VUCA (Volatility=変動性、Uncertainty=不確実性、Complexity=複雑性、Ambiguity=曖昧さ)時代のリーダーは、地政学についての洞察力も求められます。グロービス経営大学院教員による対談動画「VUCA時代 地政学の変化が与える影響とは」に登壇した教員3名が、理解を深めるための書籍を紹介します。
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トップ論者9名の視点
推薦者:嶋田 毅
本書は、近年の地政学に関するトップ論者9名による論考集である。内容はかなりヘビーであるが、アフガニスタン情勢など、地政学が一般のビジネスパーソンにも非常に重要な意味を持つようになった昨今、多くの人に一度目を通してほしい1冊である。
本書の良さの1つに、地政学というものの重要性とその変化を、時代の変化に応じつつ解説している点がある。1980年代までの地政学と、現代の地政学では、見るべき視点も大きな差がある。具体的には中国の台頭(特に一帯一路政策)、テロの重要性、人権の重要性の普遍性、そしてその変化などである。2020年2月に出版された書籍であるが、コロナ禍が深刻化する前に「保健協力」について触れている点などは非常に先見の明があると言えるだろう。
地域としては中国やロシア、中東、アフリカにやや偏っている傾向があるが、本書で大きく触れられていない地域について関心を持っておくことの重要性も示唆されている。欲を言えば、地理のみならずサイバー空間にも意識を向ける必要があるとの指摘があるので、その部分についてもページを割かれるとよかったと思う。
地政学は非常に多くの知識や知恵を動員する必要がある分野であり、1冊を読んだからと言ってすべてを理解できるわけではないが、その一端はうかがい知れるのではないだろうか。
世界を立体的に見る訓練
推薦者:高橋 亨
なぜ、地政学を学ぶのか? 日本では第二次世界大戦の敗戦により「悪魔の論理」などと批判され、地政学的な考えを学ぶ機会が失われてきた。しかし、21世紀に入り米中の覇権争いが激化する中で、西側の盟主であった米国の力は明らかに弱まっている。戦後続いてきた、日本が米国を追随していれば済む時代は終わりを告げた。
当たり前の話だが、国際社会において日本をどのような国にするのかを「自分たちの頭」で考えなくてはならない時代になったのだ。
世界のリーダーたちは、政界はもちろんのこと、経済界の個々の企業経営者も地政学を学び、自社の戦略に落とし込んでいる。平均的な日本人ビジネスパーソンの地政学的な理解の欠如は、世界で活躍するうえで致命的な弱点になっているのが現実だ。
そんなビジネスパーソンにとって、本書は平易な文章で書かれており、初学者にも分かりやすい。第1章の「地図から見える世界」では、地政学の基本的なスタンスが記されている。私がグロービス経営大学院で受け持つ講座「グローバル・パースペクティブ」の初回クラスでも取り上げるトピックだ。難しいことを考えるのではなく、様々な角度から地図を見て、イマジネーションを膨らませることから始めて欲しい。第2章では地政「学」の基本的な考え方が示されているので、基本を踏まえて、第3章以降の具体事例を自分なりに「咀嚼」しながら読み進めて頂くと、世界の見え方が立体的になってくるだろう。
著者:秋元 千明 発行:2017年8月 価格:1760円 発行元:ウェッジ
閉塞感と資本主義の本質を理解する
推薦者:高橋 亨
直接的に地政学を取り上げてはいないが、地政学的な動きの背景にある大きなマクロのトレンドと、世界が直面する政治的、経済的な課題の本質を理解する上で、数ある本の中で私的には、とても腹落ちした良書だと思う。
失われた10年が20年になり、やがて30年になろうとしている日本で、これまで繰り出されてきた様々な政策がなぜ機能せず、成果に結びつかないのか? 日本をはじめ先進国で起きている「ゼロ金利・ゼロ成長・ゼロインフレ」はなぜいつまで経っても解決しないのか? これらの問いに対して、その背景と歴史を紐解きながら、まずは、近代の世界システム、特に資本主義のカラクリを詳らかにする。
米国の作家マーク・トウェインの「歴史は同じようには繰り返さないが、韻を踏む」という言葉が思い起こされる。今、明らかに行き詰まりを見せている政策のどこに課題があるのか? 「資本主義の仕組みの本質」に立ち返った時に、これまでまことしやかに語られてきた解決策が、対症療法でしかないことに気づかされる。
「資本主義の死期が近づいている」という水野氏の投げかけに対して、本質的な解決策のヒントになるであろう資本主義に取って代わる「主義」は、いったいどんな形になるのか?
追い求めてみたい人は、是非、この本を読んでみていただきたい。
著者:水野 和夫 発行:2014年3月 価格:902円 発行元:集英社
「経済の安全保障」における4つの挑戦
推薦者:河尻 陽一郎
「地経学」というキーワードを目にすることが増えてきた。地経学とは「国家が、地政学的な目的のために、経済を手段として使うこと」を指す。「経済の戦略化(economic statecraft)」や「経済安全保障」はほぼ同じ概念を表す。
通常の国家安全保障と異なり、中国の通信機器大手ファーウェイなどの企業や都市などの非国家主体も注目される。国家以外にも目が向かうようになった背景には、現代の勢力均衡は経済と軍事の組み合わせによるものであり、それも経済が軍事を凌駕しているという、シンガポール元首相の故リー・クアンユー氏が指摘した構造的変化がある。
本書は、4つの地経学的挑戦を挙げる。(1)第4次産業革命を牽引する技術とイノベーション、(2)グローバル・サプライ・チェーンを握るコネクティビティ構築のための戦略的インフラ投資、(3)国際秩序を構築するためのルール・規範・標準の設定、そして(4)気候変動による新たなパワー変動と脱炭素化の経済社会構築による国際競争力の変化だ。
これらの挑戦は、新たな産業構造やルールを生み出し、テクノロジーとイノベーションを融合した「テクノベート」を加速させる。本書では、新型コロナウィルス感染拡大以前から表面化しつつあった、これら挑戦に対する個別の課題や各主体の動きを概観することができる。
日本の近現代史において危機の多くが人口(移民)、貿易、市場、経済ブロック化、石油、通貨、原子力といった地経学的問題であった。訴えるべきは外的脅威論、外との競争やデカプリングではなく、内での競争とイノベーションであると本書は主張する。VUCAの時代の地政学・地経学の理解を深める一助としてほしい。
『地経学とは何か』
著者:船橋 洋一 発行:2020年2月 価格:990円 発行元:文藝春秋
◆対談動画「キーワードから読み解く VUCA時代」のバックナンバーはこちらです。