第4回まででM&Aの一般的な流れを俯瞰してきましたが、今回は私自身の実体験も交えてクロージングまで話を見ていきたいと思います。
優良案件で採用される「クローズドビット形式」
売り手側についたフィナンシャル・アドバイザー(FA)は、売り手企業とアドバイザリー契約を締結する時に「排他的条項」を入れるよう求めるのが一般的です。ほかのFAがその案件を持ち歩けないようにするためです。そうしないと、いろいろなFAが同じ案件を扱うことになりかねず、そうなると情報が錯綜し、取引そのものを劣化させてしまうのです。
「その案件を扱う唯一のFAである」と、買い手候補先もしくは買い手側FAに認知されて初めて、売り手側FAはそのディールをコントロールすることができます。
売り手側FAは売り手企業を高く売却することが大前提になるので、基本的にクローズドビット形式(オークション)が多くなります。売り手側FAはまず、売り手企業もしくは事業に関するヒアリングを行い、スケジュール、フォーメーション(売却方法、株式譲渡、事業譲渡、会社分割など)、売却希望価格などを盛り込んだインフォメーション・メモランダム(IM 案件概要書)を50ページ程度で作成します。次に、それを買い手候補先もしくは買い手側FAなど20社程度に2週間ぐらいで一気に説明します。そして、興味を持った買い手候補先は、IMに記載されている締切日までに、買収希望価格、フォーメーション、それ以外の諸条件(キーマン条項、従業員雇用条件など)を記載した基本趣意書(意向表明書)を提示します。
この基本趣意書は買い手側の角印または銀行印などが押されており、提示するにはそれなりに社内手続きが必要なものであり、買い手候補先の本気度を確認する意味を持っています。またこの段階で基本趣意書に記載されている買収希望価格は「Non Binding」と言って、その価格に法的拘束力は無いように記載されています。なぜなら、その後のデューディリジェンスでほぼその金額よりは下がってしまうからです。
理論上は、基本趣意書では金額を高く入れてデューディリジェンスを行った後に金額を大幅に切り下げることもできます。あるいは、デューディリジェンス後に2次入札に応じず、売り手企業との契約を把握した後で直接その企業に営業をかけてくるようなことも想定されます。
しかし、M&AのFA業界はかなり狭い世界なので、紳士的でない買い手候補先やFAはすぐにその噂が広まり、相手にされなくなってしまいます。
※クローズドビット形式
買い手候補先に一斉に案件説明を行い、入札形式を取ること。一番条件が良かった買い手候補先に買収交渉権を与える。買い手候補先が多数想定される魅力的な案件の場合に採用されることが多い。
■デューディリジェンスは3社程度で
基本趣意書が仮に5社ほどから提示されたとすると、売り手企業とのミーティングの末にデューディリジェンスには3社ほどに参加してもらいます。1社だけに絞らないのは、その1社がデューディリジェンス後に「買収しない」という判断に至った場合、再度入札しなければならなくなるからです。また、複数社がデューディリジェンスに参加することで、買い手候補先に競争意識が高まることを期待してのことです。もちろん、買い手候補先の間ではお互いの企業名はブラインドにしておきます。伝えるのは事業属性程度です。例えば、「5社のうち、同業他社が2社、新規事業で検討しているところが2社、ファンドが1社」などというような開示をします。
デューディリジェンスは買い手候補企業ごとに2日程度かけます。売り手企業の会社にデータルームとして会議室を終日借り、そこでビジネス(事業)、リーガル(法務)、アカウンティング(会計)、タックス(税務)に分かれ、弁護士、会計士、税理士が参加し、質問・回答を重ねていきます。コピーを渡せるものは渡しますが、渡せないのは契約書のコピーと個人情報です。写真撮影も不可です。
その後、2次入札を行い、買い手企業側から基本合意書のドラフトを提示してもらいます。そのドラフトには最終契約のフレームとなるべき、条項と金額が記載され、ここからの金額は法的拘束力が発生します。
2次入札が1次入札より金額が上がることはほとんどありません。デューディリジェンスの結果、「実は技術の優位性がなかった」とか、「大口先との契約が落ち切り(再契約なし)だった」とか、「粉飾の疑義がある」など、様々なネガティブ要素が出てくるからです。
仮に2次入札でも複数の買い手候補先が参加したら、買収金額を含めた2次入札の条件を売り手企業と協議して、条件によって2~3社と協議します。各社に対してもう少し値段が上げられるか確認します。仮に売り手企業が本当に売却したい先が一番高い金額でない場合は、FAから一番売りたい候補先に「売り手企業は貴社に一番売却したいといっている。しかし値段がまだ低い。あと1億円上乗せできないか?」と打診を入れたりします。
■基本合意からクロージングまでのリスク顕在化に対する対応
このように交渉を進めて、最終的に1社と基本合意書を締結します。上場会社を含めて、プレスリリースはこの段階で入れることが多いです。ステークホルダー(取引先、従業員、少数株主など)に説明した結果、キーマンや従業員が大量退職したり、取引先との契約継続ができなくなったりする場合もあるため、クロージングまでにそうしたリスクを見極める必要があるからです。
私の経験では、取引先との販売・購買基本契約では、「支配株主が変更となる場合は、改めて条件交渉する」という条項が含まれており、買い手がその契約先の競合だったり、以前トラブルを起こしていたりする場合には契約継続できない場合もあります。契約継続ができたとしても、以前と同じような販売、仕入れができなくなる場合もあります。
こうして、買収のリスクを顕在化させた上で、買収価格の修正を行います。その前提条件は既に締結した基本合意書に記載されています。例えば、「既存契約先のうち、A社、B社、C社との契約継続が困難である場合は、今後5年間で見込んでいる各社宛て取引利益額の現在価値を買収価格から減算するものとする」というようなイメージです。
このようにバリュエーションを減額して最終契約を締結し、クロージング(代金払込)となります。
次回はMBO(マネジメント・バイ・アウト)です。
https://globis.jp/article/4014