映画を通じて人や組織のマネジメントを紹介する本連載「シネマで学ぶ組織論」の第2回は、「ロード・オブ・ザ・リング」。リーダーについて考察します。
心優しい、繊細な若者の物語
皆さん、こんにちは。林恭子です。
いよいよ、新しい年度も明けましたね。何か新しいことが始まる、そんな希望に満ちたシーズンです。皆さんの職場では何か変化や新しい動きなどありましたでしょうか。
さて、そんな今回は、映画「ロード・オブ・ザ・リング」を題材に「リーダー」というものについてちょっと考えてみたいと思います。「リーダー」というと、どんな人を連想されますか?乱世の世に、「ものども、着いて参れ!」と指令を飛ばす戦国武将のような人でしょうか。それとも、スポーツなどのチームを勝利へと導く、百戦錬磨の手だれた監督のような人でしょうか。今回はそんな一般的な「リーダー」のイメージとは違った視点をご紹介します。
映画「ロード・オブ・ザ・リング」は3部作で、今回中心として取り上げる第1部は2001年の作品です。J・R・R・トールキン著の「指輪物語」という壮大な本を原作としています。北欧神話やケルト神話、宗教にも深く立脚しているこの作品は、一大冒険スペクタクルであり、かつ、「善、悪って、一体何なのだろう」とか「欲望の正体は…」「人間って…」と考えさせるような、深淵な作品でもあります。
この作品の中でのリーダーといえば、誰を思いますか?
魔法使いのガンダルフを思い浮かべる人もいるでしょう。あるいは、勇気ある騎士、アラゴルンを思い浮かべる人もいるかも知れませんね。二人ともリーダーと考えられる要素が多くあります。でも、今回私が違う角度から注目してみたいのは、小さなホビットの若者、フロドです。「え?フロド?」という声が聞こえてきそうですね(笑)。
フロドは、ホビット族という、小さな種族の一人です。ホビット族は天でも地でもない中つ国に住み、平和でのびのびした生活を好む種族。その中心的存在、ビルボの養子がフロドです。彼は聡明で心優しいけれど、繊細で強くはない若者です。物語は、フロドの養父、ビルボが拾って隠していた魔法の指輪をフロドに託すところから始まります。
エマージェント・リーダーとしてのフロド
その指輪は、遠い昔に闇の冥王サウロンが作り出したもので、指輪を持つ者は生きるもの全てを支配する恐ろしい力を持つことができるのです。その一方、指輪を持つ者も指輪の魔力に魅入られ、正常な心を失い闇へと落ちて行く宿命を持ちます。この恐ろしい指輪の魔力を破壊する方法はただ一つ。滅びの山の火口“滅びの罅裂(かれつ)”に指輪を投げ込んで葬るしかありません。しかも、冥王サウロンの魂は、今もこの指輪を探し続け、再びこの世を支配しようとしています。
恐れ戸惑うフロドに、魔法使いのガンダルフは、ひとまずその指輪を村からこっそり運び出し、ブリー村の宿屋で自分と落ち合うよう頼みます。大好きなガンダルフの依頼ということもあり、真面目なフロドは庭師で従者のサムらと共に指定の場所へと向かいます。その道中からサウロンの下僕に付け狙われるフロド達。アラゴルンの助けを借り、命からがら宿屋を逃げ出したフロド達は、苦労の末ようやく不思議な力を持つ種族、エルフのいる「裂け谷の館」へとたどり着くのです。
道中、深い傷を負い命を失いかけたフロドはエルフの力でようやく意識を取り戻し、ガンダルフとの再会を果たします。フロドの役目は、本来はここまでのはずでした。指輪をガンダルフやエルフに託せば、それで終わるはずでした。
ここでちょっと「リーダー」に話を戻しましょう。
ロバート・J・ハウスという学者は、リーダーには3つの区別があると言っています。1つは、エレクテッド・リーダー(Elected Leader)。つまり、選挙で選ばれたリーダーです。もう1つは、アポインテッド・リーダー(Appointed Leader)。何かの役割を任命されたリーダーです。そして、最後の1つは、エマージェント・リーダー(Emergent Leader)。自然に発生するリーダーのことです。
エマージェント。この言葉から、何か危機的なものをイメージされる人もいるかもしれませんね。災害や事故、火事などの緊急事態にも、エマージェント・リーダーは存在します。たとえば、何か危ない事態になると気付いた人が、誰に頼まれたとか、何の役職にあるかということとは全く関係なく、自ら動き、周りにいる人たちに働きかけてその場を何とかするということ、ありますよね。
それから、何か楽しいイベントがある時。別に何かの役目についているとかいうことと別に、率先して準備を進めてくれたり、皆に何かを提案して動かしてくれたりする人、いますよね。
こうした人が、いわば、エマージェント・リーダーです。
