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AGCでのポートフォリオの組み換えの実際――AGC CFO宮地氏に聞く  Vol.3

投稿日:2023/12/15

既存の事業の深化と、新規事業の探索の「両利きの経営」を実践し、イノベーションを起こし続けてきた世界に誇る素材大手メーカーのAGC。25年近く、経営企画、CFOなどの立場からCEOを支え、共に経営システムの整備、組織改革に取り組んできたCFOの宮地伸二氏に「両利きの経営」の成功要因について伺った。(全3回、第3回。前回はこちら

適社性を前提とし、戦略整合性とポートフォリオ上の役割に応じたパフォーマンス評価が重要

板倉 少し話を戻すのですが、事業ポートフォリオの組み方で、何を入れて何を残すか、そしてどういう事業の組み合わせで組織運営するのかは、製造業を中心にトライされている企業が結構出てきているようです。しかし同時に、それをうまくマネジメントできない企業も多いように思います。貴社では、そのポートフォリオの組み方で工夫されていることはありますか。

宮地 まずは「適社性」が無い事業はやらないというのが大前提です。「適社性」を判断する上では、会社としての「戦略整合性」があるかどうかが、一番大事なポイントです。その上で、ポートフォリオ議論をするための適切な事業単位を設定し、その事業単位をポートフォリオ上の役割に応じて適切に評価できる構造を作らないといけません。

板倉 「適社性」を考えるとはどういったことか、もう少し詳しく教えてください。

宮地 会社として事業経営する知見があるのか、意義があるのか。自分たちがベストオーナーなのかどうかということを常に問うということです。もちろん、戦略の変更によって「適社性」も変わる可能性はあります。

「適社性」が無い事業とは、そもそも本業と関連性が無い「飛び地」事業であるとか、会社としてその事業を発展させる能力が無い事業ということです。そういう事業がグローバル競争の中で勝てる理由は無いと思います。まず、適社性があるかどうかということを前提にポートフォリオを考える必要があります。

板倉 実際のポートフォリオ運営の中で難しい点はどういったところでしょうか?

宮地 ポートフォリオ経営というのは、事業部の役割を明確にする。つまり、投資を抑制してキャッシュを創出する事業か、投資を継続して更に拡大を目指す事業か、これから先行投資をして新規に成長させる事業か、撤退や売却すべき事業か、各事業の役割を明確にして、資源配分をするということです。

成長している事業に投資をするという意思決定は余り難しくない場合が多いと思います。撤退・売却については、過去の歴史や雇用などでなかなか踏み切れないということもあるかもしれません。

しかし本当に難しいのは、投資を抑制しつつもキャッシュの創出を期待している事業にまつわる意思決定です。キャッシュ創出が期待される事業への投資を抑制し過ぎると、その事業はやがて競争力を失うことになりますし、長期に投資をしないということは、その事業にとってはベストオーナーでは無くなったということを意味します。実際には、この辺りの判断が一番難しいと思います。

板倉 撤退・売却よりもキャッシュ創出期待事業の方が難しい判断が必要というのは意外です。

宮地 A社はその分野に積極的に投資をして、戦略的に拡大させようとしている、一方でB社はその事業にキャッシュ創出を期待して投資を抑制している。その場合、その事業にとって誰がベストオーナーということになります。戦略整合性、今後の事業環境の変化などを常に考え、事業を引き続き自社で運営すべきかどうか判断し、売却するのであれば、最も適切なタイミングで実施する必要があります。

AGCでも5年ほど前に欧州の化学品の大手企業からタイの上場子会社を買収しましたが、このケースはまさにA社がAGCであり、B社が売却元でした。また最近では、建築用ガラスを手掛ける北米のAGC子会社を同業大手に売却しました。このケースはA社が売却先であり、B社がAGCでした。この子会社の収益性は決して悪く無く、安定していましたが、AGCとしてはこの事業を成長させるビジョンを描けずにいました。

両ケースともにマネジメント、従業員ともに継承された上に、これまで抑制されてきた投資が実行され、事業が大きく拡大しています。長期的に見れば、その事業にとっても従業員にとっても良い選択だったということだと思います。多くの日本の経営者は事業を売却することや撤退することに躊躇し過ぎている感じがします。

日本の経営レベル向上と共に、コーポレート組織も進化と深化が求められる

板倉 ポートフォリオ経営を浸透するために必要な時間軸はどうお考えですか?

宮地 弊社のような製造業は10年以上の時間軸で長期経営を行うことが重要と思います。日本企業のほとんどは、3年ごとの中期経営計画を回して、6年ぐらいでCEOを交代するサイクルになっています。これでは規模感のある会社の変革は難しいと思います。

ポートフォリオ転換を伴うような変革を定着させるためには、最低でも10年は必要だと思います。弊社では、ポートフォリオ転換を推進する過程で社長交代がありましたが、「タスキをつなぐ」形で大きな方向性は変えないで経営が継承出来ています。これぐらいの期間続けられると、具体的な成果が出せると思います。

板倉 ポートフォリオ経営を推進することや、経営システムを進化させるに当たっては経営企画などのコーポレート部門の役割も重要だと思いますが、いかがですか?

宮地 海外では大きな経営企画部門などはありませんから、日本の特殊性という面もあります。最近まで、日本では経営者に求められる要件としてのスキルやキャリアという議論が少なすぎました。それが故に、日本企業の中には財務や経営管理的な知見の無い人が突然社長として全社経営を担うということも珍しく無かったと思います。結果、経営企画などの部門に経営ノウハウが蓄積され伝承され、今の日本企業のコーポレート組織に繋がっているという見方も出来るかもしれません。

しかし近年、日本でも取締役会に指名委員会が設置され、その中で経営者に求められる資質、知見、キャリアなどの要件が活発に議論されるようになってきました。そこで選ばれた人財が経営をしていくのですから、日本企業全体の経営のレベルは更に上がって行くことは間違いありません。その経営を支えるコーポレート組織もより一層の進化と深化が求められるようになると思います。

板倉 御社が早い時期から取り組まれてきたポートフォリオ経営や、カンパニー制などの経営システムが、両利きの経営を進めていく上で非常に大事だったということがよく分かりました。さらなる事業成長に向けて、企業変革に挑んでいる企業にとって、ためになる話を深く聞くことができました。どうもありがとうございました。 

宮地 こちらこそ、どうもありがとうございました。

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