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用事×感情に対処する —絵本ナビ・金柿秀幸社長【解説編】

投稿日:2013/12/17更新日:2021/10/19

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絵本や児童書のビジネスを介在に、多くの家族の“幸せな時間”を創り出し、自らも社員にも家族で食卓を囲める働き方や生活を推奨。しかしその前身は、超長時間労働が当たり前の“モーレツ企業戦士”だった——。孤高さすら感じさせるユニークネスと、多くの者の共感を呼び揺り動かすビジョン。一見、相矛盾する要素を兼ね備え、圧倒的な価値を生み出す“バリュークリエイター”の実像と戦略思考に迫る新連載、第2回・解説編。

→前編はこちら、後編はこちら

いかにして顧客のニーズを見極めるのか、どう捉えるべきなのか。この話はどのような業界にいても普遍的な課題であり、難しい問題であろう。よく「目に見えている顕在ニーズではなく、顧客自身も気付いていない潜在ニーズに着目しろ」という話も聞く。しかし、これは典型的に「言うは易し」の世界である。

今日は、この顧客ニーズをどう捉えるか、という悩みの尽きない課題について、絵本ナビのストーリーを紐解きながら考えを深めていきたい。

顧客の「属性」ではなく「用事」に着眼する

27091 荒木 博行氏

“JobstobeDone”という原則をご存じだろうか?日本語に訳すと、「片付けるべき用事」。かの『イノベーションのジレンマ—技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』を書いたクレイトン・クリステンセンが同書の中で提唱した、ニーズに対する捉え方のアプローチである。この概念は、顧客価値を新規に創造するために、極めて重要でありながらも、あまり広く知れ渡ってはいない。

しかし、私が金柿さんの話をお伺いし、最初に感じたことが、まさにこの”JobstobeDone”というアプローチだった。

ここでクリステンセンが言っていることは、さほど難しいことではない。

「ニーズを見極めるときは、顧客を無機質にセグメンテーション(細分化)するのではなく、その顧客が片付けようとしている用事に着目しろ」ということである。

我々は、何か新しいサービスを考えようとする時、まずはデモグラフィック(人口統計学的)アプローチで、たとえば年齢、性別、居住地域などの統計値から「顧客の塊」を切り出し、その塊に存在するニーズに対応しようとする。これは、いわゆる「マーケティング・プロセス」の常道でもある。

しかし、統計上は同じようなカテゴリーであっても、考え方は多種多様。その塊の中に存在する小さな差異こそがマーケティング上は重要な場合も多い。さらに、同じ顧客であっても、シーンが異なれば同じ商品に対するニーズが異なる場合もある。(たとえば、単純な話、同じ人におけるカメラに対するニーズであっても、手軽にSNSで共有したい場面なのか、作品として記録に残したいのかによって全く異なる。)したがって、実際にはこのような無機質な統計データからは、新たな価値を見出すのは極めて困難といえる。

先に紹介したクリステンセンのアプローチは、こうした限界を打破するために、顧客の属性ではなく、顧客が抱える「用事」に着目すべき、ということを提唱したものである。顧客はそれぞれ片付けるべき用事を抱えている。朝から寝るまで、「用事」の連続だ。そして、その用事をより効率的、効果的に片付けるために、何かを「雇う」という行為をする。腹を満たす、という「用事」のために、コンビニのおにぎりを「雇い」、移動中に客先情報を仕入れる、という「用事」のために、スマートフォン上の情報サイトを「雇う」。そのようなイメージだ。

そこには、顧客が意識するような明確な「ニーズ」は存在しない。とにかく無意識のうちに「用事」が発生し、そして無意識のうちに「用事」を片付けるために何かを「雇って」いるだけである。そして、多くの場合は、「そういうものだ」と当たり前に思い、何の疑問も思わない。

したがって、我々がもし何らかの新たな仕掛けを考えるのであれば、何かのきっかけで表面的に出てくる「ニーズ」を待つのではなく、その裏側で日常的に行われている「用事」を見出す、ということを行うべきである、ということだ。そして、もしその「用事」を感度よく見出すことができれば、その用事を片付けるために「雇って」もらえるのだ。

これが”JobstobeDone”の考え方である。それほど新しい概念ではなく、極めて当たり前のことではあるが、無意識のうちに「顧客」の「ニーズ」ばかりに注目してしまう状況に対して、新鮮な気付きを与えてくれるアプローチだと思う。

絵本ナビが片付ける「用事」

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絵本ナビに話を戻したい。では、彼らが片付けている用事とは何だろうか?

