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なぜソニーはEVでホンダと組んだのか?ーーエコシステム・ディスラプション時代の”正しいゲーム”とは

今年一月の米見本市CES2022でお披露目されたソニーのEVコンセプトカー「VISION-S2」。その完成度の高さに、誰もが電気自動車(EV)をソニー指名で買う日の到来を予感したことでしょう。
それから数か月後、同社はホンダと折半出資する別会社を通してEVの新ブランドを立ち上げると発表し、世間を驚かせました。それが、10月初旬に設立されたソニー・ホンダモビリティです。”高付加価値なフラッグシップブランド”として25年にオンラインで受注を開始し、26年には北米・日本での販売を目指すとしています。

数え方次第で10万点もの部品を扱うエンジン車と違い、部品点数が圧倒的に少ないEVでは一般に、バッテリー、モーター、半導体やセンサーなどの電子機器を専業者から外部調達することが可能です。そのため、スマートフォンなどのIT産業のように設計と生産を分業するレイヤー型の産業構造が成立しやすくなります※1。よって、ソニーがモビリティの価値提案に専念し、EVの受託生産業者であるマグナ(オーストリア)、鴻海(台湾)、FEV(ドイツ)などを地域ごとに活用して、自らのブランドで市場参入したとしても何ら不思議は無かったと考えられます。
ではなぜ、ソニーは単独で参入しなかったのでしょうか。そこにはしたたかな戦略が見え隠れします。

[caption id="attachment_78501" align="alignnone" width="1920"] 国内CEATEC2022に展示されたVISION-S2(筆者撮影)[/caption]

なぜ「ソニー・ホンダモビリティ」で挑むのか

一つは、以前本コラムで分析したように、ソニーはモビリティ時代に無くてはならないキーデバイスからキラーコンテンツまでを保有する最強のサプライヤーであるということです。自社ブランドが前面に出てしまうと、供給先との間で利益相反となり、サプライヤーとしての優位な立場を活かしきれなくなる恐れがあるのです。

現代の価値創造における「複数領域の企業連携」の重要性

もう一つは、近年のゲームチェンジの多くが、単独の技術による既存システムの置き換えではなく、実は、複数領域・業界をまたいで価値を創造するエコシステムの中で起きているという事実です。ここではその先駆的研究であり、米国のトップ経営学者の一人であるロン・アドナーが21年に発表した“Disruption Through Complements※2”で説いた論について少し詳しく説明しましょう。

私たちは長らく、「イノベーションこそがゲームチェンジの源」と信じてきました。イノベーションのジレンマで知られる故クレイトン・クリステンセン教授は、「既存製品とは異なる価値基準を提案する製品イノベーションが新市場を創造して業界構造を劇的に変える」と説き、そうした製品・サービスを「破壊的イノベーション」と呼びました。例えば、iRobotが既存の掃除機を「掃除からの解放」という価値で破壊したことや、Dysonが独自技術で「羽のない扇風機」という新しい価値を提案したことを指します。

ところが、近年の多くの企業を分析したアドナーは、企業が最終顧客へ真に価値ある提案をするためには、既存事業の重要ファクターを継承しながら、段階的に複数領域の企業が連携して顧客への価値提案のためのエコシステムを広げていくことが重要であると説きました。例えば「写真をもっと楽しむ」という価値は、メーカー単独で高性能なカメラを開発して実現できるものではなく、一台のスマートフォンを通して、撮影の手軽さ、編集・加工の楽しさ、ストックと共有の方法などを、実に多くのスタートアップや大企業が連携して顧客に提案するといったエコシステムの成せる業だということです。
そして、現代の価値創造が、初期の段階で既存の法規制や流通チャネルなどとの摩擦を最小にする必要があったり、境界領域での共創が必須であったりする以上、企業が自前の技術に注力していては、技術的課題の解決にはなっても、そこに働く力学を見逃しかねないと警鐘を鳴らしています。

ソニーはEV市場の「どのフェーズ」を狙っている?

では、EV市場へ新規参入するソニーの立場で考えてみましょう。既存のエンジン車市場の破壊に挑む方法としては、大きく3つの時間軸が考えられます。
第一に、気候変動への対応を旗印とするテスラのように、経営トップが市場に向けて自らの戦略を語り、直接金融を大いに活用して、EVの性能向上とバッテリー開発やソーラーシステム、充電設備までのエコシステムを自ら仕掛ける黎明期(導入期)。第二に、先駆者が作った潮流に乗って、主要部品を市場調達することでいち早く安価で航続距離の見劣りしないEVを市場投入する成長初期。第三に、長期的視野に立って新しいモビリティの価値提案を追求し、ブランドを育成する成長中期といった具合です。

ソニーが狙っているのは第三の時間軸です。ソニーはEV参入にあたり、モビリティの「移動空間」としての価値創造に勝ち筋を見出している、という点も前回のコラムの通りですが、EVの移動空間としての価値が真に花開くのは、ある程度の自動運転が成立する近未来だと考えられます。であるとすれば同社は、現時点で妥協して水平分業に走り、安価なブランドイメージを定着させる必要はないのです。
そのため、自動車に関する各国ごとの法規制や量産技術、従来のメカニカルな制御技術をソフトウェア(SDF;Software Defined Vehicle)で実現するための刷り合わせといった、既存市場から継承すべき重要ファクターを、ホンダから真摯に学ぼうとしているのです。そして両社が最初の価値提案を実現するための「必要最小限のエコシステム(MVE)」が、折半出資による新会社にあるのです。
アドナーはこう言っています。

誤ったゲームをしかけるのではなく、正しいゲームで勝つことが大切だ。

ソニーとホンダにとっての”正しいゲーム”は今まさに始まったばかりです。

※1 ソニーのEV参入にみる自動車業界の地殻変動ーモータリゼーションからモビリティへ | GLOBIS 知見録
※2 Disruption Through Complements | Strategy Science Ron Adner, Marvin Lieberman Feb. 2021
   (一般向けの書では『エコシステム・ディスラプション――業界なき時代の競争戦略』)

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