毎日50通の現場からの「夜メール」で自らの偏りに気づく

チロルチョコの若き経営者、松尾裕二社長のインタビュー後編は、松尾社長の経営観、アジア戦略などに話が及んだ。(全2回、後編)前編はこちら

常に自分を俯瞰し、組織の四角錐の中心に座す

梶屋:会社が大きくなっていくと、第二の松尾さんのような潤滑油的な存在が必要になると思いますが、そういう人材を育成されているのでしょうか。

松尾:今は社員数が約180名で、役員2人、管理、製造、販売、開発の各部門に部長が1人ずついます。先代の時は開発の上に会長がいたので、開発寄りのいびつな四角錐でしたが、この4つの部門の上に私がいるような、綺麗な四角錐にしたいと思っています。

梶屋:組織のバランスが良くなったのですね。四角錐のバランスということは、松尾さんが中心にいるということですね。

松尾:そうなんです、どこにも寄りすぎないことが大切です。ただし、いまだに営業に寄りすぎたり、製造に寄りすぎたりしてしまうこともあります。

開発から良いアイデアが出てきても、「それ、ちょっと原価高くない?」「作りづらくない?」と言うのが先に出てきてしまう。そういうときは、「やってみようか!」と開発のほうに戻るようにしています。

梶屋:ご自身が四角錐のどこにいるかの定点観測は、どうしているのでしょうか。

松尾:自分が最近「原価」「売上」の話ばかりしているということで気づいたりします。

梶屋:なるほど、ご自分がついつい口にすることを意識されているのですね。

松尾:はい、それから「夜メール」(全社員の日報)という取り組みを1年以上続けています。これで気づかされことが多々あります。1人1人の意見を見ていると、「そう言えば確かにそうだな」とか「偏りすぎたな」とか、気づかされます。1日約50件来ますが、毎朝それを読みながら危機感を感じています。

梶屋:お忙しいなかで、毎日全社員の日報にしっかり目を通すのは大変ですね。夜メールのそもそものきっかけは?

松尾:元々は、残業削減を目的に開発部門だけで試しにやってみたのが始まりです。皆、意外と率直なメールを打ってきます。「私もCCに入っているけど大丈夫?」と思うような内容も(笑)。本音が聞けるので重宝しています。

また、仕事のことだけでなく、プライベートについても書いてもらっているので、趣味の話などを通じて社員間のコミュニケーションが高まりました。

梶屋:経営者としても率直な意見をダイレクトにもらえるのは助かりますよね。

松尾:会議で述べた意見についてのこともありますし、現場の気づきもあります。「この段取りが悪い」「ここに汚れがあります」といった声も日々上がってくる。ですから改善のスピードは非常に上がりました。

梶屋:現場から声が上がったとしても、取り組みに結びつかない会社が多いと思います。そこで、すぐに動いてくれるのならば、経営層と社員の間の信頼関係は深まりますね。

松尾:開発、販売、管理・製造という3つのグループで夜メールは分けているのですが、その全部に私は入っています。販売の夜メールを見て、開発に伝えておいたほうがいいと思うことがあったら、転送しています。ですから販売の社員にとっては、自分の意見が私を介して開発に伝わっていることになります。

1日のうち15分だけ利他的に考える

梶屋:松尾さんは、「今日昨日より1%頑張って101%になる人と、1%頑張らないで99%になる人。これを1年間続けると、1年後には1400倍以上の差がつく」とお話しされています。私もこの言葉がとても好きですが、100%にプラスして1%を出してもらうためのモチベーション作りをどうされているのでしょうか。

松尾:誰でも人に感謝されたいですよね。例えば、営業の社員が売り場を見に行って「すごく売れていました」と皆に報告してくれる、開発の社員が率先して流行っている商品の情報を仕入れてくれるとか。そういう情報を夜メールで報告するのは、直接自分の仕事の成果になるわけではないかもしれませんが、誰かの役に立てるかもしれません。そうした思いを共有しているのだと思います。私がメールを転送するのも、誰かのためになりたいという気持ちからです。だから、「1%」は意外と苦にならないのだと思います。

梶屋:「1%が苦にならない」と、穏やかなお顔でお話しされるのが、すごく説得力があります。

松尾:1日24時間の1%は15分です。1日のうち15分だけ他人のことを考えて仕事をしてもいい。勤務している8時間のうちの1%ならばもっと短い時間です。

30歳で社長に。30代の経営者だからこそできる挑戦

梶屋:変革を起こす経営者として、若き30代であるというのは大きな強みだと思います。ご自身としてはどう捉えていますか。

松尾:元々、早く社長になりたいと思っていました。例えば、50代で社長になったとしても、バリバリできるのは実質10年ちょっとしかありません。それだと、リスクを冒して挑戦することも難しいと思います。私は30歳ちょうどの年に社長になったので、もし失敗してもリカバリできます。今年で34歳になりましたが、短く見積もってもあと30年は社長ができると思っています。やりたいことを中長期的に取り組める環境にいたいのです。

梶屋:小さな失敗を重ねていくことで、器も大きくなっていくと。

松尾:親族経営なので、20年スパンで取り組むようなプロジェクトはあまりないと思いますが、海外展開や、社内ならばESの向上や人事評価制度の構築といった少し時間はかかることに腰を据えてできますよね。しかも、5年間でそれらをやり終えたら、次の5年間でまた新しいことにも取り組める。若手経営者は、様々なチャレンジができる期間が与えられるのです。

梶屋:御社は「つくりたいものをつくる」という「やりたい気持ち」に根差した創造力を大事にされていると思います。とはいえ経済なので、マーケットと反してはモノは売れません。その辺の整合性はどう取られているのでしょうか。

松尾:私は開発が実は苦手で、開発から奇抜なアイデアが上がってくると、最初に「売れないのでは?」と思ってしまうタイプなんです。ただ最近の『鬼滅の刃』とのコラボレーションはうまくいったと思います。当社商品はパッケージが変えられるので、他社さんに比べてキャラクター向きなんです。私自身は、キャラクターものは、人の褌で相撲を取るようでやや否定的だったのですが、鬼滅の刃の企画で、お客様の評価を見てみると、これもひとつ笑顔を届けていることになると感じました。

東南アジアで認知度拡大を

梶屋:最後に、これからアジアを目指す上でのゴール感をお聞きしたいと思います。

松尾:直近の目標としては、ベトナム工場が2ライン入る予定です。1ラインは元々田川(福岡の創業地)の工場に逆輸入するための半製品工場、もう1本のラインはまだ設備も入れていませんが、そこを起点に東南アジア向けのラインをつくりたいと思っています。

梶屋:まずは東南アジア向けのラインを作ると。

松尾:そうなるには、東南アジア向けで10億は売上が必要です。そこまでいかないと、ラインを設備投資して、その稼働が安定的に担保されません。

福岡に近い中国や韓国は別として、東南アジアで10億円という数字が見えてきた時に初めて、ベトナムで第2ラインの設備投資しようという話になるので、そこまで何年かかるかが勝負です。タイは少し増えてきていますが、ベトナムの売り上げはまだまだなので、これから注力したいとは思います。

あとは認知度でしょうか。東南アジアの国々で「それ知ってる、コンビニで見たことあるよ」と言ってもらえるようになれば、ひとつのゴールかなと思いますね。

梶屋:子どもたちが草サッカーをしたあと、コンビニでチロルチョコを買って帰るようになるといいですね。

松尾:そうなると一番いいですね。東南アジアは暑いので、チョコレートは溶けてしまいすが(笑)。

梶屋:きょうはお忙しい中、ありがとうございました。

RELATED CONTENTS