今回は、オリンピックを支えるスポンサー企業の活動から、マーケティングの面白さと奥深さを実感する競争マーケティングについて考えてみたい。
2012年ロンドンオリンピックにはパナソニック、マクドナルド、P&G、コカ・コーラなどがスポンサーとして名を連ねるが、今回はコカ・コーラと、同社と世界でシェア争いを繰り広げるペプシをとり上げたい。
コーラ戦争ともいわれる激しいシェア争いを繰り広げているこの2社。両社とも多くのスポーツイベントやスポーツリーグ・チームのスポンサーとしてスポーツに関わりが深い。
たとえばコカ・コーラは、オリンピック、FIFAワールドカップなどの国際大会以外にも、日本では全日本少年サッカー大会、インターハイといったスポーツイベントにも協賛している。さらに本田圭佑選手、北島康介選手、石川遼選手、澤穂希選手ともスポンサー契約をするなど、我々がスポーツイベントを楽しむために必要不可欠な企業となっている。
コカ・コーラとペプシ、どちらが世界で飲まれている?
そのコカ・コーラとペプシ。世界ではどちらのほうが飲まれているのだろうか。
ここにこの2社の世界でのシェアを表した図がある。
この図をみてわかるように、コカ・コーラとペプシのシェアは国ごとに異なっているものの、世界規模ではコカ・コーラがリードしている。
コーラ飲料業界をリードし、1928年のアムステルダム大会よりさまざまな形でオリンピックを支援してきたコカ・コーラ。2008年の北京オリンピックでは、契約選手のバスケット選手ヤオ・ミンや2004年アテネオリンピックハードル金メダリストの劉翔など地元中国出身の有名選手を起用した広告を打ち出した。また、日本においても「コカ・コーラ オリンピック応援パーク」を開設し、オリンピック番組と一緒に見て楽しむウェブサイトを展開した。
北京五輪で6割の人がペプシを公式スポンサーと誤解
一方、ペプシ。彼らはオリンピックのスポンサーではないのだが、北京五輪期間中に中国ナショナルチームのスポンサーとして「Go China」キャンペーンを展開。「Red Around the World」というCM曲を流したり、中国国旗の「赤」を基調色とした缶を発売するなどペプシのマーケティングは評判になった。
Forbesによると、その結果あるリサーチではアンケート回答者の60%がペプシをオリンピックスポンサーだと答えたという結果がでたという。
マーケティングの世界では、このペプシのようにオフィシャル・スポンサーではない企業が、あたかもオフィシャル・スポンサーであるかのような印象を消費者に与えるために行うマーケティングをアンブッシュマーケティングというが、今回は、読者にはそれとは別の視点でこのマーケティングの深さを味わってもらいたい。
コカ・コーラがいるから成り立つペプシの戦略
ペプシのオリンピック期間中のマーケティングアクションに共通するある傾向に気付いただろうか。
「赤の缶」「Red Around the World」「ナショナルチームのスポンサー」……。「赤」。それはまさにオリンピックスポンサーであるコカ・コーラを起想する色である。すべてが、オリンピックスポンサーであるコカ・コーラへのチャレンジ。つまり、ペプシのマーケティングは「コカ・コーラ」という対抗軸があるからこそ成立しているのである。
チャレンジャー戦略とは、徹底的にリーダーに挑戦していくこと。さらに言うとリーダーの存在ありきで、自身の存在感をあげる手法である。つまり、ペプシはコカ・コーラがいてくれるからチャレンジャーであり続けられるのだ。
競合がいるからこその、競合に対抗する戦略。競合がいなければ、成立しないキャンペーンの展開であるといえよう。
ノースウェスタン大学のP.コトラー教授は、企業の競争上の地位を「リーダー」「フォロワー」「ニッチャー」「チャレンジャー」の4つに分類し、それぞれの地位に応じた戦略を取ることが望ましいとしている。
「リーダー」のとる戦略の1つが周辺需要拡大である。その市場でリーダーである企業がさらなる成長をするためには、他社からシェアを奪うことには限界があるため、自ら市場を広げる必要がある。化粧品市場リーダーの資生堂が男性用化粧品に進出したことがその例の1つである。
そしてチャレンジャーの取るべき主な戦略は、リーダーや自社より小さい企業に挑戦していくこと。主にリーダー企業製品と自社製品を比較することによって自社の製品をプロモーションするのである。これはリーダー企業がとらない手法であり、ペプシのキャンペーンの特徴なのである。
4億ドルを投じたコカ・コーラは損害を被るばかりなのか
この現象をコカ・コーラ側からみてみよう。コカ・コーラにとって、ペプシのこのようなマーケティングは、どのような意味を持つのか。
約1億USドルの協賛金などを含め4億USドル(IEG, LLC 調べ 出典:The Wall Street Journal)をオリンピックに投じているといわれるコカ・コーラにとっては、ペプシがあたかもオリンピックスポンサーであるかのように認識されるキャンペーンは心穏やかなものではないであろう。しかし、一方で、これらのペプシのチャレンジキャンペーンからコカ・コーラが得ているものもある。
リーダー企業コカ・コーラの定石の1つは、市場拡大。
ペプシのキャンペーンは、実は世間に話題を提供し、コーラ飲料自体への注目度をアップさせ、市場の拡大に寄与しているのである。つまり、ペプシのキャンペーンは、角度を変えて見てみると、コカ・コーラの目指す市場拡大に貢献しているのである。この市場拡大を一社だけで行うとすれば費用がかさむだけでなく、ここまでの盛り上がりを見せるのは困難であろう。
コカ・コーラとペプシは、お互いに競争することでお互いの生きる市場を活性化しているともいえるのである。
競合企業をリスペクトする経営者の心理とは
これは、競争戦略を考える上で、重要なポイントである。競合を多面的にとらえることが自社の戦略へのヒントになる。
筆者も仕事柄、経営者のお話を聞く機会が多くあるが、印象に残っているのは多くの経営者は、競合を批判しないということ。競合を無視しているのではなく、むしろ「競合」をリスペクトしているように感じる。相手にすべきではない競合らしきものには、時間と労力をとらず、自社(自分)が競争すべき「競合」を選んで、付き合っている、全身全霊で尊敬しているように感じる。
あの企業に「負ける・(顧客を)とられる」などという見方でなく、公平に競争することで競合とともに成長する。一緒に成長すべき競合を探し、選んだ競合とともに、それぞれの「独自性」の創出に全エネルギーを注いで、互いの存在を「イノベーションの源泉」だと位置付けているのではないだろうか。
競合は同じ舟に乗る企業同士でもある
リスペクトがあっての公平な競争なので、チャレンジャーのペプシであっても「向こうの飲み物は健康に悪いものが入っている」などということは言わない。それを言った時点で、コーラ飲料市場自体が縮小するので、どちらにとっても得策ではなかろう。
競合は公平な競争環境の中で、互いに刺激し合う存在なのである。正々堂々と競争する相手であり、そして同じ船に乗っている企業同士でもあるのだ。
読者も一度、自社の戦略に、競合をどうインクルージョンしていくのかを考えてほしい。
<今回のポイント>
◆ 自社の活動に大いなる刺激を与えてくれる真の競合を特定する
◆ 自社の競合と競争するポイント、競争しないポイントを見極める
◆ 競合との競争から生まれる波及効果に注目する
◆ 波及効果を最大化するために、自社として「しないこと」を明らかにする
※2012/7/3にNumberWebに掲載された内容をGLOBIS知見録の読者向けに再掲載したものです。