バウンダリースパナーとは、提携、M&Aなど、企業・組織同士の関係が複雑化していく中で、「境界を越えて組織/個人をつなぎ、縦横無尽に組織行動に影響を及ぼす者」として、近年重要視されている役割です。全5回の連載で、特に大企業において、なぜバウンダリースパナーが重要視されているのか、バウンダリースパナーはどのような行動を取るのか、どういった要件を満たしているのか、具体的な事例を元に解明をしていきます。(第3回/全5回)
■大企業の事業変革を進める上で生じる境界課題
これまでの連載では、大企業のイノベーションを加速するためにバウンダリースパナーが必要とされる背景(第1回)と、具体的な境界課題とその乗り越え方(第2回)を、実例を元に説明してきました。
今回、事業変革に携わった方にヒアリングした中で分かってきたことは、大企業で事業変革を進めようとすると、境界課題が複雑に絡み合って現れるということです。そのような中、バウンダリースパナーは、どのように境界課題を見つけ、克服し、イノベーションを加速して事業変革を成し遂げるのでしょうか。今回は、実際に大企業でイノベーションを加速させ、新たな事業を創り、事業変革を実現した実例を元に深掘りします。
■イノベーションを加速させるカギは境界課題の先読み<総合家電メーカーX社の事例>
結論から述べますと、そのカギは「事業変革を進める上で、生じる境界課題を先読みし、予め手を打つこと」です。え?どうするの?という疑問が浮かびますね。今回は、実務レベルでその行動を読み解き、マネをして実践できるようにしたい!というのが目標です。早速実例を見て、その行動を読み解いていきましょう。
<実例:計画フェーズ>
大手総合家電メーカX社の商品企画担当者のAさんが、既存事業の商品技術を活かした商品を企画しました。この商品をリリースすることができれば、新たな顧客を開拓し、事業化できると考えたAさんですが、これまでアイデアは良いのに、社内の関連部門の合意を得られず、商品化すらできない事例を多く目の当たりにしてきました。新規顧客へ提案をするためには、エンジニア・営業部門の協力が必要であるものの、エンジニア部門のKPIが商品リリース件数・開発計画遵守率、営業部門のKPIが売上高であるため、結果的に効率の良い既存商品の改造と既存顧客への拡販が優先されてしまうためです。
そこで、Aさんは最初にキーパーソンを巻き込むことを考えました。まず、エンジニア部門のBさんに非公式に頼み込み、何とかプロトタイプの製作をお願いしました。また、そのプロトタイプを元に、実際に顧客にヒアリングするため、営業部門のCさんに、同じく非公式に頼み込み、新たな顧客へのアプローチをお願いしました。
Aさんは、普段からBさん・Cさんと公式・非公式のコミュニケーションを重ねるとともに、メールが来たら24時間以内に返信する、頼まれ事は毎回誠実に対応をするなどの地道な努力を積み重ねて信頼関係を築いてきました。そんなAさんが熱意とともにビジョンを語る姿を見て、Bさん・Cさんは心を動かされ、見事2人の協力を得ることができました。
Aさんのチームはプロトタイプを元に、顧客とトライ&エラーを繰り返しました。Bさん・Cさんは、アイデアが具現化するプロセスを体感することで、ますます積極的に取り組んでくれるようになりました。その結果、顧客と共に商品のコンセプトモデルを作り上げることができました。
さらに、Aさんは、この段階で先々の量産化ステージを見据え、KPIが生産効率である製造部門からの反発を予期し、外部の製造委託先の選定を終えました。
<実例:承認フェーズ>
次は、商品のコンセプトモデルを元に、事業部から量産設計着手の承認を得るフェーズです。量産設計段階では、エンジニア・営業部門のレビューを経て、最終的に事業部長が意思決定をします。
まず、AさんはBさんと共に、レビュアーの中でも影響力のある営業部長に事前にコンタクトしました。普段から営業部長の信頼を得ているBさんが、市場の魅力度・競争優位のシナリオを、顧客の生の声を交えながら説明することで、営業部長は「新しいビジネスだが、Bさんが言うならやってみよう」と思うようになり、実行の承認を得ることができました。そして、この結果を元に、他の関連部門のレビューを進めることで、製造・品質保証部門からも同じく承認を得ることができました。特に製造部門のレビューにおいては、既に計画フェーズで外部への製造委託先を選定していたため、リスクは低いと判断され、問題なく承認を得ることができました。
