあります。
事務サービス・コンシェルジュは自己変革、自己成長のファーストペンギンとして実力を発揮してくれていて、とても感謝しています。これからどんどん自己変革、自己成長を促して、新しい仕事にチャレンジする人を増やしていかなければなりません。
芹沢:自己変革、自己成長はそう簡単なことではないと思います。どんなアドバイスをされていますか。
永島:従業員には、歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリの三部作、『サピエンス全史』『ホモ・デウス』『21 Lessons』は必読だと言っています。これらは、人間の来し方行く末と、現在抱えている問題について書いています。自分の幸福や価値観、自分は何者なのか、死ぬときに何を思うのか、自分自身を知るための1つの大きなステップとして人間を知ることです。様々な学問のアプローチがありますが、究極的には人間に帰着するのではないでしょうか。人間を理解する上で、これらの本が大いに役立つと思います。
国家と生命保険会社にしか果たせない使命
芹沢:最後に、相互会社についてお聞きしたいと思います。その前に永島さんが生命保険会社、明治安田生命保険に入社した動機からうかがえますか。
永島:大学時代、法学部の出身なので、国家とは何かという授業がありました。国家はもちろん人間がつくったシステムで、もともとあったものではない。国があるがゆえに、税金という建前で私有財産を奪われたり、法律に違反すると身分を拘束されたり、死刑制度で命を奪われたりする。国家とはある意味で理不尽な存在なのです。
フランスの哲学者ルソーは社会契約説で、市民と国家との間には目に見えない契約があると説いています。黙示的、擬制的な意味の社会契約を持ちださないと正当化できないという理不尽な側面が国家にあるのはたぶん事実でしょう。
いろんな学者がいろんな学説で、このルソーの社会契約説を補完していると大学のときに初めて知りました。その1つに保険説があります。ルソーの言うところの市民と国家が結ぶ契約の中身は保険契約だ。国家は税金という名前で保険料を集め、貧困や災害などいざというときに対価として救いの手を差し伸べるということでした。国家と市民の間を結ぶ黙示的な保険契約には合理性があり、市民にとって有益だからあったほうがいいという学説で、面白いなと興味を持ちました。
確かにスウェーデンなど、社会保障制度が厚い北欧の国々では、民間の保険会社は必要とされておらず存在感がありません。一方、米国ではどうかというと、国民皆保険はなく、国家と民間の保険会社は補完的に相互扶助という同じ機能を果たしています。
ということは、国家と保険会社にしか果たせない崇高な使命があるのだろうと思ったんです。同時に、少子高齢化で税金を払う人がどんどん減る中で、国の助けが必要な人が増えるに違いない。日本は大きな国家になりようがなく、民間保険会社の活躍する場が広がると思ったことが生命保険会社を志望したきっかけです。
株式会社ではなく、なぜ相互会社なのか
芹沢:今、生命保険会社の多くは相互会社という形態を取っていますが、なかには株式会社もあります。いろいろな議論がある中、御社はこれからも相互会社でいくと腹を決められています。その心を教えていただけますか。
永島:株式会社の保険はジョブ型だと思います。約款に定めた債権債務だけというドライなもの。相互会社の保険はメンバーシップ型だと思っています。明治安田という運命共同体の船に一緒に乗っていただく。だから配当請求権もあれば投票権もあります。
最近、ポスト資本主義についてよく考えます。今やポスト資本主義
他方で、フランスの経済学者ジャック・アタリがいうには「保険会社は第二の国家になる」と。それは保険会社が持つデータを活用したときに、ということなのですが。私には、大それた野心はありませんが、プラットフォーマーや保険会社が補完的に国家の機能を担っていくと考える人が増えています。
そう考えたときに、グーグル帝国に入るのか、アマゾン帝国に入るのか。仮にそこで明治安田生命保険相互会社という選択肢があったら、どうなんだろうかと思います。
その際、相互会社には参政権があるわけです。株式会社は1000株持つ株主が、1株しか持たない株主の1000倍の発言権があるという世界ですが、相互会社は保険加入者であれば1人1票、とても民主的です。私はそこが好きなんですね、もしかしたらポスト資本主義の中で、相互会社的な価値観が再評価されるときが来るのではないか。そんな可能性を感じています。
(文=荻島央江)