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小説家 真山仁氏 「お金は人を幸せにするのか?〜強欲は善か悪か〜」 講演(1/5)

投稿日:2014/02/26更新日:2021/11/30

真山仁氏(以下、敬称略):今日は私がどのような発想で小説を書いているのかといったことを、事前にグロービスからいただいたご質問も踏まえつつお話ししたい。また、皆様からのご質問にお答えすることが私としても一番の刺激になるので、質疑応答の際はたっぷりお尋ねいただけたらと思う。私は昨年10月、『ハゲタカ』シリーズ第4作となる『グリード』(講談社)を発表した。私にとって唯一のシリーズ作品で、かつ経済色が最も強い作品だ。まず、「何故このシリーズを書いたのか」、「このシリーズがどこへ行くのか」というお話からはじめたい。

実は経済は苦手

意外に思われるかもしれないが、私は経済の勉強は嫌いだ。数字は苦手だし、よく分からない。あるとき「経済小説であればデビュー出来る」というチャンスが巡ってきて、お恥ずかしい話だが、そのときに初めて経済小説を読んだ。元々はイギリスやアメリカのミステリーが好きでスパイ小説や探偵小説ばかり読んでいたし、そういうものを書く小説家になりたいと思っていた。ただ、経済について書くにしても社会について書くにしても小説という点では同じだ。高校時代には小説家になろうと決めて、その人生設計のもと大学や就職先も選んできた。しかし、デビューできないまま40代になっていた。やっと巡ってきたチャンスであったし、「ぜひ挑まなければ」と思って『ハゲタカ』(講談社文庫)を書きはじめた。

今考えるとすごく良いチャンスだったと思う。私が小説家としてデビューした2000年頃は経済が分からないと社会が見えない時代だった。1970〜80年代であれば政治が分からなければ社会が見えない時代だったし、社会現象が見えなければ世の中のことも分からなかったと思う。しかし90年代後半からは経済が分からなければ社会が見えない時代になっていった。

ただ、経済の見方にも色々ある。学問的見方もあれば、本講演テーマのように、「お金は人を幸せにするのか」という命題もある訳だ。それは恐らく経済がそれなりに動きはじめてから皆がずっと考えていることで、小説としても非常に深いテーマになる。そこで、単に経済について書くということだけなく、人とお金の関係についてどのように書いていけば良いかということを考え直すようになった。

そこには、「そもそも何故小説を書きたいのか」という自問がないといけない。それは簡単に言うと…、他の小説家の方も同じだと思うが、「人は何故生きるのか」という話に尽きる。恋愛小説でもミステリー小説でも、それをどこかで問い続けている。それは経済小説であれば、「お金と人はどのように関係するのか」という話にもなる。お金がなければ幸せではないのか、そもそも幸せとは何なのかといったことが原点にはある。

振り返ってみると2000年頃はバブル崩壊の傷がようやく癒えはじめ、日本の景気が少し良くなりはじめていた。ただ、それは自力で景気を良くしたというより、外からの勢いで良くなっていったという面があるのに、それに気づいていないように感じていた。また、これは同シリーズで常にテーマとしていることだが、「我々はいつまで言い訳をしているのか」という問いを投げかけたかった。何かが駄目になったとき、それをすぐ人のせいにするのがこの国の悪い特徴だ。そうしたことをベースに、「ひりひりするような物語を書きたい」という思いのもと、小説の構想を練った。

自分というジャンク債を持っているので、投資はそれで充分

当時は外資系の投資銀行が力をつけていて、東大で一番優秀な人間が財務省でなくゴールドマン・サックス証券に就職していたような頃だ。そんな時期に『ハゲタカ』という外資系をテーマにした小説を書くというと、トレンドを追いかけているように見えるかも知れない。しかし、私としてはそういうものを利用しながら、本質的には、「我々はどのように生きていくのか」、「何故お金にこれほど振り回されるのか」ということを書きたかった。

これは今でも続いているが、特にデビュー当初は投資系の雑誌から取材を受け、「どの銘柄への投資が良いですか?」といった質問をいただいていた。私は一度も株を買ったことがない。自分というジャンク債を持っているので投資はそれで十分。他の投資はあり得ない。ただ、それを取材にいらっしゃる前から申しあげても、「どうしてもお話を」と言う。それで結局、「リスクを知っている人がお買いになったほうが良いのでは?」程度の話しか出来ない。とにかくそれほど経済に疎い人間だ。

