1月初旬にラスベガスで開催された米家電見本市「CES 2022」。グーグル、マイクロソフト、メタなどテック大手が出展辞退する中、自動車大手GMのトップが基調講演に登壇。世界的なEVシフト(ガソリン車から電気自動車への転換を図る動き)を背景に、自動車大手と新興企業のEV発表が相次いだ会場はモーターショーさながらとなりました。先日、その混戦模様の電気自動車(EV)の本丸へ、参入を表明したのがソニーです。このことは自動車産業のどんな変化を示しているのでしょうか。また、ソニーに勝算はあるのでしょうか。(全2回前編)後編はこちら
自動車メーカーがトップの「モータリゼーション」の時代
20世紀初頭、世界初の量産型ガソリン車であるT型フォードが開発されたのをきっかけに、自動車の大衆化が始まりました。誰もが所有したがる自動車は、国の経済を牽引する一大産業となりました。いわゆる「モータリゼーション」の時代です。
世界各地が都市化するにつれ、人々は豊かになり、自動車メーカーもまた巨大化していきました。しかしながら、米国・欧州・日本の三大市場、あるいは新興国に求められるクルマは実に多様です。国ごとの政策や、地域経済、ライフスタイルなどが混在する多様なニーズに答えなければなりません。市場ニーズに合致した車両をいかに迅速に開発できるか、経済性を併せ持った車両を市場投入できるか、これらが自動車各社の生き残りに欠かせなくなりました。
このため、力のあるサプライヤーとの間で綿密なすり合わせが要求される生産技術と、柔軟でコスト競争力の高い生産を可能とする生産管理に一層の磨きをかけるべく、自動車メーカーを頂点に部品サプライヤーが系列化するピラミッド構造へと、自動車産業が最適化されていきました。
(出典)筆者作成
「体験」デザインに価値が出る「モビリティ」の時代
では、21世紀の現代はどうでしょうか。
半導体とAI(人工知能)が牽引する高度なセンシングとコンピューティング、5Gなどの高速大容量通信、それらが日常となったデジタル社会では、モノの「所有」より「個別に最適化された体験」に価値が置かれるようになりました。
クルマもまた、CASE(ケース)−_Connected(つながる)、Autonomous(自動化)、Shared(シェアリング)、Electric(電動化)−_といった新たな武器を得て、求められる価値が”所有”から、個別の状況に最適化された”移動の体験”へと変わるでしょう。このような時代は、誰でもどんなモノでも、制約なく自由に往来できることを意味する「モビリティ」の時代と言えます。
ではこの時、産業構造はどう変わるのでしょうか。図2をご覧ください。
クルマの「所有」に意味があったモータリゼーションの時代には、エンジンなどのコア技術と顧客接点を持つ自動車メーカーを頂点とするピラミッド構造でした。しかし、「体験」に価値が映るこれからの「モビリティ」の時代には、移動と移動空間の体験を充実させるマルチモーダル交通(さまざまな移動手段をつなぐサービス)やエンタメなどの「モビリティサービス」が顧客の最前線に位置づけられるようになります。そして、クルマが体験を生むためには、クルマに搭載されたコンピュータを通して、モビリティ・サービスとつながる「プラットフォーム」が重なります。こうなると、もう見慣れたデジタルプラットフォームのレイヤー構造が思い浮かぶでしょう。
(出典)筆者作成
しかし、それだけではありません。エンジン車ではおよそ3万点と言われた部品点数が、電気自動車では約3割減の2万点になると言われており、その内訳もまた、画像処理センサー(CMOS)やグラフィック処理のAI半導体など、用途ごとにモジュール化された電子部品やモーターなど、系列とは異なる水平分業を得意とするIT/ハイテク産業からの供給が多くを占めることとなります。
このため、従来の自動車メーカーがピラミッド構造で担ってきた”コストパフォーマンスに優れたクルマを迅速に開発する”という役割は相対的に小さくなるでしょう。
代わって、今後は、クルマに備わったCASEの特性を生かした新たなモビリティサービスをいかに企画開発できるか、あるいは、従来からの自動車メーカー/サプライヤー、IT/ハイテク産業、プラットフォーマー、サービスプロバイダーがひしめく新たなエコシステム(生態系)の中でいかに優位なポジションを確立できるかが、生き残りのカギとなりそうです。
後者では、台湾の鴻海(ホンハイ)やカナダのマグナのように新興EVメーカーに対するクルマの受託生産で成長を目指す企業も出てきました。既存の自動車メーカーはそれぞれの体力に応じた、思い切った資源配分の転換が必要となるでしょう。
このように業界の勝ち筋が変化するなかで、EVに新規参入するソニーに勝算はあるのでしょうか?次回はその点についてご紹介します。