小さな子供を持つ親にとって、幼児とコミュニケーションを図ること、そしてそれを通じて知育教育する、ということは重要な片付けるべき用事である。そして、そのために適切な絵本を手軽に選ぶ、ということも用事の一つである。しかし、その用事を片付けるために雇われるものは、近所の本屋でのディスプレイくらいしかない。その用事に着目して、適切なソリューションを提示したのが絵本ナビである。

ここで改めて絵本ナビが提供しているソリューションを見てみよう。

まず目につくのが「全ページ試し読み」ができるサービスがあるということだ。これは、まさに親が子供に適した絵本を「手軽に」「確実に」選択するという用事を効率的に叶えてくれるサービスである。また、絵本を検索する場合においても、カテゴリー分けとして、年齢別に分かれていたり、「夏におすすめ」という季節別、または「母親が泣ける絵本」という属性まで存在したりする。これも、母親が用事に直面する場面を想像しているからこそ、対応できるサービスだ。本文中にもある通り、母親の用事ということにまったく注目していないアマゾンなどのECサイトには無理な芸当だろう。

さらに、有料コンテンツにおいては、絵本のムービーがスマートフォンなどを通じて見放題、というものも存在する。これは、子連れで外食する際に、子供を大人しく着席させる、という用事にも着目したものだと考えられる。

以上に見られるとおり、全ては、親が子育ての場面においてとっての片付けるべき「用事」を特定し、その用事ごとにソリューションを提供しているのである。

喚起される「感情」に対処する

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しかし、ここで一つの大きな疑問にぶつかる。

果たして、絵本ナビが片付ける用事というのは、どれだけ大きなものなのであろうか?確かに、絵本を選ぶということは、親にとってひとつの用事であることは間違いない。しかし、これは親にとってどれだけ大きなインパクトのある用事だろうか?存在しなかったらなかったで、なんとでもなることではないか?金柿さんの目には、どうしてこれがひとつの「サービス」として、大きく成長すると思えたのだろうか?

そう考えると、この”JobstobeDone”という考え方には、もう一つの側面が必要だということに思いが至る。

それは、
「用事を片付ける」×「喚起される感情に対処する」
という公式である。

つまり、本当に顧客の心を捉えるサービスの本質というのは、「片付けるべき用事」を確実にこなすとともに、「そこから喚起される感情」に対しても、同時に対処する、という側面があるのではないだろうか。

これはそんなに難しい話ではない。

たとえば、人はなぜ高級車を買うのだろうか?移動する、という用事を片付けるためであれば、今の車のクオリティであればどんなに安い車でも対処できる。しかし、車にはもう1つの側面がある。「こういう人だと見られたい」という感情に対処するための自己表現ツールでもあるのだ。

この「感情」に着目することを、経営用語では「インサイト」という言葉で表現する。桶谷功氏の著書『インサイト』には、「インサイトの本質は、消費者に行動を起こさせる点にある。インサイトは、いわば消費者の『心のホット・ボタン』なのだ。」という表現がある。まさに消費者自身も完全に理解していない感情の「ホット・ボタン」を探り当て、それを戦略に取り入れるということだ。

金柿さんが参考にしたというクックパッドも「インサイト」の観点で似たような側面がある。「今晩のメニューを考える」、という用事を片付けるとともに、「このレシピを人に伝えたい、認められたい」という喚起された感情にも同時に対処できる作りになっている。これが、クックパッドの強い吸引力に寄与していると考えられる。

では絵本ナビにおいてはどういうことだろうか?