では何故そんな人間が、外資系投資銀行をテーマにしたのか。理由は二つ。まず、これは他の小説についても同じだが、私は自身の経験は極力小説に出さないようにしている。ゼロからその業界を自分の目で見ると、先入観のない客観的状態だからこそ、色々な歪みや面白い部分あるいは違和感を覚える。それを小説に生かしたいと思っているからだ。また、「我々はいつまで言い訳しているのか」ということを伝える金融小説にするためには、当時まだ誰も書いていない外資系の投資銀行やファンドの視点を取り入れることで、新しいものを書けるのでは、と考えた。

それともう一つ。『ハゲタカ』はお金の話で、しかもバブル崩壊時の話だ。不幸しかない。仕事を失う、会社が破綻する、あるいはお金のせいで人が死ぬといった話を普通に書くと、重苦しくて息苦しい小説になると思った。そうしないために、現代の歌舞伎みたいに書こうと考えた。そこで、お金儲けをする悪い人ばかりにし、誰が一番悪いのか、悪い者を競争させるような物語をつくることにした。

『ハゲタカ』は現代の歴史小説

『ハゲタカ』では、各節の始めに年月日と場所を入れている。当初は単なる演出だった。映画でも場面が変わるところで日付や場所を表示させることはよくあるが、展開がスピーディーになる。小説も同じで物語にスピード感を出すために多用していたのだが、シリーズが進むとそれが呪縛になっていった。「実際には何年何月には日本社会でこういうことがあったのに、それが織り込まれていない」といったことを校閲等から言われるようになったのだ。

それで気付いた。『ハゲタカ』シリーズはごく最近をテーマにした歴史小説だと言える。そういうつもりはなかったが、結果的には日本経済が変わっていく激動の時代を書いていたため、毎作、時間に縛られる小説となってしまった。ただ、時間に縛られるとしても、できるだけ「あり得ない」と言われることを書きたいと思っている。

主人公の企業買収者である鷲津は、元ジャズピアニストだ。私自身はピアノを弾けないし音符も読めない。何故あんな設定にしたかというと、多くの場合、日本人がニューヨークへ留学する理由は音楽か金融の二つしかない。従って、音楽をやりたかった人間が音楽を諦めて金融に行ったという、それだけの話だ。ところが作品が多くの人に読まれていくうち、色々なことを言われるようになった。「サックスを吹いている社長が外資系にいる。鷲津のモデルでしょ?」と。実際にはその方にお会いしたこともないし、それはない。

次の『バイアウト』(文庫化の際『ハゲタカII』と改題、講談社文庫)では総合電機メーカーを買収するという設定にしたが、はじめ関係者にあり得ないと言われた。「ファンドは絶対に総合電機メーカーを買わない。設備投資が高過ぎる」という訳だ。しかし一人だけ、「もしかしたら買えるかも」とおっしゃる方がいた。それで私は「じゃあ小説でやってみましょう」と。結果的にはそこで書いたようなことがしばらく経ってから起きた。総合電機メーカーが特定の事業部門を切り離す、あるいはもっと幅広くビジネスをやっているような会社が買収されるといったことが現実に起きたのだ。

常識を疑うことが重要

元々そうした考えはあったが、特にその頃から「常識を疑おう」と、強く意識するようになった。今はあり得ないと思われていることを書いてもあり得てしまう社会というか、時代だ。結果的に書いたことが現実になったということで私のことを預言者のように言ってくださる方もいるが、予言しようとして書くと外れると思う。

いずれにせよ、私たちは生活のなかで「あり得ない」という言葉を使うべきではないと思う。あり得ないと思った瞬間に、思考停止に陥るからだ。大事なのは、常に「本当かな?」と疑うことだ。そのうえで、私は「こんなことが起きちゃうんだ」ということを小説で書きたい。

『ハゲタカ』シリーズ3作目『レッドゾーン』(講談社文庫)は、中国の国家ファンドが日本の自動車メーカーを買うという話だ。このアイディアははじめ、中国の方から「あり得ない。我々は友好的買収しかしない」と怒られた。実際、国家ファンドが大変なお金を持っているからどこでも買えるのに、何故買わないのか。これは、実は中国を知るうえで大変重要な要素だ。

彼らは、「敵対的買収を行い、それで本当に被買収企業が我々に利益を出してくれると思うか?」と言う。「我々は日本人が思っていることとはまったく違う意味で、金儲けが出来たらいいんだ。だから日本に投資出来るとしたら、手を繋ぎながら“足りないところを応援させてくれ”というやり方しか絶対にしない」と。そう言われるとそうだ。中国では面子が重要とよく言われるが、実は面子にうるさいのは日本人で、中国人にとっての面子とは交渉道具ということが、その頃から分かってきた。

