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BSEと吉野家の株価 ―フリーキャッシュフローと事業リスクの微妙なバランス

投稿日:2007/02/22更新日:2019/04/09

主力商品の発売中止にも関わらず低下しない株価の不思議

2003年12月、欧州から米国に広がったBSE(牛海綿状脳症)の影響により、米国産牛肉の輸入が禁止となった。牛丼大手の中で、この影響を最も強く受けたのは最大手の吉野家である。同社は、牛丼の材料となる牛肉を99%米国からの輸入に頼っていたからだ。競合の中にはオーストラリアなどに調達先を切り替えるところもあったが、吉野家では、品質やコストなどを検討した結果、そうした切り替えはほぼ不可能と判断した。その後、2004年2月にはついに吉野家の米国産牛肉の在庫が尽き、牛丼はメニューから消えた。無論、牛丼の販売中止によって吉野家の業績は大幅な赤字となった。

さて、今回、議論していくこととなる「株価」は、理論的には以下の数式で求められる。

株価=(企業価値-有利子負債)/発行済み株式数

なお、

企業価値=Σ(フリーキャッシュフローn/(1+WACC)^n)

フリーキャッシュフロー=金利・税金控除前利益X(1-税率)+減価償却費-投資-運転資本増加額

である(WACC(Weighted Average Cost of Capital:加重平均資本コスト)の算式は後述する)。

この算式に基づけば、「業績の大幅な悪化→フリーキャッシュフローの減少→企業価値の低下→株価の大幅下落」となるはずである。ところが吉野家の株価はさほど低下しなかった。

当時の新聞報道などから考えると、2004年半ばまでは、吉野家もそして世間(投資家)も、米国産牛肉の輸入は早期に再開されると読んでいたふしがある。直近の収益が大幅赤字となったとしても輸入が早々に再開されれば中長期的なキャッシュフローはあまり大きな影響を受けない。そう考えれば、吉野家の企業価値は大きくは減価しないことになり、したがってこの時期に株価がさほど低下しなかったことの説明もつく。

しかし、2004年中旬を過ぎるにつれ、米国産牛肉輸入再開のめどは怪しくなっていった。こうなると吉野家の中長期的なキャッシュフローも大きな打撃をうけることになる。ところが、その後も吉野家の株価は大きく低下する傾向を見せなかったのである。なぜ、こうした不思議なことが起こったのだろうか?

リスクの小さいキャッシュフローは価値が高い

"この謎を解く鍵は企業価値計算式の分母にある。分子であるフリーキャシュフローが減少しても、分母のWACCが同じように低下すれば、企業価値はあまり大きな影響を受けないことになるのだ。WACCは、フリーキャッシュフローのリスクの大きさに応じた割引率と表現でき、以下の数式で求められる。

WACC=有利子負債コストX(有利子負債/(有利子負債+株主資本))X(1-税率)+株主資本コストX(株主資本/(負債+株主資本))
株主資本コスト=rf+β(E(rm)-rf)
※ただし、有利子負債と株主資本は時価ベース。E(rm)は市場全体の期待利回り、rfはリスクフリーレート(通常は国債利回り)

上記の式から、たとえばβが下がれば、WACCも低下することがわかる。前回のエイベックスのケースでも見たとおり、事業そして事業が生み出すキャッシュフローのリスク(バラツキ)が下がれば、βも低下していく。吉野家でも牛丼一筋からメニューの多角化(豚丼、カレー丼、鮭いくら丼など)、そして事業の多角化(はなまるうどんの買収)によって、キャッシュフローのリスク低減が実現され、βの低減、ひいてはWACCの低減が実現したのである。以下に、2004年以降の吉野家のβと、公開資料から計算した同社のWACCを示す。

吉野家の株式β(「東証TOPIX&β値」各基準月の過去30カ月の推定β値)とWACCの推移
2004/03: 株式β 0.49 → 推定WACC= 3.38%
2005/03: 株式β 0.28 → 推定WACC= 2.49%
2006/03: 株式β 0.24 → 推定WACC= 2.34%

2004年3月から2006年3月までにWACCは約30%低下している。したがって、仮にこの間にフリーキャッシュフローが30%程度減少したとしても、その影響は相殺され、企業価値は変わらないのである。

その後、2005年12月に入り、輸入再開への道が整備されるにつれ、吉野家の株価は上昇を始めた。牛丼の販売再開による中長期的なキャッシュフロー増加(分子の増加)への期待が高まっていった結果である。

今回取り上げた、企業・事業価値の計算式「(企業価値=Σ(フリーキャッシュフローn/(1+WACC)^n)」はファイナンス理論の中核であり、極めてシンプルではあるが、世の中の動きを理解するうえで非常に有益かつパワフルなツールである。この企業価値決定メカニズムを通じ、企業経営者はどのような経営判断を行えば結果として企業価値を増大させることが可能か判断できるようになるからだ。アカウンティングが「ビジネスパーソンの共通言語」といわれるようになって久しいが、ファイナンス理論が日本でも「経営者の共通言語」として必須のものとなるのも時間の問題と、私は考えている。

  • 斎藤 忠久

    グロービス経営大学院 特別教授

    東京外国語大学英米語学科(国際関係専修)卒業
    米国シカゴ大学経済学部留学
    フランス・リヨン大学経済学部留学
    米国シカゴ大学経営学大学院修士課程修了(High Honors)
    学位:MBA

    株式会社富士銀行(現在の株式会社みずほフィナンシャルグループ)を経て、株式会社富士ナショナルシティ・コンサルティング(現在のみずほ総合研究所株式会社)に出向、マーケティングおよび戦略コンサルティングに従事。その後、ナカミチ株式会社にて経営企画、海外営業、営業業務、経理・財務等々の幅広い業務分野を担当、取締役経理部長兼経営企画室長を経て米国持ち株子会社にて副社長兼CFOを歴任。その後、米国通信系のベンチャー企業であるパケットビデオ社で国際財務担当上級副社長として日本法人の設立・立上、日本法人の代表取締役社長を務めた後、エンターテインメント系コンテンツのベンチャー企業である株式会社アットマークの専務取締役、株式会社エムティーアイ(東証1部上場)取締役兼執行役員専務(CFO)を経て、現在グロービス経営大学院特別教授(ファイナンス理論)。

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