企業の将来を担う人材をどう育てるか。トップ企業の経営者に聞く「人を育てる」第4回は、多国籍展開する味の素の山口範雄社長に、グローバル企業の人材教育戦略について聞いた。(「週刊ダイヤモンド」2006年3月4日号に掲載、インタビュアーはグロービス経営大学院大学教授・研究科長の田崎正巳)。
田崎 味の素はグループ社員3万人のうち6割以上が海外で仕事をしています。多国籍展開をする企業にとって、人材教育はどうあるべきでしょうか。
山口 グローバルに展開すればするほど、厳しい競争を勝ち抜かなければならないという現実があります。戦線は広がり、そこにはいろいろな競争相手がいる。どういう相手が出てきても勝てるようになるためには、あらゆる状況を想定して、どういう戦略を組み立てるか考えなくてはならない。そして、個々人や組織全体がより強くなることが重要で、異質な文化には異質なアプローチをしなければならないんです。
田崎 そのためには、現地で採用した人材の教育も重要になってきますね。
山口 世界中で戦うためには、日本人だけではなく、現地の人材に相当程度の判断を任せられないと勝てません。
われわれは企業として「柱」になる方針を示します。それに基づいて世界中の現地社員にアプリケーション(応用)を上手に、しかも正確にやってもらわなければいけないんです。ですからどうしても「人」が大切になるんですね。
たとえば、味の素の強みの一つに「だし」があります。「ほんだし」という商品を開発したことで従来であれば昆布とかつおぶしを煮立てて作らなければならなかったものを、顆粒状のさっと溶ける粉で安定した味のみそ汁がすぐ作れるようになったわけです。
この技術は、グローバルに使えます。どこの国の料理にも「だし」に当たるものがあるからです。
しかし、東南アジアでかつおエキスを売ろうとしても売れません。ある国では「だし」とはチキンエキスかもしれないし、ビーフエキスかもしれない。 地域横断的に使えるビジネスモデルや技術はそのまま使ってください。ただし、あなたの地域では何のエキスが喜ばれるのか、それぞれがアプリケーションを考え、創造性を発揮してくださいと言っています。
人材育成のローカル化に必要な三つの条件
田崎 そういう考え方を海外の現地社員に納得して行動してもらう工夫はありますか。
山口 創業の原点について、ていねいに説明すれば、納得してくれますよ。
われわれの原点であるグルタミン酸ソーダは、1908年に池田菊苗博士が発見した昆布だしのうま味成分です。そのこと自体、きわめて創造的なことでしたが、その技術があるだけではなにも起きなかったのです。
しかし、それに「味の素」という非常にわかりやすい名前をつけたり、料理店に一生懸命価値を知らせたりして、ユニークなビジネスモデルを1からつくっていったわけです。
つまり、技術や製品を創ることは重要なのですが、それを新しい事業にすることも同じくらい重要なのです。これを私は「技を創り、業を興す」と表現しています。
そうした創業の原点にある創造性や新しい知恵を自分の仕事のなかで出そうと言えば、海外の人材も技術者だけでなく営業担当者たちも皆納得してくれます。
田崎 海外の現地人材を育てていくためには、どの様なポイントがありますか。
山口 現地幹部の育成には3つの要件があると思います。1つはリーダーシップ。2つ目は、それぞれの地域で文化が違うこと、しかし人間というのはどこでも共通ということが理解できる人。3つ目は語学ですね。
まずリーダーシップですが、作家の塩野七生さんが著書『ローマ人の物語』のなかで、政治家に必要な資質を4つ挙げていらっしゃいます。これはそのままグローバルリーダーの適性そのものでもあると私は思っています。その4つとは「第一に、自らの能力の限界を知ることも含めて、見たいと欲しない現実までも見据える冷徹な認識力であり、第二には、一日一日の労苦の積み重ねこそ成功の最大要因と信じてその労をいとわない持続力であり、第三は、適度の楽観性であり、第四は、いかなることでも極端にとらえないバランス感覚」だそうです。
異文化への理解というのは、どこの国に行っても地域や文化の違いを分かった上で組織を動かせるという意味ですね。
60点の資質でも実践を重ねれば100点に成長
田崎 そうした資質を、企業の研修によって身につけさせることはできますか。
山口 わずか1週間程度の研修では、そのヒントを与えてあげることしかできません。あとはその人自身が与えられたヒントに気づいてから、毎日努力を積み重ねられるかどうかです。ですから、まずは努力する資質のある人材を採らなければならないと思います。
もう1つ重要なのは、実践的な活躍の場を与える事です。たとえば、あるポストを務めるために100点の能力が必要だとしますよね。そこに資質はあるけれど60点ぐらいに人材がいれば、思い切ってその人を放り込んで、やらせてみるのです。そうすれば仕事をしていくうちに自然と100点に近づいていきます。
田崎 そうした人事や研修の制度は、国ごとに個別です進めているのでしょうか。あるいは、全世界共通で仕組み化していますか。
山口 両方ありますが、世界共通の仕組みでは、各国の課長クラスのマネジャーを対象にした「味の素インターナショナル・マネジメント・セミナー(AIMS)」という研修があります。これは、グループの理念やケーススタディーを学ばせるものです。
人事ポストの制度では、部長職より上で経営トップの1つ手前に当たる「グローバル・エグゼクティブ・マネジャー(GEM)」という役職があり、世界で123人がこのポストに就いています。GEMには日本人以外の4人も入っていまして、研修だけでなく、マネジメントとしての活躍の場も与えています。
さらに、技術者などのスペシャリストでもGEMと同様の役職制度を作る準備を始めています。
日本人と分け隔てなく人材教育を進めることで、海外で人事採用した人材が育ってくれば、これからは海外出身のマネジャーが、ほかの地域のマネジメントのポストや、日本の事業部門のトップに就くといったことも起きてくると思います。
田崎 日本人以外にも経営を任せていく機会がある一方で「味の素らしさ」を維持していくには何が必要ですか。
山口 グループの3万人全員が身につけていく価値観を柱として立てること。ローカルの市場・地域に合わせたアプリケーションを展開していくこと。この二つをうまく両立させることが非常に大事だと思いますね。
(文:グロービス経営大学院大学研究員 川上慎市郎、写真:村田和聡)