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投資のプロはどう分析する?――アクティビストファンドによる企業価値向上施策のロジックを読み解く

投稿日:2025/01/29更新日:2025/01/29

アクティビストファンドの分析手法

近年増加しているアクティビストファンドとの交渉の機会。前回まではこうした状況変化にまつわる背景や、アクティビストファンドが要求するアクティビストファンドが投資を行った対象会社の企業価値を向上させるために要求する企業価値アクションプランの代表例を3つご紹介してきました。

このアクションプランの中で、コーポレートファイナンスに関する項目は「①事業ポートフォリオの見直しを伴う非中核(ノンコア)事業の売却」や「②事業売却した資金や追加レバレッジで得た資金を用いた新しいキャピタルアロケーションの検討(成長事業への投資、株主への配当や自己株買いなど)」となります。

今回は、投資のプロであるアクティビストファンドが①や②といった結論に至るには、コーポレートファイナンスの観点からどのような分析がなされているか、その代表的な手法から確認していきたいと思います。

分析手法1:マルチプル分析

マルチプル分析は、マーケットから対象会社がどのように評価されているのかの解像度を上げるために用いられ、アクティビストファンドが事業ポートフォリオやコングロマリットディスカウントの分析を行う際の根幹となる分析手法となります。ほぼ全ての公開提案書に分析がある手法と言っても過言ではないでしょう。対象となる会社が営む事業と類似性がある企業をリスト化し、主要な一定期間におけるマルチプルを比べていきます。頻繁に取り上げられるマルチプルとしては、EV/EBIT倍率、EV/EBITDA倍率、PBR倍率やPER倍率TSRがあります。

前回も触れたThird Pointというダニエル・ローブ氏が率いる老舗アクティビストファンドによるソニー宛提案書では、ゲーム事業、音楽事業、映画事業、半導体事業の類似会社は数社取り上げられ、ソニーのEV / ’20E EBITとの比較が行われています。例えば、下のグラフの通り、当時ソニーのEV / ’20E EBITは8.0倍でしたが、音楽業界の類似会社ではテンセントミュージックやビベンディが類似会社として選定され、2社の平均が約19.3倍であることから、なぜソニーのマルチプルは低いのだろうか?という分析を開始していきます。

一方、ジェフリー・アッベン氏率いる同じく老舗アクティビストファンドであるValueActからのセブン-イレブン・ジャパン宛提案書では、食品小売業やファースト・フードに特化した企業の平均Forward P/E(2022暦年)が22倍であることに対し、セブン&アイ・ホールディングスの同倍率が12.9倍にとどまっていることから分析を開始しています。また、2007~2022年までのTSRも分析し、アリマンタシォン・クシュタールが18.5%で最も高く、同社は4.6%と最も低くなっています。2022年において、既に将来の両社のM&A攻防戦を予感させる分析とも言えます。

マルチプル分析の一例

出所:A Stronger Sonyの11頁を加工修正

分析手法2:ベンチマーク分析

マルチプル分析において対象会社と類似会社において大きな乖離がある場合は、その理由がDCF法における分子(FCF)なのか、分母(資本コスト)なのかの分析を行っていき、事業ポートフォリオの中で他社比劣っている指標(KPI)の改善ポイントを見つけていくのがアクティビストファンドの定型的なアプローチです。

ソニー宛提案書では、設備投資/売上高比率、R&D/売上高比率、営業利益率、ROE、EPS成長率、売上高や営業利益のCAGR比較といった基本的な定量分析から、ゲーム各社の戦略比較、コンテンツの売り切り型からサブスク型へのトレンド変化、自社のSWOTといった定性分析を行い、事業ポートフォリオ別FCFの創出力の問題点がどこにあるのかをあぶりだしています。

一方、Asset Value Investorsによるコンベア製造大手のNCホールディングス(以下NCH)宛提案書においては、下のグラフの通り、NCHがキャッシュリッチな会社でもあったことから、純有利子負債/総資産比率、純有利子負債/売上高比率や自己資本比率といった資本効率性を同業他社と比較しております。DCF法における分母である、資本コスト算定に必要な最適資本構成や最適なキャピタルアロケーションのあり方に重点をおいた分析になっていると言えます。

筆者が教鞭をとっているコーポレートファイナンスの講座でも、バリュエーション手法のひとつとして、

  1. マルチプル分析でまずは簡易に企業価値を評価
  2. その後DCF法での計算の各種前提条件(アサンプション)が過去や同業他社比で違和感がないかを確認
  3. NPVを算出する

というステップを踏むようにと指導していますが、アクティビストファンドの分析手法も、全く同じ手順を踏んでいることが分かります。

資本構成に関する分析の一例

出所:株主提案 補足資料を加工修正

分析手法3:Sum Of the Parts分析

Sum Of the Parts分析は、事業部門毎に事業価値を評価し、その合算値と会社全体の企業価値やKPIを比較する分析手法です。仮に合算値の方が全社の企業価値やKPIよりも大きい場合は、コングロマリットディスカウントが発生している状態といえます。ソニー宛提案書、セブン宛提案書、NCH宛提案書のいずれも合算値>全社の企業価値という結論であり、まさにこのディスカウントの解消(Unlock the value)こそがアクティビストファンドの真の狙いとも言えます。

そしてその解消方法とは、前回ご紹介した3つの要求事項となるのです。

Sum Of the Parts分析の一例(下図は、KPIとしROICがどの程度改善するかを図示している)

出所:セブン&アイ・ホールディングスグローバルチャンピオンとしての7-Elevenへの変革の40頁を加工修正

まとめ

アクティビストファンドが実践しているマルチプル分析から入り、マルチプルの前提となる利益率、成長率や資本構成の改善点を探していくという手法は、実は東証が要請しているPBR1倍割れ解消、すなわちPBR倍率の構成要素であるROE、資本コスト、成長率の改善と全く同じロジックであることが分かります。

以前のコラムでも説明しましたが、東証が要請するPBR改善の公式であるPBR=1+(ROE-資本コスト)/(資本コスト-成長率)はDCF法から式変形で導き出せますので、アクティビストファンドの分析手法は、すなわちグロービスで皆さんが学んでいるコーポレートファイナンスの基礎となるDCF分析と本質的には同じことなのです。

本稿を通じて、コーポレートファイナンスを学ぶことで、投資の専門家といわれるアクティビストファンドの分析が、実はファイナンスの基本に忠実な分析を行っているに過ぎない、とご理解いただけたのではないでしょうか。またファイナンスを学ぶ中で解像度を高めている企業価値を実現するための考え方は、実務でもまさに求められていることへの理解が深まったかと思います。

2024年は数多くのアクティビストファンドが企業価値向上を求めて上場会社の経営陣との対話を実施しました。日本の上場会社におけるPBR1倍割れの数は、欧米と比べると引続き圧倒的に多く、2025年はより多くの会社との対話が行われることが予想されます。

2025年も、企業価値向上へのアプローチについて一緒に学びを深めていければと思っています。


<ファイナンスについてもっと学びたい方はこちらの動画もチェック>

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