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適切な意思決定のために人事部に期待される役割

投稿日:2015/03/25更新日:2021/10/26

戦略を所与の条件として、組織や人事制度を設計することは多くの企業組織にとって定石であろう。しかし、それぞれの関連性について、社員がどの程度認識しているかというと、心もとない点もある。

多くの社員にとって、人事制度は直接の業務から独立した存在となっている。例を挙げれば、半期ごとの評価面談は評価者にも被評価者にとっても定期的な業務の1つではあるが、戦略を実行するという視点から面談を行う例は多くないであろう。これでは、せっかく設計した人事制度、組織の効果が十分に発揮されない。

そこで、組織を舞台として戦略と整合性を持った意思決定を可能とするための条件を3つ挙げる。

(1) 戦略を「翻訳」する力の養成

評価面談の例のように、普段、ライン・マネジャーが戦略を前提に人事制度を意識することは少ない。別の表現をすれば、人事制度、そして組織構造が何を目的としているのか、理解があいまいな場合が多いし、また、積極的に知ろうとして人事部などに問い合わせることもしない。

他方、人事部も制度内容については丁寧に説明するものの、制度の目的や背景についてライン・マネジャーに理解を求めることにあまり注力していないように思われる。人事部とライン・マネジャーで相互に理解しようとするコミュニケーションが不足している結果、ライン・マネジャーは戦略に整合した行動を取れていないのではないだろうか。

例えば、会社としての戦略は理解しても、担当部署の日常業務にそれを関連付けることができない場合がある。各部署の仕事の結果が積み重なって全社戦略が初めて達成できるのであるから、このようなマネジャーには行動を改めてもらう必要がある。

マネジャーに必要とされるのは、全社戦略を担当部署の状況や目的に応じて、「翻訳」する力である。つまり、全社戦略に貢献するために部署の仕事をどのように進めるべきかを決めて、伝える力だ。こうすれば、部署のメンバーは戦略達成するために何をすべきか日常的に考えることができるようになる。

そこで、人事部に期待されることは“マネジャーが全社戦略を担当部署の文脈に合わせて翻訳する力を身に付けるためのサポート” である。座学という方法もあるし、部署単位でのワークショップという方法もある。戦略を翻訳する能力は、コンセプトをまとめる能力ともいえる。したがって、人事部が翻訳力を高めるサポートをすれば、構想力や創造力にもよい影響を与える可能性がある。

(2) 人間関係スキルの養成

コンセプチュアル・スキル(コンセプトをまとめる力)を駆使して、戦略の落とし込みができれば、次のステップは担当部門のメンバーに実際に動いてもらうことである。本稿で何度か指摘したように、人間の認知にはバイアス(偏りや先入観)が掛かることがある。理論的には脳の無意識な活動や感情という側面から説明できるが、ビジネスにおいて注意すべき点は、人間の認知には独自の癖があることをまず理解することだ。この癖自体を変更することは難しいと言われるが、人間の思考の癖を知っていれば、少なくとも感情的な対立は緩衝されるのではないだろうか。

次は、認知バイアスに対処する方法を学ぶ必要がある。ロールプレイ、傾聴、コーチングなどいろいろな研修手法があるが、その効果を上げるためには人間の認知的特徴への理解を前提とすべきだ。

筆者の担当するクラスで、相手が積極的に話したくなるポイントを知るためのロールプレイを行ったとき、相手の目を見るとか、相手に近づくとか、相槌を打つというような意見が出席者から指摘された。それぞれティップス(役に立つコツ、小技) としては十分であるが、一連のポイントが実は相手をリスペクトする行為であり、脳の報酬系(欲求が満たされたときに活性化し、快感を生む神経系)が刺激を受けることになるので、相手は気持ちよく話すようになると説明すると、ほかにも相手をリスペクトする行為はないかと考えるようになった。つまり、理論的な理解により応用できるようになったのである。

(3) 会議にサイエンスのエッセンスを

ヒューマン・スキルの養成が個人レベルの課題であるのに対して、集団あるいは組織にも課題がある。組織の意思決定において会議は欠かせない方法ではあるが、いつも生産的な会議が行われるとは限らない。むしろ、「上役のご機嫌取りの意見しか出なくて本質的な議論ができなかった」といった会議が多いのではないだろうか。

もちろん、いろいろな要件が重なって上記のような意見が出るのであろう。属人的な要因を回避することも必要だが、それに加え、前述した集団分極化とか集団浅慮といった現象が起こらないように会議のルールを決めるといった方法も必要である。

例えば、米国のデザインコンサルタント企業、IDEO社では、集団でアイデアを出し合うブレーンストーミングを行う際、下記の7つのルールを順守するように求める。

ブレーンストーミングを行う際の7つのルール

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1番目のルールは「Defer judgment」(判断を先延ばしにしろ) である。会議の目的は何らかの判断を下すことなのに、このルールは簡単に判断するなということを意味している。より良い結論を出すためには簡単に判断するな、簡単に合意形成するなつまり「集団浅慮」を回避することがルールとなっているのである。

極めて簡潔な表現ではあるが、集団で意思決定する際に起こる可能性のあるバイアスを、事前に読み込んだルールといえよう。どのように精巧に組織を設計しても、日々の会議が各自の経験則を頼りに行われていたのでは、戦略目的を達成することは危ぶまれる。経験則がうまく機能すればよいが、そうでない場合、組織は間違った方向に向かってしまう。

第2ルール「Encourage wild ideas」(とっぴなアイデアを奨励しろ) はまさにコンサーバティブ・シフトを回避することを目的としているし、同時に第1、第2ルールを守った上で、第3、第4ルールに従うことによって会議の生産性が高まるようになっている。そして、第5ルール「Oneconversation at a time」(1度に1つの会話だけとしろ) は認知負荷を軽減する方法として、1つの話題に絞って話すことをルール化する。そして、同じく認知負荷を軽減しながら考える手掛かりを示すために、「Be visual」(視覚化する) という第6ルールが示されている。つまり、頭の中にあるものを「外化」することによって、思考を深めることができるという人間の特徴を前提としている。そして、とにかくたくさんのアイデアを出せというのが第7ルール「Go for quantity」である。コンセプチュアル・スキル、ヒューマン・スキルといった個人のスキル、そして集団のスキルが向上することで、自律性が向上する。同時に全社戦略を理解し共有することで、的確に意思決定ができるようになる。このとき初めて合目的に設計された組織は、本来の目的つまり戦略を実践できることになる。

一連のスキルの養成は、これまでの人事部のノウハウを生かして取り組むことが期待される。また、会議の運用改善については、どの部署が担当すべきか判断は難しいが、制度設計とその運用を担う人事部は有力な担当候補であるといえよう。

次回は、人事部門の課題となっている「グローバル化と人事システム」のあり方についてです。

労政時報に掲載された内容をGLOBIS知見録の読者向けに再掲載したものです。

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