新型コロナの影響が続くなか、アメリカでは新規株式公開(IPO)が活況を呈しています。今年の顔ぶれは、通称”Blank Check Company(注)”と呼ばれる特別買収目的会社(SPAC)やロックダウン下で企業のデジタル変革を支えるSaaS企業が中心でした。そのような中、一般消費者を相手とする民泊エアビーアンドビー(Airbnb、以下、エアビー)と料理宅配ドアダッシュ(DOORDASH)が、IPOに成功。予想を大幅に上回る初値を付けたことは異例と言えます。何が一般投資家を惹きつけているのでしょうか。これら2社の成長過程を比較しながら、その魅力を見てみましょう。
(注)Blank Check Company:直訳すると「白紙の小切手会社」。事業計画が定まっていない新興企業、あるいは他の企業を一定期間内に合併・買収する目的で設立された企業のことを指します。
<創業初期>「虫の眼」でビジネスモデルを磨く:PMFを実現
まず、2社のビジネスモデルをひも解いてみましょう。
エアビーは、空き部屋を提供するホストと宿泊するゲストの2者間の取引を仲介し、ホストより集客から予約決済までを請け負うことで手数料を受け取っています。ドアダッシュは、料理を提供するレストラン、配達員、利用者の3者間の取引を仲介し、レストランからの手数料が主な収入です。両社は、ホストの空き部屋や配達員の時間をシェアする「シェアリング・エコノミー」に属しています。
こう説明すると、今はやりの二者以上をマッチングする「プラットフォーム型」のビジネスで、ネットワーク経済性が働きやすく、スケーラビリティの高いビジネスだと思われるでしょう。
注目したいのは、創業初期の動きです。
エアビーは、サンフランシスコでルームシェアする友人2人が家賃の支払いに困って、国際会議でホテルにあぶれた人に手持ちのエアベッド3台分の宿泊を提供するウェブサイトを立ち上げたのがきっかけです。初期のころは、イベント開催地やニューヨークなどの人気都市をきめ細かく営業してホストを訪ね歩き、写真投稿の手伝いや、ゲストが問題なく過ごせているか、支払いが滞りないかと、創業者ら自らが相当関与していました。
ドアダッシュは、スタンフォード大の学生3人がたった一時間で立ち上げた、地元レストランのメニューを表示するウェブサイトが始まりです。はじめは授業の合間を縫って、客からの注文を自分たちで購入して届け、手数料を受け取っていたといいます。そして、その都度、料理の評判や配達サービスの感想をくまなく聞き取っていきました。
まさにスモール・ニッチです。少なくとも創業者本人たちには具体的で意味のあるサービスでした。手厚いハイタッチなサービスで、頭に汗をかきながら利用継続につながる顧客インサイトを見極め、二者/三者間の顧客に快適なサービス品質を徐々に磨いていきました。これが「虫の眼」です。
ひとたびサービスの型が市場にマッチすると(これをPMF:プロダクト・マーケット・フィットといいます)、プラットフォームの取引量はみるみる増大していきます。取引参加者の増大が情報の質を高め、マッチング率が向上する好循環が回り始めるからです。ネットワーク経済性におけるポジティブ・フィードバック・ループと呼ばれる現象です。
<急成長期>「鳥の眼」で複雑性を回避:スケーラビリティを一気に上げる
PMFを達成したら次に大切なのは「鳥の眼」です。事業を俯瞰し、ボトルネックになりそうなプロセスの複雑性を極力排除しながら、スケーラビリティを上げることです。特に、プラットフォーム型の事業では、大量に集まるデータを用いて仕組みを汎用化、つまりテックタッチ化していくことで実現されます。
エアビーでは、部屋を貸すホストが、日々の負担なく相場に近い価格で設定できることが重要な課題でした。そのため、ダイナミック・プライシングに取り組むわけですが、均質な部屋を扱う一般のホテルとは異なります。なにせ扱う物件は、世界中に点在するツリーハウスやボートハウス、城など、多種多様です。立地、掲載写真、利用者評価の量と平均値、旅行する季節、イベント情報、宿泊日までのリードタイムなど、数百にわたるきめ細かなパラメーターを推定モデルに組み込む大変なチャレンジでした。