そして、エマージェント・リーダーを動かしているエンジンはただ一つ。本人の中に自然に発生した、「そうすることが大切なんだ」という思いです。
エレクテッド・リーダーや、アポインテッド・リーダーがエマージェント・リーダーに比べ劣っていると言うつもりは毛頭ありません。しかも、人々を動かすという点を考えた時、それは、選挙で選ばれて権限がはっきりしていたり、「そうするのが職務だから」という理由が明確だったりする方が楽ですよね。周囲も聞いてくれる可能性が高いように思われます。
それでも、何の権限も職責もない、エマージェント・リーダーを慕い、目指すべきものを一緒にやろうとする人々が出てくる。なぜなのでしょうか。
共鳴と共感が生むリーダー
意識を取り戻したフロドは病み上がりの体を押して、裂け谷の館で、ガンダルフ、エルフ族、ドワーフ族、人間らの「これからこの指輪をどうするか」の会議に参加します。出席者は皆、各々の立場からの主義主張を繰り返し、議論は紛糾する一方。
そんな状況で、ため息と共にふと視線を落としたフロドの目に、指輪の怪しい光が映ります。まるでこの議論の迷走を喜び、人々の争いをもっと望んでいるかのような……。
その時、フロドは思わず言ってしまいます。
「僕が行きます。僕が“滅びの罅裂(かれつ)”に指輪を投げ込んで葬ってきます」
彼にこう言わせたものは何だったでしょう。
これまで、彼は、指輪を目の前にした人が、「支配欲」という悪の誘惑に自らを失いそうになる姿を幾度も目にしてきたのです。思わず口にしてしまったのは、「こんな恐ろしい指輪がこの世にあったら、皆が不幸になる。こんな者が恐ろしい人の手に渡ったらどうしよう。指輪は、こんなところにあってはいけないんだ」という、素朴な想いからでしょう。
権力がほしいわけでもない。賞賛がほしいわけでもない。義務感に苛まれているわけでもない。ただただ、「そうすることが大切なんだ」と思ってしまったから。だから彼は、自分が想像を絶する恐ろしい旅をする、と言い出してしまったのです。
フロドの言葉を聞いた一同は、驚きます。ですが、やがて口々に、「そうか、君が行くと言うのか……。それならば、僕も一緒について行こう。君が無事に指輪を捨てられるように、一緒に行って手伝おう」と言い出します。
様々な学者や知識人は、ある人がリーダーか否かの定義についてこう言っています。「喜んでついてくる人(フォロワー)がいるかどうかだよ」と。
フロドの私欲無い、「皆が心を脅かされず、幸せに暮らせる世の中になってほしい」という想いに、皆が共感した瞬間にこそ、エマージェント・リーダーの誕生を見る思いがするのです。
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あなた自身の中にもリーダーはいる
そんな、「自然に生まれた思い」から旅立ちを決意したフロドでしたが、心が折れそうになることもあります。本当に自分はこんなことを引き受けてよかったのだろうかと。
旅の途中、エルフの王女ガラドリエルのもとに身を寄せたフロドは、その夜もじっと一人でその重荷に苦しみます。でも、人の心を見通せる不思議な力を持つガラドリエルは、脅えるフロドにこう言うのです。
「フロドよ、それを果たせるのは、あなただけなのです。どんな小さな存在でも未来の行く末を変える力を持っているのですよ」
あなたはどうですか?
この未曾有の経済危機の時代。職場は元気を失っている。あなたは、そんな状況は良くないと思う。せめて、新しい年度がはじまるこの春だからこそ、皆に笑顔を取り戻したいと思う。あなたには、「皆が笑顔で、生き生きと働いている職場」というビジョンが見えている。そのために何かしよう。せめて、楽しい企画でもと言い出すあなたに、周囲の同僚や友人たちが、「いいね、その考え。私も協力する」「うん、一緒にやろう」と言う。
そこには、まさに、エマージェントリーダーが立っているでしょう。
私の好きなマライア・キャリーの曲、“HERO”の中にこういう歌詞があります。
“When you feel like hope is gone
Look inside you and be strong
And you’ll finally see the truth
That a Hero lies in you”
“もう駄目だと思った時
自分自身を見つめて心を強く持つと
やがて真実が見えてくる。
Heroは(どこか特別なところから輝く甲冑をつけて登場するのではない)
実は、あなた自身の中にいるのだと。”
(筆者訳)
リーダーも一緒だと思います。何かスーパーマンのような特別な人だけがなるものではありません。リーダーは、皆さん、お一人おひとりの中で、登場する時を待っているのです。
次回は「オーシャンズ11」で、チームを考えます。