時代をつくった龍馬の生涯
今年度開学したグロービスのIMBA(英語MBAプログラム)では、入学時にオリエンテーションを行いました。学生の皆さんに、自己紹介をしてもらいましたが、その中で、自ら尊敬する人物として、龍馬を挙げた学生がたくさんいました。
ご存知のとおり、坂本龍馬は、江戸時代に薩長同盟を成し遂げ、大政奉還の礎を築き、明治という時代を切り拓きました。歴史上の人物として大変な人気があります。閉塞感漂う現代社会にあって、新たな時代を切り拓こうとする学生たちもまた、龍馬の生き様に、強い共感を覚えるのだと思います。
龍馬の名を一躍有名にした司馬遼太郎の名著『竜馬がゆく』(文藝春秋)では、龍馬の一生は、次のように描かれています。
坂本龍馬は、1836年に土佐に生まれます。土佐藩は、武士が上士と下士という二階級に分かれる厳しい階級社会だったようです。龍馬はこの下級武士である郷士の家の出です。幼少の時は泣き虫として有名だった龍馬ですが、17才で江戸に遊学、北辰一刀流剣術を学び、その後免許皆伝となります。さらには、画家河田小龍より西洋事情を学んでいます。
1862年に土佐藩を脱藩し、浪人となると、勝海舟に会い、師事します。勝が神戸海軍操練所を開いた時には、同所の塾頭に就任し、船長になるという一つの夢を果たします。1865年には、長崎で、貿易・用船業を営む亀山社中(後の海援隊)を設立。1866年、永年いがみ合ってきた薩摩と長州の間で薩長同盟を成立させる。藩の代表者である西郷隆盛と桂小五郎(木戸孝允)を一浪人が結びつけたのです。そして1867年、来るべき日本国の誕生を夢見ながら、暗殺により一生を終えました。
龍馬の一生を俯瞰すると、合理主義、自由・平等への希求、民主的な組織運営、師匠との出会い、時機を読む力、自らの使命観といったキーワードが浮かんできます。これらのキーワードは、「氣」との関係性でいうと、とても繋がりが深いのです。
剣術を修め、洋学を学んだ龍馬
まず、氣は練るものです。粘土も然り、パンの生地も然り、練るにはそれ相応の時間やエネルギーが要ります。龍馬は、土佐という厳しい階級社会の中で、何かと制約や決まり事が多い文化・風習にさらされました。抑圧的な環境下で、当時存在しなかった「日本国」という夢へ飛び立つエネルギーを蓄積させたのだと思います。
氣には、タイミングがあります。どんなに努力して、頑張っても、物事の足並みが揃ってこないと実現しない。一方で、心を整え、日頃から準備をしておかないと、いざ物事が揃ってきても、自らその機会を掴まえることができない。いわば、日常の中で、細やかな氣を感じている必要があります。
また、物事の足並みはこちら都合では揃わないので、自己都合ではなく、あくまで社会都合での視野が必要です。剣術を修め、広く洋学を学んでいた龍馬だからこそ、一介の素浪人に過ぎないのに、勝海舟に出会え、西郷隆盛と木戸孝允を結ぶことができたのではないでしょうか。
氣は、段々と集まって収束するが、その後、一気に離散します。そういう意味では、民主主義やパートナーシップによる組織運営は、一人のリーダーによる独裁的な運営よりも組織のエネルギーレベルを高い状態に維持しやすい。これは、組織の中に幾つも中核的な氣を配置し、それらが相互に交流し、順番に輝いていく様に似ている。坂本龍馬が率いた亀山社中(後の海援隊)では、民主主義による組織運営が行われていたといいます。
翻ってみて、現代を生きる我々はどうでしょうか。龍馬のような武芸の鍛錬をしていない。勝海舟のような大人物に出会う機会はまずない。細やかな気遣いを求められる世界とも、縁遠い所で生きている。
このような時代の中で、どうしたら龍馬のような時代観や歴史観を持てるのか。そして、社会のために一命を捧げられるような使命観を持てるのでしょうか。
現代を生きる我々ができること
龍馬が土佐藩で氣を練ったように、我々もまず現在の境遇を受け止め、未来にはもっと大きな世界に行くぞとエネルギーを溜めることが必要でしょう。それには、現在の不満や憤りをしっかり認識し、自分の至らなさを素直に実感し、能力開発を行う。龍馬が北辰流で剣術を稽古し、河田小龍に西洋事情を学んだと同様に、スキルを学び、志を磨く。
次に、氣(タイミング)を感じることを始めましょう。梅雨の中、道端の紫陽花の花が一輪から二輪に増えた。後数秒で、煎れたお茶の香りが最もよく出る。事務局として仕切る会議において、静寂が許されるのは5秒までだから、ここで次の議題に動かす。日常のちょっとした場面でも、氣を感じ取る訓練は出来ます。
そして、これはという人物に会ったら、自ら師事したい(メンターになって欲しい)旨お願いする。こちらからメンター(良き先輩)になってくださいとお願いしない限り、忙しいメンターが我々の面倒を見てくれることはありません。
最後に、良い仲間との出会いも大切です。上下関係ではなく、横の関係、正確に言うと、状況によって上になったり下になったりと、循環する関係を構築する。素晴らしい組織の一部になると同時に、自らエネルギーを伝播し、周りから発せられるエネルギーの供給も受け入れる関係を作っていく。
読者の皆さんやIMBAの学生たちが、龍馬のように「氣」を上手く日常に取り込まれることを期待しながら、第三稿を結びます。