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ポートフォリオ経営を支える経営システムと組織――AGC CFO宮地氏に聞く  Vol.1

投稿日:2023/12/13更新日:2023/12/16

既存の事業の深化と、新規事業の探索の「両利きの経営」を実践し、イノベーションを起こし続けてきた世界に誇る素材大手メーカーのAGC。25年近く、経営企画、CFOなどの立場からCEOを支え、共に経営システムの整備、組織改革に取り組んできたCFOの宮地伸二氏に「両利きの経営」の成功要因について伺った。(全3回、第1回)

早くからEVAとカンパニー制を導入し、5年ほどかけて整備した

板倉 御社は両利きの経営で成功された数少ない企業だと思います。まずお聞きしたいのですが、事業や組織を変革していくにあたって、一番大事なポイントはどこだったのでしょうか?

宮地 私たちは、長年に渡って経営システムを進化させてきました。ガラスや化学、電子など性質の異なる領域を多数扱っていたので、昔から事業部制を取っていました。

私が経営企画に配属になった1990年代後半は、企業価値経営の重要さが日本でも認識され始めた時期で、そのために、弊社も経営システムを価値ベースで作り直す必要に迫られていました。1998年にはEVA(経済的付加価値)を導入するプロジェクトがスタートし、私もメンバーとして加わりました。EVAを導入すると、個々の事業単位での事業価値を数字で測ることができ、例えば、バリューポートフォリオのような仕組みでの議論も可能になります。日本企業では花王さんと同じようなタイミングだったので、かなり早い導入企業だったと思います。

そこから、ポートフォリオの構成要素であるビジネスユニットを定義して、ビジネスユニットごとに営業資産を把握し、それぞれのEVAを算出できるように経理システムもSAPを新規導入して、いちから作り直しました。

同時期に、弊社において、経営システムを大きく変える必要のある変化がありました。それは、欧州の大手ガラスメーカーの完全子会社化でした。この会社の規模は非常に大きく、弊社の創業時においては技術を教えてもらった先生のような存在でもありました。この会社を2001年に完全子会社化することが決定したことで、グローバル経営体制を一気に進化させる必要に迫られました。これまでの単体中心経営から、真のグローバル経営に移行することで、グループ全体のシナジーを最大化させるということが目的でした。

そこで、グループビジョンの策定や、カンパニー制の導入、執行役員制度の導入など、現在につながる経営システムを短期間で整備しました。

板倉 カンパニー制など、経営システムを考える上でのポイントは何だったのでしょうか?

宮地 コーポレートの役割をどのように定義するかが、最も重要なポイントでした。
当時考えたコーポレートの基本的な役割は、シンプルに言えば、複数の事業を束ねてコーポレートバリューを最大化させることをミッションとするというものです。知見をもって事業間のシナジーを効かせることにより、投資家が直接ポートフォリオを組むよりも、全体のバリューを大きくできるわけです。

そのためコーポレートは、企業価値を最大化するための組織体制を構築し、それを支える経営システムを整備しなければなりません。事業部間のシナジーが最も創出できる事業の組み合わせをコーポレートが考えて、それを社内カンパニーとして組織化します。現在は、6つの社内カンパニーが存在しますが、ひとつのカンパニーは概ね売上規模が2000億円から4000億円というサイズです。

一方、事業サイドの長である各社内カンパニープレジデントのミッションは、コーポレートから負託された事業の価値を最大化し、カンパニーの事業価値を最大化することです。

コーポレートは常に金融マーケットと対峙するため、金融マーケットを上回るバリューが出せるように、事業部間のシナジーを創出することが求められます。また、各事業に対しては、常にベストオーナーであるか否かを問いつつ、知見をもって事業ポートフォリオの組み替えを実行しなければなりません。ハイリスクハイリターンになり過ぎないと同時に過度に保守的になり過ぎない、全社最適のポートフォリオを考えることが重要です。

