大企業のバウンダリースパナーに求められる要件 #5

バウンダリースパナーとは、提携、M&Aなど、企業・組織同士の関係が複雑化していく中で、「境界を越えて組織/個人をつなぎ、縦横無尽に組織行動に影響を及ぼす者」として、近年重要視されている役割です。全5回の連載で、特に大企業において、なぜバウンダリースパナーが重要視されているのか、バウンダリースパナーはどのような行動を取るのか、どういった要件を満たしているのか、具体的な事例を元に解明をしていきます。 (第5回)

■大企業のバウンダリースパナーに求められる要件

これまで4回に渡って、実例を元に、大企業のバウンダリースパナーに求められる要件を深掘りしてきました。ここで改めて総括してみましょう。

大企業の事業変革は境界課題によって失速する

大企業の事業変革は、既存組織の慣性を起因とした境界課題でスピードを失いがちであり、その克服方法への関心は高い。ミドル/ボトムの従業員がバウンダリースパニングすることでスピーディーな変革の実現可能性が上がる。

戦略立案段階でプロアクティブに境界連結し、予見される先の対立を予防すること

バウンダリースパナーの行動の秘訣は、対立しがちな境界を予見してプロアクティブに連結しておくこと。「理と情」、「公式と非公式」を巧みに使い分け、ファンの獲得、および承認者の信頼を得る行動を取ることで、境界連結しやすくなる。

実行段階の予め対処できなかった境界課題は自らが現場で実践して対処し、現場のキーマン自身が課題に対処できるよう支援をすること

実行段階の境界課題は、発生すると既存組織内ですぐに伝播し、変革失速の要因となる。どんな種類の境界課題が起こったかを察知できるように注意を払い、現場での実践で境界課題の伝播を食い止める。そのために、バウンダリースパナーは常に現場のキーマンから事実を集めることができるネットワークを構築/維持しておくこと。また、境界課題への実際の対処は、現場のキーマン自身が解消できるような支援に重きを置くことで、現場に成功体験が生まれ、実行が加速する。

バウンダリースパナーの行動から分かる習得すべき能力・必要なマインドセット

経営視点・知識×論理的思考力×行動心理学を基礎的能力として習得し、当事者意識×謙虚さとしたたかさ×チャレンジ精神のマインドセットがあれば、バウンダリースパナーの行動を再現し、イノベーションによる事業変革の実現可能性が上がる。

これらを理解しておくことで、ミドル/ボトム層の従業員であっても、事業変革の実現可能性を高めることができます。

■バウンダリースパナーを育成するにはどうすればよいのか?

これまで、ミドル/ボトム層の従業員が自らバウンダリースパニングしながら、事業変革の実現可能性を高めるためには、どうすれば良いのか考えてきました。一方、組織視点で見ると、トップマネージャーや人事担当者は、事業変革を成功させるために、どうやってバウンダリースパナーを生み出し、どうやって支援すればよいのかという疑問が生まれます。

果たして、バウンダリースパナーは役割を任命され、取り組むような存在なのでしょうか。それともプロジェクトメンバーが自発的に役割意識を持つことを期待されるものなのでしょうか。今回ヒアリングした方々は、任命されることなく、強い当事者意識の下、取り組みをされていましたが、正直なところ、今回私達の研究プロジェクトではその問いを追求することはできませんでした。今後更なる研究が必要だと考えています。

ただ、唯一言えることとすれば、たくさんの実例を集め、共有し合い、バウンダリースパナーがどのような難所に直面し、どのように乗り越えるのかを、動画のようなイメージで捉えられるようにすることが、重要になります。非公式なつながりで境界連結をするバウンダリースパナーをいかに動機づけすればよいのか。既存事業を前提とした人材の採用・配置・評価・報酬・育成システムで、その取り組みの継続性を担保できるのか。それとも新たな組織の人材システムのハード面・ソフト面を設計すべきなのか。これらを考えるためには、バウンダリースパナーの実際の行動プロセスを理解しておく必要があるのです。

■コロナ禍の働き方においてバウンダリースパナーの要件は変わるのか?

