前回、モビリティ時代に自動車産業の産業構造が自動車メーカーを頂点としたピラミッド型から、IT産業に近いレイヤー構造へと変化していくことを明らかにしました。このレイヤー構造の中で、ソニーがEVに参戦する意義と勝算はどこにあるのかを考えます。(全2回後編)前編はこちら
モビリティ時代の移動空間にソニーが挑戦する理由
前回、モビリティ時代の勝ち筋として、「新たなモビリティサービスの企画開発力」、「新たなエコシステムにおけるポジショニングの優位性」のいずれか、あるいはその両方であると説きました。ソニーの場合、前者に期待が置かれがちですが、後者にも強みがあります。
実は、ソニーは1991年にリチウムイオン電池を世界で
サプライヤーの立場にあるソニーが、自らのブランドで完成車製造へ名乗りを挙げることは、自動車メーカーとの関係を悪化させるリスクを伴う諸刃の剣ともいえます。それでも、参入の意を固めた背景には、イメージセンサーの分野でシェア49%(FY2020の金額ベース)であることと、もう一つは、主力のエンターテイメント分野でマイクロソフト、アップル、ネットフリックスといったIT大手と、ユーザの可処分時間や仮想空間(=メタバース)を巡ってしのぎを削っている現状があります。
特に競争が激化するエンターテイメント分野では、ソニーの持つ強みによって勝てる市場を探す必要がありました。つまり、モビリティ時代の移動空間が、新たな可処分時間・可処分空間となるホワイトスペースなのです。
2つの勝算。水平方向と垂直方向の成長機会を生かす
では、ソニーの勝算はどこにあるのでしょうか。考えられるのは次の2つです。
(出典)筆者作成
1つは、人やモノの移動とサービス利用に伴う水平方向の膨大な顧客接点データをクルマの快適な制御とサービスの向上に生かすことです。クルマというモノの制御の多くをソフトウェアが占めるようになった今、ソニーがロボティクスで培ったAIとメカニック(機械的)な制御技術が強みとなります。先のCESでは「揺れない・酔わないクルマ」というノイズキャンセリングとサスペンション制御を掛け合わせた新しい提案が見られました。
また、ソニーグループ全体のエコシステムにおいても、将来的に得られるデータの組み合わせによって、クルマの形や人の移動にとらわれない、広義のモビリティ体験を提案していくことは、顧客とのライフタイムを通した関係性を一層深めることにつながります。
また、2つめは、垂直方向の収益機会を多層化することです。近年のソニーは、ハード単体の売上に頼らない、ソフトウェアが生み出す継続的なサービスに課金するリカーリングモデルを強化してきました。
そして今、クルマというハードもまた、研究開発にかかるコストを押さえながら、購入後のソフトウェアアップデートによって価値を向上させられる時代となり、リスクを分散させることができるようになりました。ソニーの場合には、ゲームや映像、音楽といった車載エンターテイメントで収益を重ねられる可能性がある上に、これからも「モビリティ」に新しいサービスを提案することで収益機会を広げることができるでしょう。
クルマというモノから派生するモビリティサービスは、顧客一人一人の問題の数だけ存在します。それらをチャンスと捉え、どれだけ移動空間に新たな価値を産み落とすことができるか、今後のソニーと、自動車産業から目が離せません。
最後に1つ、今年のCESで、既存の自動車メーカーの中でも、ひと際目を惹くコンセプトを発表した韓国ヒュンダイを紹介したいと思います。同社は21年6月に傘下に収めたロボット開発のボストン・ダイナミクスを引っ提げ、「ロボティクスであらゆるモノの新たな移動方式(=New Mobility of Things)を可能とする」として、次のようなムービーを提示しました。
近未来の高層アパートに暮らす高齢の女性が孫に会いに出かけるシーンに沿って、「PnD(プラグ&ドライブ)ー AI搭載の一輪ユニットであらゆるモノに無限のモビリティをもたらす」というテロップがながれます。そこには、外出で使う”杖”が部屋のどこかから女性の前に移動してくる様子や、パーソナル移動のためのカプセルがベランダに迎えに来て乗り込む様子、そして、そのカプセルが路面へ降りると大型の連結車両に連結して目的地近くまで移動するさまが描かれています。ここにも1つ、顧客の課題を解決する未来のEVの姿を見ることができます。