また、カンパニー単位では決断できる投資額も限界があり、大きなリスクテイクはなかなか決断できない、あるいは自分の担当する事業の撤退を意思決定することはなかなか難しいという面もあります。
さらに、カンパニーとカンパニーのハザマに落ちてくる案件をどう扱うかという問題もあります。そういった面を補う仕組みを作るのもコーポレートの重要な機能です。

そういった機能を、ポートフォリオの入れ替えを可能とするアセットの分け方や、事業評価の仕組み、意思決定の構造など、ガバナンスを含めた経営システムとして整備していくことが重要と考えました。

板倉 早くからEVAやカンパニー制に着手して、変化へ柔軟に対応できる体制を整備されていますが、どのくらいの年月をかけて整えられたのですか?

宮地 最初の枠組みは1、2年で作り、その後、人事施策などまで展開するためには5年程度はかかりました。

コーポレートは小さいが、パワフルで、ピュアな機能を持った組織に

 板倉 金融マーケットが求めるパフォーマンスと、社内で求めるパフォーマンスを対比させて、金融マーケットが求めるパフォーマンスよりも高いバリューを目指そうとされてきた。理屈で言えば、本当にその通りだと思うのですが、その発想に至った契機として何かあったのですか?

 宮地 当時、SONYさんが執行役員制を導入された時期だったと思います。私も経営企画のメンバーのひとりとして参加した自社会議で、コーポレートとカンパニーの関係性や構造をみんなで話し合う中で、当社では「この仕組みが正解だろうね」という結論に至りました。

当時の社長のガバナンス改革に対する強い意思もあり、今思えばやや理想が先行し過ぎたきらいがありますが、かなり思い切った構造に舵を切りました。

移行当初はコーポレートを非常に小さな組織にしました。主たるコーポレートファンクションを戦略的に機能させるために、通常の経理財務部門から「財務企画」を、人事部門からは「人事企画」を切り離すなどした上で、50歳前半の執行役員になりたての人財がコーポレートの部門トップに配置されました。
一方、その他の人事、経理、総務などの既存の部署はシェアードサービスにして、名称は「○○センター」にして組織を設計したのです。

板倉 宮地さん自身も、ピュアなコーポレート機能を望んでいたわけですね。

宮地 当時私は40歳前後で、6年間その仕事を中心にやっていて、そういう仕組みや体制をずっと考えていました。小さくて強力なコーポレートの下、カンパニーが実施できることは極力カンパニーが実施する体制が望ましいと思っていました。

一方で、当時、経営陣との間で認識を合わせたのが、ホールディングス制(純粋持株会社制)には移行しないということです。
ピュアなコーポレート機能を追求すると、ホールディング制への移行がひとつの案となります。しかしホールディングス制にすると、ホールディングス側と事業側、事業部間に見えない壁が生まれ、全体のシナジーが生まれなくなる、また全ての事業部が小さくまとまってしまって、経営としてのダイナミズムが失われてしまうと考えたからです。それぞれの社内カンパニーの売上が2000億円から4000億円程度という中途半端な規模ということも理由のひとつです。

理想と現実の間で、最適な日本企業ならではの組織体制を整備

板倉 その後もそれらの思想は引き継がれている一方、変化もあったのではないでしょうか。

宮地 実際に移行すると様々な問題も出てきました。まず、ピュアなコーポレートとシェアードサービスの組織分離については、その後一部変更しています。もちろん、経営企画などピュアなコーポレート組織は今でもありますが、経理財務や人事などは組織的には一体化され、その中の機能としてコーポレートとシェアードサービスがあるという体制になっています

板倉 それは、指揮命令系統が円滑に進むという点、そこのポジションに就く人の育成という点で、組織を一体化した方が結果的には最適だという判断をされたのでしょうか。

宮地 組織を分離したことによって、組織運営が非効率になり、組織間で壁が出来るという弊害が出てきました。また、配置を含めた人財育成が難しくなる、シェアードサービス部門の所属員のモチベーション維持の難しさなども理由です。

板倉 先ほど人事システムも作り直したという話をされていましたが、その点についてはいかがでしょうか?