今回この記事を書き進める中で、新型コロナウイルスの感染が拡大し、私たちの働き方は大きく変わりました。毎日会社に行き、対面で仕事を進める環境から、突然リモートワークが主となった方も多いと思います。このような環境下でバウンダリースパナーの要件は変わるのでしょうか。

今回の研究でヒアリングした方々に、追加ヒアリングを実施した結果、難所とその克服の仕方に変わりはないものの、要件として挙げた行動の実行手段が、対面からオンラインに移行せざるを得ないため、その変化に伴ってバウンダリースパナーの要件が変化する可能性があるのではないかというご意見をいただきました。コロナ禍の働き方は未だ変容し続けている状況であり、現時点で結論付けることはできませんが、どういったことが言えるのか、ヒアリング結果を元に考察したいと思います。

<追加ヒアリング結果:コロナ禍において仕事の進め方にどのような変化があったのか? (n=17)>

■コロナ禍における働き方の変化とその影響度

ヒアリングを行った結果、既存事業の拡大・改善に関わる業務と、新規事業の立ち上げ・事業化に関わる業務では、仕事の進め方への影響度が異なるのではないかという事実が見えてきました。

既存事業の拡大・改善に関わる業務では、既に業務システムが最適化されており、KPIに基づき、各人の成果指標が連鎖しているため、対面のコミュニケーションでの関係性構築が難しくなるデメリットよりも、リモートワークによる業務効率化のメリットの方が大きいのではないかと考えます。ただし、業務プロセスが見えづらくなるため、実績評価に重点を置くことになり、結果的に日本の大企業で多く見られるメンバーシップ型の働き方が、ジョブ型へと徐々にシフトするなど、人材マネジメントは変化せざるを得ないと思われます。既にKDDI等、大企業でジョブ型への移行を正式に表明する企業が出てきており、この流れは益々進展すると想定されます。

一方、新規事業の立ち上げ・事業化に関わる業務では、これまで説明してきたように、アイデアコンセプトを作り、事業化の着手を意思決定するまでの初期フェーズ(すなわち、これまで説明してきた戦略立案~意思決定フェーズ)で、非公式な場で信頼関係を築き、その柔軟な関係性から新たなイノベーションの種を生み出すこと、先々に予見される境界課題を克服するためにキーマンと信頼関係を構築しておくこと、が鍵でした。

ただし、オンライン会議では、1対複数の一方通行のコミュニケーションが交互に行われます。また、相手の表情や雰囲気などの非言語情報が伝わりにくく、発言の意図が汲み取りづらくなります。その結果、自由なアイデアから新たなビジネスの種をアートのように紡ぎ出していくプロセスが、オンラインでは取りづらくなります。ブレストをしようにも、1つの話題から議論を発散させることができず、アイデアが生みだしにくくなったという例もありました。このような状態ではキーマンとの情報交換や信頼関係の構築が難しくなり、境界課題がより顕在化し、イノベーションのスピードが失われかねません。

■コロナ禍でバウンダリースパナーはどうすれば良いか

このような状況に対し、バウンダリースパナーはどのように振る舞えば良いのでしょうか。ヒアリング対象者に工夫を聞くと、キーマンにチャットでコンタクトし、雑談のようなやり取りからコミュニケーションの量を増やし、弱い繋がりを構築するようにしている、といった事例が複数ありました。

ただし、それでもやはり1対1のコミュニケーションに限られてしまいます。したがって、新規事業の場合、特に初期フェーズでは、コロナ禍以前と同様、オフラインのコミュニケーションによる関係構築がバウンダリースパナーには必要なのではないかと考えています。

日々変わるコロナ禍の経営環境でも境界課題は確実に現れ、イノベーションを阻害します。今回のような変化は既に現れていますが、体系化したバウンダリースパナーの要件は、このコロナ禍においても適用できると考えます。

今回の事例に基づく研究が、大企業の事業変革を成し遂げようとするミドル/ボトムの従業員の支えになることを願います。

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