⼤丸松坂屋百貨店が2021年3月にスタートしたファッションサブスクリプション「アナザーアドレス」が好調です。海外のラグジュアリーブランドを豊富に備えるハイエンドなラインアップで、開始後1年を経過した2022年2月時点の会員数は6700人超、累計レンタル数は2万着と、事業計画を大きく上回って推移しています。
また、2020年にスタートしたパーソナルスタイリングサービス「DROBE」も2年間で会員数10万人(2022年4月時点)を突破しました。こちらは三越伊勢丹ホールディングスの新規事業プロジェクトから生まれた事業です。
一方、過去には似たようなコンセプトでありながら、短期間で消えていったサービスも存在します。ファッションサブスクの変遷を追うと、2019年頃を境に新たなステージへ突入したことが見えてきます。一体何が変わったのか、新しいステージへの移行を促したものは何なのか、代表的なサービスを追いながら考察したいと思います。(全2回、前編)
ファッションサブスク業界-定額レンタルか、スタイリングか
「サブスク」が流行語大賞にノミネートされ、にわかに社会の注目を集めたのは2019年のことですが、ファッションサブスクの歴史は意外と長いです。
2015年2月に日本で初めてファッションレンタルを開始した「エアークローゼット(以下エアクロ)」は、2022年2月の会員数が70万人と日本最大規模のサービスに成長しました。300ブランド、30万着という豊富なアイテムの中から、月額10,780円で3着借りることができ、借りる服は利用者の好みに合わせてプロのスタイリストが見立ててくれます。
同じく2015年にスタートした「メチャカリ」は、欅坂46のCMで当時まだなじみの薄かった定額洋服レンタルサービスの認知度を高めた草分け的存在です。2019年12月時点の会員数は3万人。カジュアル服が中心で、月額6,380円で3着借りられます。アパレルメーカーならではの利点を活かし服は全て新品で提供され、ユーザは自分で好きな服を選びます。
出典:公開情報を元に筆者作成
これらは洋服を定額でレンタルするサービスですが、一方でスタイリングやコーディネートを中心とするサービスもあります。
例えば、2018年2月にスタートしたZOZOの「おまかせ定期便」がその例です。利用者が事前に登録したデータを元に、ZOZO TOWNで扱う数十万点の商品(新品)の中からコーディネートした数点が1~3ヶ月ごとに送付されます。利用者は気に入った品があれば購入し、不要な品は返送します。費用は購入代金のみで、コーディネートフィーや送料はかかりません。洋服を購入することを前提とした、スタイリング&試着サービスといった位置づけです。
ここまで見てきた3つのサービスのうち、定額レンタルの「エアークローゼット」「メチャカリ」は現在でも継続していますが、スタイリングの「ZOZOおまかせ定期便」は開始1年後の2019年4月に終了を迎えてしまっています。両者にはどのような違いがあったのでしょうか?
出典:公開情報を元に筆者作成
2019年までの成否のカギは“日常性”
定額レンタルもスタイリングも、購入するよりリーズナブルに利用でき、入手や維持にかかる手間が少ないという点では、どちらも十分にニーズがあるサービスのように感じられます。
例えば、定額レンタルでは数万円もする服を月々数千円~1万円で好きなだけ借りられるし、洗濯や収納といったメンテナンスも不要です。日常的にたくさんの服が必要な(例えば毎日職場に通う)人にとってはとてもありがたいサービスでしょう。スタイリングサービスも、プロにアドバイスを受ければ数時間で数万円のフィーがかかるのが一般的なところ、洋服の購入費のみで無料で受けられるとすればかなりの経済メリットになります。店舗に出向く必要もなく、自宅で試着できる点もありがたいところです。
だがもう少し踏み込んで見てみると、ある点において両者には大きな違いがあることに気づきます。それは「日常性」です。
服を持つことに対する「日常」的な不満
服を持つということは、気づかないところで手間がかかっているものです。例えば、気候の変化に合わせて夏服と冬服を(時にはもっと頻繁に)入れ替えたり、要らなくなった服を処分したりする必要もあります。最近ではトランクルームやフリマアプリといった便利サービスの選択肢も増えたものの、利用するには検討や申込み手続きが必要になります。着る頻度の減った服を眺めつつ、捨てようか、売ろうかと悩む時間もある意味ではコストだと言えます。
こういった日々の目に見えない手間や時間は、解消されることで初めて可視化され、それに気づいたユーザにとっては価格以上のメリットとして感じられます。実際「持たなくてよい気楽さ」がサブスクの一番の価値、という声は多く聞かれます。
提供者目線で見ると、サブスクとは一度きりではなく、顧客の生活の中で長く使い続けてもらってはじめて利益の出るサービスです。契約直後の3ヶ月は「魔の3ヶ月」と言われ、解約率は9割ともささやかれます。少なくともその期間を乗り越えられるかどうかがビジネス的には大きな分水嶺であり、その間に生活になくてはならないサービスだと感じてもらう必要があります。経済合理性だけでなく、「日常的な」メリット実感を提供できるかどうかが勝負になるというわけです。
服を見立ててもらう「非日常」的な楽しみ
ZOZOのサービスはスタイリングフィーは無料のため、確かに経済的なメリットはありました。しかし、ハイセンスな服を見立ててもらったり、自分では思いつかないコーディネートを提案してもらったりといった喜びは、服の購入という「イベント時」に限られます。毎月のように頻繁に服を買う人でない限りは、「日常的な」メリットとして感じ続けてもらうことは難しいでしょう。ZOZOは当初は好評を博していたものの、サービスは浸透せず、結果として自社ECサイトとの価格競争に陥り、既存会員を取り込み切れずに撤退しました。
2019年までのファッションサブスクの勝敗のカギは、利用者の日常にどのくらい密接に寄り添うことができるか、にあったと言えそうです。後編では、アナザーアドレスやDROBEが出てきた2020年のファッションサブスクの分析を行います。
(後編に続く)
https://globis.jp/article/7480