さらに、Aさんのチームは、プロトタイプを常会などの場でこまめに報告・展示して商品企画の認知度を高めること、企画の説明時に事業部長が頻繁に使うキーワードを多用すること、事業部長との雑談の場で少しずつインプットすることで、事業部長の唐突感を和らげ、承認の心理的ハードルを下げる働きかけをしました。その結果、見事に量産設計着手の承認を得ることができました。
<実例:実行フェーズ>
量産設計を進めると共に、営業・製造・品質保証部門と量産化・拡販を実行するフェーズです。顧客と共に商品のコンセプトモデルを作り上げてきたことから、顧客開拓の仮説ができており、更に営業部長の後ろ盾もあるため、積極的な顧客へのアプローチを展開することが出来ました。また、製造委託先の活用によって、既存商品の生産性低下への対策もできていたため、関連部門とのコンフリクトを生じることなく、シナジーを活かした取り組みが可能となりました。結果的に企画着手から、わずか1年で商品リリースすることができました。
この後、リリースした商品を量産化・拡販するフェーズがあったものの、関連部門のコンフリクトが生じていないため、既存事業の強みである「効率化」のノウハウが最大限に活かされることとなり、商品リリース後、売上は飛躍的に成長し、世界的に認知される新事業となりました。
■境界課題を先読みするためにはどうすればよいか?
この実例では、Aさんがバウンダリースパナーとして、事業変革の各プロセスで生じる境界課題を、リアクティブに対処するのではなく、先読みし、プロアクティブに手を打っていました。それによって、関連部門の協力を得やすくなり、上長の意思決定もスムーズに行われていました(水平/垂直の境界課題の克服)。
では、Aさんのように、境界課題を先読しようとすると、何が必要でしょうか?この実例から考察されるのは以下2点です。
1つ目は、自身の経験はもちろん、自社での過去の新商品開発・事業変革の失敗事例から学ぶことです。境界課題の現れ方、商品開発・事業変革の進め方などは会社により大きく異なります。過去の失敗事例から「なぜうまくいかなかったのか?」を深掘りし、原因を理解することで、自社の境界課題に事前に対処しやすくなります。
2つ目は、社内政治や社内力学を理解することです。「誰がこの部署のキーマンなのか?」「経営層は何を意思決定のポイントとして重きを置いているのか?」などの情報を得ることは、大企業の事業変革を進める上で重要なポイントです。それによって、理と情、公式と非公式を使い分け、キーマンと事前に信頼関係を築き、時には根回しすることが可能になります。
ただし、もちろん、それでも想定しない境界課題が生じる場合はあります。その場合は、傷口が広がる前に、スピーディーに対処することが重要です。
例えば他の新規事業立ち上げの実例では、実行フェーズで関係部門同士のコンフリクトが生じると、既存組織内ですぐに伝播し、事業変革が失速する要因になるため、実行部隊のメンバーとオン・オフ問わずに接する機会を増やして関係構築に努め、関係部門のコンフリクトの発生を即座に察知できる状況を作り出し、必要に応じて現場での実践で境界課題に対処していました。また、実行部隊のメンバー自身もフォロワーとなって境界課題に対処できるよう、自らの知識を共有するための勉強会を開催する、もしくは直接の現場指導によって成功モデルを体験してもらう等によって、事業変革が現場に定着する工夫をしていました。
このように、バウンダリースパナーは、予め対処できなかった境界課題の存在を認識できるように常に注意を払い、必要に応じて現場での実践で境界課題の拡大を食い止めて変革の失速を回避すること、また、現場のキーマンを巻き込み、そのキーマン自身が境界課題に対処できるような支援を行うことも必要だと言えます。
ここまで、バウンダリースパナーが境界課題を先読みしてイノベーションを加速するための行動を、実例を用いて読み解いてきました。この行動の再現性を高めるためには、その要件を体系化する必要があります。次回、具体的に体系化を進めていきましょう。
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第1回:大企業のミドルは、イノベーションを起こせないのか?「バウンダリースパナー」の役割
第2回:バウンダリースパナーが直面する境界課題
第4回:大企業のバウンダリースパナーに求められる要件
第5回:バウンダリースパナーの育成方法とコロナ禍における変化