藤井聡太棋聖誕生に見る「フリーランス化時代のリーダーシップとフォロワーシップ」

棋士というフリーランスの緩いつながりにもたらされる全体最適

さる7月16日、将棋の藤井聡太七段が渡辺明棋聖を3勝1敗で破り、新棋聖となりました。17歳でのタイトル獲得は史上初ということで、ワイドショーなどでも大きく取り上げられました。暗いニュースの多い昨今、明るいニュースとしても注目を浴びました。

さて、藤井新棋聖のエピソードについては多くが語られていますので、ここではビジネス的な観点からこの出来事を振り返ってみましょう。筆者が面白いと感じたのは、彼に対する周りの棋士の態度です。

棋士という職業はしばしば、「強くさえあればいい」「強い人間が正義」と錯覚されることもありますが、それは誤解です。棋士の仕事は対局に勝つことだけではなく、「普及」というもう1つの大きな要素があります。普及とは通常のビジネス用語でいえば「プロモーション」「業界の拡大」と言ってもいいでしょう。

どれだけ強くても、スポンサーがつかなければ棋士にお金は入ってきません。スポンサーがつくためには良い対局をすることはもちろんですが、地道にファンを増やす活動も必要です。具体的にはイベントに積極的に参加したり、マスコミで情報発信したりすることです。ビジネス的にいえば、それが将棋のマネタイズの重要な要素なのです。現在は、新聞社やタイトル戦の冠スポンサーが主要なスポンサーとなっています。今回の棋聖戦(正式名称はヒューリック杯棋聖)であれば、産経新聞やヒューリックがスポンサーになります。

ところで棋士というのは面白い仕事で、基本的には個人事業主の集まりのようなものです。その意味ではプロスポーツ選手に似ているのですが、たとえば「福岡ソフトバンクホークス」といったチームに所属しないという点が特殊です。それゆえ、給与などは将棋連盟から支払われますが、基本的に「チーム」という概念はほぼありません。気が合う仲間同士、練習将棋や研究をして切磋琢磨することはありますが、対局となるとやはり個人単位なのです。

将棋連盟は会長(現在の会長は佐藤康光九段)や理事のいる組織ではありますが、会長だからと言って「上司」という意識はほぼなく、個人事業主を束ねる幹事役と言った方が適切でしょう。

これはやや特殊な社会にも見えますが、実はこれからの「フリーランス化」時代を先取りしているとも言えます。緩く結びついたプロ同士が、時にはリーダーシップをとり、状況が変わればフォロワーシップを適切に発揮することが、全体最適をもたらすからです。

藤井新棋聖に対する気配りは業界全体のプロモーション

今回、藤井新棋聖誕生までに見られたエピソードをいくつか紹介しましょう。

・「封じ手」をチャリティーオークションへ
棋聖戦と同時進行で進んでいる王位戦第2戦において、木村一基王位が、「封じ手」(2日制の対局で、翌日の1手目を秘密にしておくための手法)の封筒を通常は2通用意するところ、3通にし、その1通を災害にあわれた方のためにチャリティオークションに出すことを提案し、皆賛成した。この封じ手は、藤井棋聖(当時は七段)の人生初の封じ手で、ある程度の価格が付くことが予想された。

→これはベテランでもある木村王位が、後輩を立てつつ、業界のイメージ向上にリーダーシップを発揮した例と言えます。

・渡辺棋聖(当時)が、第1戦の昼食に最も高価なメニューを注文

→後輩はなかなか先輩より高いメニューを頼みにくいものです。余計な気遣いをさせないために、自分は一番高いものを頼み、藤井七段(当時)の選択肢を広くしたわけです。ちょっとしたことのように思えますが、昔は盤外戦(盤上の戦い以外の駆け引き)を多用して相手を精神的に参らせるということはよくあったことです。頭脳ゲームゆえ、メンタルのダメージが効いてくるのです。将棋界のレジェンドである大山康晴15世名人も、そうしたテクニックを多用しました。しかし渡辺棋聖はそうしたやり方は一切否定し、盤の上の勝負だけに集中できる環境を作ったのです。これも良きリーダーシップと言えるでしょう。

・橋本崇載八段による感想戦の辞退
橋本崇載八段が、タイトル戦の間に行われた藤井七段との対局で敗れた後、「藤井七段も疲れているだろうから」と感想戦を辞退した。

→感想戦とは局後に、勝者と敗者がお互いの読み筋を披露しつつ対局を振り返ることです。これは強くなるためには不可欠の行いであり、特に負けた側にとっては大事な営みです。しかし橋本八段はこれを辞退し、相手の疲労を回避したのです。段位や経験でいえば橋本八段の方が上だったのですが、現在の実力は藤井七段が上回っていることは衆目の一致するところです。これは未来のスターである藤井七段が働きやすいように橋本八段がフォロワーシップを発揮したとも言えます。一方、今回は藤井七段に敗れた渡辺棋聖は、敗れた対局の感想戦でも、悔しさを押し殺しながら読み筋をしっかり分かりやすい声で話されていました。これは自分が強くなるためでもあるのですが、やはり将来のスターに向けた配慮と見ることもできますし、業界のクリーンさを訴えたものとも言えます。

その他にも、藤井棋聖の足を極力引っ張らず、むしろ実力をしっかり発揮させるような配慮が各所で見られました。スターに恩を売っておいて損はしないという側面も多少はあったかもしれませんが、足のひっぱり合いではなく、最高級のフェアな対局を見せることが業界の発展につながると皆が意識していることが傍目にもわかりました。マイナスサムではなく、プラスサムの方向に皆が意識を向け、各自ができることをするということです。実際には聖人君子ばかりではなく、ドロドロした部分もなくはないのですが、少なくとも一流レベルはそうした意識も高いからこそ仲間にも慕われて切磋琢磨の機会が増え、一流にとどまれるのです。

今後、「上司と部下」という関係ではなく、対等の関係で働く機会はますます増えます。ちょっとした気配りも含めて、その時にどれだけ臨機応変にリーダーシップとフォロワーシップがとれるかは、これからの社会にとって大きな課題になるでしょう。そのヒントを得られた今回の藤井棋聖を取り巻く人々の行動でした。

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