映画を通じて人や組織のマネジメントを紹介する本連載「シネマで学ぶ組織論」の第1回は、不朽の名作「ショーシャンクの空に」。「刑務所」を組織と見立てて「組織社会化」を学びます。
誰もが当事者である、人と組織のマネジメント
皆さん、こんにちは。林恭子です。
私は、現在、グロービス・マネジメント・スクールにて、組織と人材のマネジメントやリーダーシップについて、研究や講義を担当しています。
このコラムでは、私の好きな映画を参照しながら、企業における人や組織のマネジメントについて考えてみたいと思います。
「いやあ、僕はあんまり組織のマネジメントとかリーダーなんて考えたことないんだよね。それって、立場が上の人にしか関係ないことじゃない」ですとか、「自分は人事部の人間じゃないから、人材マネジメントのことって苦手そうだな」などと、ご心配することはありません。
なぜって、皆さん。自覚があってもなくても、今パソコンを開いているこの瞬間も、会社の組織の中にいて、毎日人事制度を利用していますよね。そして、誰しもがリーダーであるか、フォロワーであるか、あるいはその両方の役割を担っているのです。人や組織の領域ほど、どんな方にも深く関係し、また、どんな方でも当事者であるところはありません。
また、このコラムでは、頭痛や肩凝りがするような、難解な話はしません(というか、私ができないかも知れません。笑)。ですので、気軽に、コーヒーでも片手にお読み頂ければと思います。そして、気になったら週末に映画を見ながら、組織と人材のマネジメント、リーダーシップについて思いを馳せてみて下さい。
早いもので、今年ももう3月になりました。学校を卒業された新人が間もなく入社する季節です。年度末を待って、4月から転職なさる方もおいででしょう。また、この時期に人事が正式に発表になり、4月から新しい部署に異動したり、出向したり。新しい環境に挑戦する方が、1年で最も多い季節です。それは、新しい組織との出会いの季節でもあります。
今回は、そんな新しい組織に飛び込むビジネスパーソンに是非見てほしい一本「ショーシャンクの空に」を題材に、個人と組織の関係について、考えてみましょう。
組織に適応するための三つのハードル
「ショーシャンクの空に」は1994年の作品。ティム・ロビンス演じるエリート銀行マンのアンディが、無実の罪で刑務所に服役し、モーガン・フリーマン演じるレッドなどと出会いながら、希望を実現するまでを描いた、名作です。モーガン・フリーマンがアカデミー助演男優賞を獲得したので、ご覧になった方も多いかも知れません。
個人が、ある組織の中に入り、だんだんとその組織に適応していくということを「組織社会化」と言います。私達であれば、ある日、新しい会社や異動先の部署に行くことになり、だんだんとそこに馴染んでいくことが「組織社会化」です。
ちょっと時系列に考えてみましょうか。入社する、転職する、または異動する。そんな時、多くの場合、私達は事前にその組織の情報を手に入れ、心の準備をしますよね。例えば、会社のパンフレットだとか、ホームページを見たり、そこで働く人に話をきいてみたり。そういうことを「現実的職務予告(Realistic Job Preview: RJP)」と呼びます。
これがあることで、行く前の期待値と現実とのギャップを可能な限り小さくすることができます。多かれ少なかれ、皆さんやっていますよね。アンディの場合は、妻と愛人の殺人という冤罪で終身刑を言い渡され、ショーシャンク刑務所に送られるので、心の準備も出来ず、行き先の刑務所についての情報もなく、何も予告がない形で受刑生活に放り込まれます。彼の現実ショックはいかばかりだったでしょう。
アンディは元々静かな人柄ですが、入所後1カ月、誰ともまともに会話ができなかったというのも、予告なき環境の激変に圧倒されていた彼の心理状態を良く表しています。
個人が組織に適応していく、つまり社会化していく過程では、「文化的」「役割的」「技能的」の3つの課題を乗り越えることが必要とされます。
新しい職場に入った新人は、その組織の文化へ適応しなければなりません。例えば、組織には、そこでよく使われる言葉があります。往々にして、略語やアルファベット3文字とか、普通の会社では使わないような言葉です。私も以前の職場で、こっそり自分用に社内用語辞典を作ったりしました。暗黙のルールやしきたりもあります。知らないと、後でえらい目に合うこともしばしばです。
組織の中で綿々と言い伝えられている伝説や成功物語、苦労話もあるでしょう。やっかいなのは、新人が来た時の儀式ですよね。怖い先輩に喝を入れられて新人が縮みあがったり、宴会でちょっと恥ずかしい芸をやらされたり。
ショーシャンク刑務所にも色々な、暗黙のルールや決まりがありました。
エリート銀行マンは刑務所に適応できるのか……