絵本ナビは、単に絵本を選ぶという「用事を片付ける」以上の何かがあるのだろうか?これは、絵本ナビに実際に訪問し、その絵本の紹介文に目を通すと理解できる。

ファーストブックはこの「おつきさまこんばんは」でした。
娘は0歳時代、絵本は全く興味を持ちませんでした。
かんだりなめたりと完全なるおもちゃと化してました。
それが、1歳過ぎたあたりからこの「おつきさまこんばんは」を読むととっても目をキラキラして一緒にこんばんは!とお辞儀をしたりダメダメ雲さん!と首を振ったりあーよかった!と笑顔振りまいたりで娘がストーリーを理解してる!!と感激の絵本でした。
それからというものこの絵本が大好きで、朝から片手に持ち歩いては「読んでー」とせがんできます。
ぐずって泣いてても、「おつきさまこんばんは!」とそっと耳打ちすると泣き止んで、ダー!と絵本棚へ駆け寄りこの絵本を持ってきます。
あんなに興味なかったのが嘘のよう、いまでは絵本大好きっこになりました。
寝る前の絵本タイムは欠かせません。
すべてこの絵本のおかげです。
(ゆんちゃんママさん30代・ママ女の子1歳)

この典型的なコメントに分かる通り、ここに寄せられているのは、単なる絵本の評価ではない。これは各家庭における「幸せの様子の発信」なのである。

絵本を通じた親のコミュニケーションというのは、幸せな空間であり、幸せな時間である。「そこで喚起されたポジティブな感情を残しておきたい。できればそれを多くの人と共有し、その幸せを何度もかみしめたい。」親にはそのような欲求が同時に生み出されるのだ。

そして、絵本ナビというのは、その感情に基づく欲求に対して、確実に応えるツールとなった。金柿さんの言葉を借りれば、絵本選択サイトという以上に、「絵本ナビの本質というのは、絵本を通じた幸せな時間共有サイト」とも言えるのだ。

「幸せの時間」を応援する「生活ナビゲーションカンパニー」へ

というのは、絵本ナビの経営理念であるが、その観点でみると、この経営理念が深い洞察に基づくものであるということが理解できる。

そして、驚くべきことは、金柿さんがサービス提供前から絵本を他人に紹介する母親たちの裏側に潜む感情を理解していたということだ。創業時点で、経営理念に「幸せの時間」をコミットメントとして定義し、そしてその感情を受け止めるための仕組みを意図的に作っていたのだ。

このように、力強いサービスというのは、「用事を片付ける」×「喚起された感情に対処する」という両方の側面を叶えるものになっている。そして、こういった「用事」や「感情」というのは決して表に出てこない。だからこそ、顧客が抱える「用事」や「感情」に着目し、意図的にサービス体系を設計していくことこそが、冒頭に書いた「潜在ニーズに応える」ということにつながっていくのだ。

確信があったからこそ乗り越えられた経営危機

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この視点で見ると、金柿さんが苦難を乗り切ったことの一端が見えてくる。

ストーリーにあったように、絵本ナビの経営も順風満帆だったわけではない。むしろ、苦難、苦境の連続だったと言えよう。本人が言う通り、まさに「ロスタイムで2点差」という修羅場のシチュエーションを通り抜けてきたわけだ。

では、なぜ「もはやゲームセット」と思われる場面まで追いつめられた絵本ナビがその苦難を乗り切れたのだろうか。敢えて言えば、金柿さん自身は、それほど追いつめられたという気持ちではなかったのではなかったのだろうか。もちろん資金的に厳しい状態だったことは間違いない。しかし、金柿さんには、間違いなく顧客の「用事」を確実に片付けている、そしてそこで喚起される「感情」に対処している、という手応えはあったはずだ。そして、そのリアリティこそが、彼をその後の飛躍へと導いたのではないだろうか。

改めて我々自身にも問い返したい。

我々が向き合っている顧客にとって、片付けるべき「用事」は何なのだろうか?顧客を無機質なデータだけで考えていないだろうか?そのデータの裏側に潜む、顧客が日々片付けている「用事」に思いを馳せているだろうか?

そして、その「用事」を片付ける課程において派生的に喚起される「感情」はどういうものがあるのだろうか?そして、その「感情」にもしっかり対処できているのだろうか?

これらの問いに自信が持てたとき、我々の事業は、大きな壁を乗り越えられる力を持つのだろう。

参考書籍:
『イノベーションのジレンマ—技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』(クレイトン・クリステンセン著、翔泳社)
『イノベーションへの解利益ある成長に向けて』(クレイトン・クリステンセン著、翔泳社)
『インサイト』(桶谷功著、ダイヤモンド社)

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