次世代リーダーの主体性養成と茨城での試行

主体性養成のための3要素

グローバル研修を行っていると法人クライアント様より幹部候補生(次世代リーダー)の主体性を育てたいとのリクエストをいただくことが多い。どうしたら、リーダーの主体性を養っていくことができるのか、先人の研究から興味深いと思ったものを抽出して、本コラムを通して自身で試してみることにした。

結論的に先に申し上げれば、それらは、情熱を燃やすこと才能(タレント)を伸ばすこと、そして、共に汗をかいて創り上げることの3要素と考える。

その根拠は、次の3名の先人だ。哲学者・森信三先生はその著『修身教授録』の中で、ひとかどの人物となるには、意地、凝り性、偉大な生命力が必要で、重油のように、「ひとたびそれ(情熱)に火を点ずるならば自らの醜さを焼捨てることによって絶大なる動力を生み出す」と言っている。

私の友人で、世界的マリンバ奏者・武道家・プロフェッショナルコーチのフランソワ・デュボワ氏は、『運命を変える才能の見つけ方~デュボワ・メソッド』の中で、「好きなこと、得意なこと、今後伸ばしたいことへの自己投資とトレーニングを奨め、才能を伸ばすために、いまできることをいまやるべき」と主張する。

諏訪においてリ・ビルディングを行う東野唯文さん・華南子さんは、「住む人自身も共に汗をかくこと、創り上げることをとても大切に考えている」と言う。

興味深い三要素は抽出できたので、早速、自らの主体性の養成を目指して、上記三点を実践してみようと思う。舞台は、グロービスがCSR活動に注力する茨城である。数度のフィールドワークをコロナの第三波が広がる前に行い、自身の情熱(氣、縄文、神社)とタレント(経営、社会調査、読書)を活かし、本コラムの執筆を通して、共に汗をかいて創り上げるということをしたい。

茨城のフィールドワークで歴史を知る

まず、茨城県立歴史館によると、茨城(古くは常陸)には、3万年前(石器時代)から人が住んでいたことが確認されている。文献上、最古の貝塚と言われる大串貝塚(水戸市)は、巨人ダイダラボー伝説が残る紀元前4000年頃(縄文中期)の大きな貝塚である。そして、霞ヶ浦の上高津貝塚は同2000年前頃(縄文後期)の貝塚で、漁労と塩作りが行われていたことが確認されている。

霞ヶ浦周辺の主な貝塚(「ふるさと歴史広場」より、筆者撮影)

大串貝塚の伝説にある貝を食べた大男「ダイダラボー」の像(筆者撮影)

縄文海進(紀元前6000年頃)の時代には、香取海(古鬼怒湾)が今の霞ヶ浦、北浦まで拡がり、茨城南部は遠浅の海が広がり、貝や魚がたくさん生息していたものと思われる。東京大学大気海洋研究所の川幡穂高教授は、縄文時代(紀元前5000年-4000年)には人口(当時の総人口26万人)の大部分は東日本に住んでおり、特に関東は人口密度が当時の世界最高レベル(一人/1㎢)だったという。

神話の世界では、茨城には、武御雷神(たけみかづちのかみ)を御祭神とする鹿島神宮(創建 神武元年 紀元前660年)があり、隣の千葉県にある経津主大神(ふつぬしのおおかみ)を御祭神とする香取神宮、久那斗神(くなどのかみ)を御祭神とする息栖神社と共に東方三社を形成する。そして面白いことに、鹿島神宮の鳥居は西を向き、本殿は北向きである。(一般的な神社は南に鳥居があり、本殿も南を向いている。)『レイラインハンター』の内田一成氏は、これは、武御雷神が、国譲りの際に勝負を挑んで敗れて諏訪に逃れた出雲の建御名方神(たてみなかたのみこと)を牽制し、また、北向きの本殿は、同じく出雲系の大洗磯前神社、酒列磯前神社、大甕神社を見据えるからという。すなわち、鹿島神宮は、大和朝廷が蝦夷(当時)に打ち込んだ前線基地というのである。

現存する五風土記の一つ『常陸国風土記』(721年頃成立と言われる)は、東日本唯一の風土記(他は、西日本の出雲、播磨、肥前、豊後のもの)で、奈良時代の常陸の豊かさについて以下のように記す。「常陸の国は、その領域はきわめて広大で、他国との境界もはるかに遠く、耕地という耕地はすべてよく肥えており、未開墾の原野も耕地に劣らず豊かである。開墾された土地と山海の幸とに恵まれて、人々は心やすらかで満ち足りていて、家々は富裕でにぎわっている。」(現代語訳)また、至る地域に、倭武(やまとたける)の伝承が伝わる。茨城のフィールドワーク時には、水戸の納豆と湯葉、大洗の海産物に舌鼓を打ち、その食の豊かさを実感した。

主体的に動くことで独自の関心が育つ

上記記載のいずれの場所も訪れ、自らの身体感覚(氣)で、歴史で言われていることの検証をしてみた。嬉しかったのは、『常陸国風土記』に記載ある二つの聖なる場所を大切に守るために、茨城の人々が設けた神社を発見したことである。久慈郡の泉と周りの森林(密築の里)は泉神社が守っており、大串貝塚も折居神社(地元の村社)が貝塚(森林の丘)を守っていた。

茨城は、明治維新に至る尊王攘夷の思想的中心であり、近世が面白いことはいうまでもない。近々、ハーバード大学のソントン博士が、『水戸維新  近代日本はかくして創られた』を日英の二言語で出版されると聞いている。水戸(茨城の県庁所在地)は、弊学学長堀の出身地でもあることから、茨城ロボッツ、茨城放送、グロービス経営大学院水戸特設キャンパスの地域活動を展開し、M-SPO、M-GARDENなどの「水戸ど真ん中再生プロジェクト(通称MーPRO)」活動を通じて地域興隆を図っている。それゆえ、現代もとても面白い。しかし、今回調べてみて、茨城には、縄文・神代・古代と興味深い歴史を紡ぐ物語があり、茨城の方々がその歴史を大切に守ってきたことが分かった。これからの茨城に大いに注目していきたい。

先人の研究に基づき、情熱を燃やすこと、タレントを伸ばすこと、共に汗をかき創り上げることを茨城にて試してみて思うのは、茨城が一層身近に感じられるようになって、独自の興味・関心を持てたことだった。もし、皆さんにおいても、自身、組織メンバーの主体性を育てたいと思うならば、上記三点を課題設定型の問題で試してみていただきたい。コロナ禍が落ち着けば、グロービス経営大学院英語MBAの(アジア・アフリカ・欧米よりの)留学生にも、主体性の養成に向けた茨城訪問を実現させたい。

水戸維新  近代日本はかくして創られた
著者:マイケル・ソントン 発行日:2021/1/28 価格:1870 円 発行元:PHP研究所

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