今では、日々の需要を予測して推奨価格をホストへ提案する機能と、ホストが最低/最高価格を指定すれば自動で予約の入りやすい価格設定がされる機能の2つが用意されています。その他にも、検索ランキングや不正検知、カスタマーサポートの課題予測、画像解析による部屋のタイプ予想など、あらゆるところに機械学習が活用されています。
このように、エアビーは、急成長期によく見られる品質低下を防ぎ、顧客のエンゲージメントを高めるため、機械学習をはじめとする高度なデータ解析を行うデータドリブンな企業となっていきました。
ドアダッシュはどうでしょう。同社のビジネスは、利用者から注文が入ると、レストランで食事を受け取って利用者へもっとも早く届けられる配送員を見つけることが最重要です。この「車両ルーティング問題」は、オペレーションズ・リサーチ(OR)分野では難問と言われています。加えて、料理宅配は、メニューごとの調理時間、天候やイベントによる需要変動、常に移動する配達員などが問題を複雑にします。
幸い、ドアダッシュには、ORとビジネスで学位を修めた創業者のトニー・シューをはじめ、数学・統計学、人工知能の精鋭が揃っていました。彼らは、車両ルーティング問題に料理宅配の複雑さを補うため、配送時間の予測に機械学習を取り入れて解決しました。
こうして難しい料理宅配で自動化を進めたことは、取り扱い商材を生鮮食品や市販薬、日用品へ広げ、食事時間帯以外の取扱量を大幅に増やすことにつながりました。今では、小売大手の「ラストマイルデリバリー」を埋める存在として欠かせなくなっています。2020年9月時点で、2位のウーバーイーツ(22%)、3位グラブハブ(20%)を大きく引き離す49%の市場を獲得しています。
<安定期>「魚の眼」で潮流を読む:真のエクセレントカンパニーを目指す
今やテック・カンパニーの側面も併せ持つエアビーとドアダッシュ。彼らにとって上場は、長く社会に受け入れられる優良企業への第一歩となるでしょう。今後は、企業としての社会的責任がより一層問われることになります。
エアビーは2018年、ホスト、ゲスト、投資家、従業員、地域社会など、すべてのステークホルダーに奉仕すること、無限の時間軸で共存共栄を図ること、この2点を改めて宣言しました。従業員のジェンダーや多様性の目標を掲げ、報酬はステークホルダーへの貢献や温暖化ガス排出削減までも連動させる徹底ぶりです。コロナ禍で需要が一気に蒸発した春先には、すぐさま当面の資金調達を実現させてホストの支援へ動き、テレワーク需要の変化を読み取って、近隣の物件紹介やオンライン体験の充実を実現させました。
一方で同社には、中国当局へ膨大な利用者データを共有している点や、犯罪を未然に防ぐ目的でゲストの素行をリスク評価する技術の特許取得について憶測が広がっており、懸念が残っています。
ドアダッシュでは、これまでのデジタル投資がコロナ禍の爆発的な需要急増で真価を発揮しました。一方、その成長の過程では、配達員の雇用形態やチップ未払いを巡る問題にさらされてきた事実もあります。配達員のように、単発の仕事を請け負う人々は「ギグワーカー」と呼ばれ、シェアリングエコノミーを象徴する新たな働き手です。ビジネスパートナーである配達員と長く良好な関係を築く上では、ギグワーカーの裁量と公正な賃金の両立は避けては通れない問題です。
今、まさに「魚の眼」が問われています。魚は広大な海の中で、大きな潮の流れを読んで行動します。潮目を読み誤ると、広い海をさまようことになり兼ねません。
米国では、巨大IT企業の独占的な市場支配力を積極的に規制する方向へ潮目が変わろうとしています。コロナ禍を経て、世界では、地球規模の課題にコミットし、貧困や格差、ジェンダーといった社会課題の解決に結びついた存在意義(=パーパス)を掲げる企業が少しずつ増えています。この潮目を活かして飛躍できるか、両社の今後の歩みを見守りましょう。
【参考】
「初めてのゲストとなった写真の3人があってこそのエアビー」同社とともにマジカルな体験を共有するコミュニティへの感謝が溢れるメッセージ。ーーエアビーが米国証券取引委員会(SEC)へ提出したS1(日本の目論見書に相当)より