バウンダリースパナ―が直面する境界課題とは? #2

バウンダリースパナーとは、提携、M&Aなど、企業・組織同士の関係が複雑化していく中で、「境界を越えて組織/個人をつなぎ、縦横無尽に組織行動に影響を及ぼす者」として、近年重要視されている役割です。全5回の連載で、特に大企業において、なぜバウンダリースパナーが重要視されているのか、バウンダリースパナーはどのような行動を取るのか、どういった要件を満たしているのか、具体的な事例を元に解明をしていきます(第2回/全5回)。

■境界課題とはどのようなものか?

第1回でもご紹介したように、バウンダリースパナーが直面する境界は、『組織の壁を越える 「バウンダリー・スパニング」6つの実践』(クリス・アーンスト 他、英治出版)で挙げられている、5つの境界で整理することができます。

(1) 垂直:トップとミドル、年配と若手、管理者と被管理者、等
(2) 水平:営業と製造等の機能別部門間、第1営業部と第2営業部等のユニット間、等
(3) ステークホルダー:自社とお客様、自社と協力会社、自社とパートナー企業、等
(4) 人口属性:男女間、人種間、大卒と大学院卒、等
(5) 地理:本社と支店間、首都圏と地域間、合併に伴う異文化間、国内と海外、等

出所)『組織の壁を越える――「バウンダリー・スパニング」6つの実践』(クリス・アーンスト 他、英治出版)より

上司の合意を得るような場面での「垂直」の境界、他部署の協力を仰ぐような場面での「水平」の境界など、一つ一つの境界は読者の方も感じたことが多いのではないでしょうか。これらの境界がハードルとなって、イノベーションが阻害された状態が、境界課題が顕在化した状態です。

今回の研究プロジェクトでは事業変革に携わった多くの方にヒアリングをすることができました。ここでは、そのヒアリングに基づく実例を元に、境界課題と、その乗り越え方について、理解を深めてみましょう。

■垂直の境界課題とその解決事例

組織のリーダーは、メンバーに経営理念・ビジョンに沿った行動を、具体的な施策を通して伝えていく必要があります。そのためには経営理念・ビジョンを実現するための経営戦略と、それを支援する人・組織のマネジメントが不可欠です。しかし、これらの整合性が取れていない場合、リーダーとメンバーの間にはコンフリクトが生じ、非効率なコミュニケーションの増加、意思決定の歪み、メンバーのモチベーション低下が起こり、イノベーションが阻害されます。これらが垂直の境界課題です。では、実際の事例と、その乗り越え方を見てみましょう。

<事例>
大手製造メーカA社の経営企画室の担当者Xさんは人工知能技術によって新たな顧客価値が提供できると考え、AI開発企業をM&Aすることで技術資産を内部に取り込む事業計画を立てました。ただし、このようなM&AはA社としても新たな試みであるため、経済合理性を説明するだけでは、意思決定者の事業本部長の心理的ハードルを乗り越えらず、否認されることが予見されました。そこでXさんは意思決定者とその側近のキーマンへの非公式なコンタクトを重ね、雑談に織り交ぜて計画やAI開発企業の実績をインプットすることで案件の唐突感を無くすと共に、事業本部長が頻繁に使う表現・ワードを説明・資料に多用することで心理的ハードルを下げる働きかけをしました。その結果、M&Aを中心とした事業計画の承認を得ることができました。

このように、上長とメンバーでは持っている情報の量や質、責任が異なるため垂直の境界課題が生じます。Xさんは上司とその側近であるキーマンに事前に根回しを行い、承認者への事前の情報インプットにより心理的ハードルを下げることで、課題を克服していました。理だけではなく情に働きかけること、そのために公式と非公式を使い分けることが、境界課題を乗り越える鍵になると言えます。

■水平の境界課題とその解決事例

変化が速く、予測しにくい不確実な環境下で企業が持続的成長を実現するためには、変化を創造する、もしくは変化に対応し、自らを変革していくことが求められます。そのためには、

忘却:既存事業の限界を自覚し、それに捉われず、
借用:既存の知と知を組み合わせたシナジーを高め、
学習:積極的で柔軟な試行錯誤をスピーディに実行し続ける、

ことで、イノベーションを実現する必要があります(『ストラテジック・イノベーション』ビジャイ・ゴビンダラジャンほか著)。しかし、大企業の組織は確立された既存事業の効率化を目指すように最適化されており、組織を超えて借用をしようとすると、組織間の意見・態度・要求が相反し、コンフリクトが生じて協働が阻害されます。これが水平の境界課題です。では、実際の事例と、その乗り越え方を見てみましょう。

<事例>
大手医薬品メーカの営業企画担当者のYさんは、規制緩和をきっかけに事業成長を図る新たな事業モデルの構築を推進していました。実行するためには、各支店の営業部隊の協力を仰ぐ必要がありましたが、営業部隊は支店での売り上げをKPIとしており、過去の経験から積極的な協力は得られないことが予見されていました。そこで、Yさんは、各支店を行脚し、事業モデルの構築で成し遂げたビジョンを伝え回ると共に、実行に必要な知識・具体的な実行プロセスに関する勉強会を開催しました。また、依頼があれば、顧客に同行訪問する、販促資料作成を支援するといったことだけでなく、個々の営業部員の記念日を祝う、個人的な相談にも積極的に乗るなどして、信頼関係を構築していきました。その結果、営業部隊の6割が積極的に取り組みを進め、新たな事業モデルを構築することができました。

このように、異なるKPIを持つ他部門と協働する場合、その合理性を説くだけでは、他部門での協働の優先順位が上がらず、水平の境界課題が生じます。そのような中、Yさんは自ら現場で実践しながらビジョンを共有し、実行環境の整備を行うと共に、個々の営業マンと信頼関係を築くことで心理的ハードルを下げ、課題を克服していました。垂直の境界課題と同じく、ここでも、理と情、公式と非公式の使い分けが、境界課題を乗り越える鍵になると言えます。

■複合的な境界課題を解決するためにはどう動けばよいか?

これまで境界課題とその乗り越え方の実例を見てきましたが、大企業でイノベーションを実現しようとすると、これらの境界課題はイノベーションの各プロセスで形を変えて複合的に現れます。このような煩雑な状態で、バウンダリースパナーは日常的にどう振る舞い、かつ各々の難所でどう行動すべきでしょうか。

第3回では、大企業のイノベーション文脈で、バウンダリースパナーが境界課題を克服して、イノベーションを実現した事例を元に深掘りします。

RELATED CONTENTS