入所初日の夜は、消灯後、誰かが泣き出すまで先輩受刑者から怖い言葉を浴びせられる儀式があります。油断すると、同性愛者の受刑者に襲われるので、独りにならないように注意しないといけません。
怒らせてはいけないサディスティックな看守もいます。信心深い所長のウケを良くするには聖書の言葉を語れた方が良いでしょうし、調達屋のレッドに物を頼む時にもちゃんとルールがあります。アンディは徐々にこうしたショーシャンク刑務所の組織文化を学び、その生活に適応していきます。
そんなある日。屋根の塗り替え作業をしていたアンディは、強面看守が相続税に悩んでいることを耳にし、銀行マンの経験からちょっとした節税のアドバイスをすることになります。ここで、彼は「税務会計ができる奴」という「役割」を獲得するのです。
その役割の報酬に、アンディは「作業仲間へのビール」を要求し、仲間からの厚い信頼も得ることになります。その後、看守達の確定申告を一手に引き受け、果ては所長の裏金のロンダリングまでが役割に加わり、アンディのショーシャンクでの価値は一気に高まり、管理側からも受刑者仲間からも一目おかれる存在となっていきます。
さらに、図書館係になったアンディは、州政府への図書費要請という活動を通じ、「交渉力」という新たな「技能」も開花させていきます。粘り強い交渉の末手に入れた新しい書籍、運営資金を元に、今度はアンディが他の受刑者の「技能」を開発する活動を始めていきます。
それまで時間をもてあましていた受刑者達は、図書館で読み書きを学んだり、通信教育による高校卒業資格を得たりするようになっていくのです。アンディのこうした「技能」により、刑務所長までもが社会に対し「うちの刑務所は進んでいるでしょう」と鼻高々になります。こうして、アンディのショーシャンクでの「組織社会化」は順調に進んでいったのです。
組織人の悲哀、過剰適応の罠
アンディの例に見られえるように、組織社会化(適応)の達成度と、組織における地位とは相関することがわかっています。
そしてもう一つ、組織社会化と関係するものがあります。それは、所属年数です。これは単純に相関するのでなく、所属後3年〜5年で一旦低下し、9年を過ぎたところからまた高くなっていくことがわかっています。
所属3年から5年といえば、丁度、転職を考えたり自分のキャリアに疑問が出てきたりする時期ですよね。でも9年を過ぎると、長くなればなるほど組織に対する適応は高まっていく。そしてその結果、悪くすると、個人の組織への依存度も高くなってしまいます。
アンディの受刑者仲間で皆に愛されていたブルックスは、人生の50年をこのショーシャンクで過ごした老人でした。ある日彼は仮釈放され、外の社会へ出ていくことになります。普通であれば、自由を謳歌し幸せに余生を過ごせると思うでしょう。でも彼は、ショーシャンクという組織に過剰に適応しすぎてしまったため、もはや外の社会に適応することができなくなっていたのです。
ブルックスにとって、外の世界は恐怖と不安の連続でしかありませんでした。不安ほど人の心を蝕むものはありません。ブルックスはとうとう、一人静かに命を絶ってしまいます。やはりショーシャンクに30年以上いるレッドは、ブルックスの思いに共感し、こう言います。
「皆、最初にここに来たときはここを憎むんだ。そのうち慣れて、そして最後には、頼るようになってしまうんだよ……」
私達企業人にも、きっとこういうこともあるのではないでしょうか。長年勤めた会社を定年になった後、どうしたら良いか分からずに苦しんでしまったり、趣味のサークルに入ってみたものの、企業でのルールを押し付け嫌われたり。組織の中の特異なルールや慣行に慣れてしまい、社会人としての基本的な倫理観を失うこともあるでしょう。適応しすぎたがゆえの悲哀。過剰適応の罠です。
組織社会化は、個人が組織で活躍する上でなくてはならないものですが、進みすぎると私達を苦しめるものともなる。組織に適応しながらも、いかに、上手に距離を保っていくのか。そういうこと、なかなか、私達は意識をするのが難しいのかも知れません。では、どうしたら良いのでしょうか……。
アンディのショーシャンクでの日々には、私達が適切に組織と関わっていくヒントが隠されているように思えます。ショーシャンク刑務所に適応しながらも、「自分自身の人生を生きる」という希望を胸に秘め続け、最終的に希望を具現化します。映画を見ていない方のために、これが何かは書かないでおきましょう。
アンディは言います。「誰しも、心の自由は奪えない。希望って、大切なものなんだよ」と。
この春から新しい組織の中に入られる皆さん、「文化」「役割」「技能」のハードルを飛び越え、上手に組織へ適応して行ってください。そして、どうか、自分自身という心の自由も大切にしてください。その先に、希望あふれる、素晴らしいキャリアライフが待っていることでしょう。
次回は、映画「ロード・オブ・ザ・リング」を題材にエマージェント・リーダーについて考える予定です。どうぞお楽しみに!