宮地 グローバル一体経営の思想の下、人事制度も2000年代半ばに、グローバルベースでのジョブグレード制に移行しました。これも日本企業では先進的であったと思いますが、日本企業ならではの難しさもあり、試行錯誤の連続で現在に至っています。

弊社グループの従業員は世界に6万人弱居ますが、約8割は海外従業員です。その全てについて、一定以上のポストについてはジョブの役割を記述し、その責任の大きさによって、ジョブサイズが決まり、報酬額に反映される仕組みになっています。その役割によって適所適材の人財を配置するという思想で、基本的には年功序列とは全く異なる考え方です。

しかし、日本の企業がこの思想を完全に貫くのはなかなか難しいと思います。弊社においても、大学卒業後の一括採用は継続していますし、年功序列的な要素は完全には払しょくできていません。特に、配置の結果や役割の変化によって降格してもらう際の処遇や、過去の業績をどのように処遇に反映させるかという点は難しいですね。特に人財マーケットが未整備な日本では、各企業ともに同じような悩みがあるのではないでしょうか。
それでも、弊社は出来るだけ、当初の思想は維持するという考え方で運用しています。

板倉 そういう状況ながらも、基本的な考え方は変えないで現実的な運用をされていることが、今のお話を聞きながら分かりました。

今はコーポレートガバナンスという言葉も一般的ですし、形式的には統合報告書などで綺麗にまとめている企業も多いと思います。ただ、中の人の話を聞くと「見た目ほどうまくいってない」といったこともよく聞いていて、それをくぐり抜けてきたのが、AGCさんの考えた組織体制や経営システムの運用だと思います。

宮地 「くぐり抜けた」というわけではないですが、弊社のガバナンスは、1990年後半ぐらいから考えてきたので、約25年間のノウハウの蓄積があります。それは四半世紀にわたって、日本企業として折り合いをつけながらやってきたということでもあるわけです。それに、これまでのやってきたことの基本的な部分は残した上で、今でも発展させている点が大きいと思います。

つづく

  • 宮地 伸二

    AGC株式会社 代表取締役 兼 副社長執行役員

    1990年 旭硝子株式会社(現:AGC株式会社)入社 2006年 AGCエレクトロニクス社 プレジデント&CEO 2008年 新事業推進センター長 2010年 執行役員社長室経営企画グループリーダー 2011年 Harvard Business School AMP 修了 2012年 執行役員AGC フラットガラス・ノースアメリカ社 シニアバイスプレジデント 2013年 執行役員ガラスカンパニー北米事業本部長 兼AGC フラットガラス・ノースアメリカ社 プレジデント&CEO 2014年 執行役員電子カンパニーエレクトロニクス事業本部長 2015年 取締役兼常務執行役員CFO、経営企画部長 2018年 代表取締役兼専務執行役員CFO、CCO 2020年 代表取締役兼副社長執行役員CFO、CCO、経営企画本部長 2023年 代表取締役兼副社長執行役員CFO、CCO(現)
  • 板倉 義彦

    株式会社グロービス マネジング・ディレクター

    アグリビジネスの大手企業で商品企画、および生産企画での経験を積んだ後、IT業界に転じて製造業向けソフトウェアの営業・導入コンサルティング、および不採算営業部門の組織改革にリーダーとして携わる。
    その後、グロービスのコーポレート・エデュケーション部門にて、自動車業界を中心に様々な業種・業界のクライアントに対して、人・組織能力開発のコンサルティング活動に従事。
    中部エリアの法人事業統括、新サービス開発、部門の経営企画を歴任し、現在は、マネジング・ディレクターとして人・組織能力開発のコンサルティング部門の経営を担う。
    経営戦略ファカルティ・グループ所属。
    国立東京農工大学 農学部卒業、豪州 ボンド大学経営大学院修了(MBA)、英国 ロンドン・ビジネススクール SEP(Senior Executive Program)修了

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