ただ、中国が本当に日本の巨大メーカーを買わないのかというと、可能性はあると私は思った。中国人の製造業に対する考え方が我々と大きく異なるからだ。彼らは指先が汚れることを非常に嫌う。だから彼らにとって職人さんは地位が一つ低い人で金儲けが出来る人が偉いと思われている。

中国には「出来ればモノは作りたくない」という考えがある

中国は今、国を挙げて国産の自動車産業を育成している。実際、完全に自分たちで自動車をつくっている会社もある。そこで彼らは「3年後にはトヨタになる」と言いながら、広い工場の片隅で手作業の車をつくっていた。そこで国を挙げて「R&Dをやりなさい」と言うのだが、実際にやっているのはR&Dと称するR&D会社の買収。買収すれば研究開発が出来ると思って連携している。結局は従業員が皆去ってしまって“箱”だけが残るのだが。いずれにせよ、そこにあるのは「出来たらモノはつくりたくない」という考えだ。ただ、売りたい気持ちはある。「それなら買収もあり得ないことはないのでは?」と。色々取材をしていくと、あり得ないのでなく、“あり得ない”と思いたい日本人と、“まだそこまでやる必要はない”と考える中国人という構図が見えてきた。

実際、『レッドゾーン』を書いたあと、欧州の自動車会社を買収する中国メーカーがかなり出てきた。それは、自分たちでつくることが出来ないから買収するというイメージだ。そう考えると、彼らは企業買収で時間を買っていることも分かる。すでに20年先を走っている会社を買えば、彼らもそこまで一気に飛ぶことが出来る。その意味で、中国には時間を買うのが上手な会社が多いのかもしれない。「出来なければ買えば良い」という発想は、世界では意外とそれほど酷い話ではないとも思うし、小説でもそういうことを書いた。

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講演者

  • 真山 仁

    小説家

    1962年大阪府生まれ。1987年同志社大学法学部政治学科卒、同年4月中部読売新聞(のち読売新聞中部支社)入社。1989年11月同社退職、1991年フリーライターに。2004年『ハゲタカ』でデビュー。著作に『ハゲタカ』(講談社文庫)、『虚像(メディア)の砦』(講談社文庫)、『マグマ』(角川文庫)、『ハゲタカ2』(講談社文庫)、『ベイジン』(幻冬舎文庫)、『レッドゾーン』(講談社文庫)、『プライド』(新潮文庫)、『コラプティオ』(文春文庫)、『黙示』(新潮社)、『グリード』(講談社)がある。最新作は、2014年3月発売の、東日本大震災被災地の小学校を舞台にした連作短編集『そして、星の輝く夜がくる』(講談社)。
  • 田久保 善彦

    グロービス経営大学院 副学長

    慶應義塾大学理工学部卒業、同大学院理工学研究科修了。スイスIMD PEDコース修了。株式会社三菱総合研究所にて、エネルギー産業、中央省庁(経済産業省、文部科学省他)、自治体などを中心に調査、研究、コンサルティング業務に従事。現在グロービス経営大学院及びグロービス・マネジメント・スクールにて企画・運営業務・研究等を行なう傍ら、グロービス経営大学院及び企業研修におけるリーダーシップ開発系・思考科目の教鞭を執る。経済同友会幹事、経済同友会教育問題委員会副委員長(2012年)、経済同友会教育改革委員会副委員長(2013年度)、ベンチャー企業社外取締役、顧問、NPO法人の理事等も務める。著書に『ビジネス数字力を鍛える』『社内を動かす力』(ダイヤモンド社)、共著に『志を育てる』、『グロービス流 キャリアをつくる技術と戦略』、『27歳からのMBA グロービス流ビジネス基礎力10』、『創業三〇〇年の長寿企業はなぜ栄え続けるのか』(東洋経済新報社)、『日本型「無私」の経営力』(光文社)、『21世紀日本のデザイン』(日本経済新聞社)、『MBAクリティカル・シンキングコミュニケーション編』、『日本の営業2010』『全予測環境&ビジネス』(以上ダイヤモンド社)、『東北発10人の新リーダー 復興にかける志』(河北新報出版センター)、訳書に「信念に生きる~ネルソン・マンデラの行動哲学」(英治出版)等がある。

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