VUCA (Volatility=変動性、Uncertainty=不確実性、Complexity=複雑性、Ambiguity=曖昧さ)時代のリーダーは、テクノロジーがもたらす変化と課題を把握することが求められます。グロービス経営大学院の教員による対談動画「テクノロジーの指数関数的進化が与える影響とは」に登壇した教員3名が、テクノロジーについて理解する助けとなる書籍を紹介します。
認知バイアスの「罠」を回避せよ
推薦者:鈴木健一
ここ数年間に読んだ本の中で断トツに面白い本だと感じている。シンクタンク、コンサルティングファーム、そしてグロービスと30年近く仕事するなかで私自身が何となく感じてきた、経営分野、特にテクノロジー文脈でのデジャヴ(既視感)とその理由を見事なまでに看破してくれた。
人間の思考には陥りがちな罠があり、一般的には「認知バイアス」と呼ばれることが多い。本著はビジネス文脈にありがちなバイアスを「同時代性の罠」と呼び、さらに3つに大別する。
・飛び道具トラップ(DX、SDGsといった旬のテーマ、ツールなどでたちまち問題解決することができる、はず)
・激動期トラップ(今こそ激動期、革命、のはず)
・遠近歪曲トラップ(ダメな日本企業、シリコンバレーに学べばいい、はず)
欲しい結果に対していかに因果関係のあるアクションを組み立てるか。y=f(x)の方程式で例えると、yが出したい結果なら、xは打ち手としての変数、f()は因果関係となる。xが何で、どのような因果関係によってyが求められることになるのか。冷静に見極めることが重要となる。
メディアの情報は、因果関係に関する判断を誤らせるノイズを多く含んでいる。「これからは○○だ!」「○○に乗り遅れるな!」といった形で、○○に入るものをxにすれば、欲しい結果のyが手に入ると錯覚しがちだ。飛び道具トラップに陥った人間の思考である。○○に例えば、DX、AIといった言葉を入れてみたらどうだろうか。
少しでもトラップにはまっていると思い当たる節があるのなら、本書はまさにそんなあなたのためにある。
著者:楠木 建、杉浦 泰 発行:2020年10月 価格:2420円 発行元:日経BP
研究者が明かす、価値ある「問いの設定」とは
推薦者:鈴木健一
過去に一度だけ対談させていただいたことがあるが、著者の矢野氏はとても魅力的、かつ“予測不能”な人だ。経歴からしてユニークだ。日立製作所の半導体研究者だったが、同社の半導体事業からの撤退に合わせて、研究テーマを大きくシフトさせた。センサー、ビッグデータを用いた人間研究、特に「幸せ」に関する研究でユニークかつ洞察に富む研究成果を叩き出している。表面的な現象の説明に留まることなく、背景にある法則性、構造を常に解き明かそうとしている点には凄みがある。
2014年の前作『データの見えざる手』でも「運がよい」とはどういうことか、センサーデータを使いつつ、モデル化、理論化しようとしている。本書は前作に続く第二作だ。現状のテクノベートやDXの核であるAIが得意な、問題解決に関する記述は、その表現に驚きつつ、大いに共感した部分だ。
AIが得意なのが『予測』問題/イシューであることを考えると、“予測不能の時代”というタイトル自体が実は極めて挑戦的だ。グロービス経営大学院では問題解決に関する思考法として、「クリティカル・シンキング」「テクノベート・シンキング」「デザイン思考」という3つの科目を提供している。どのアプローチでも最初に重要とされているのが「イシュー/問いの設定」だ。
何が人間が取り組むべき価値ある問いなのか。また、どのようにアプローチすればいいのか。矢野さんの答えが知りたい人はぜひこの本を読んで欲しい。
『予測不能の時代: データが明かす新たな生き方、企業、そして幸せ』
著者:矢野 和男 発行:2021年5月 価格:1980円 発行元:草思社
技術覇権狙う中国、民主国家はどう対峙するか
推薦者:嶋田毅
産業革命が起きて以来、技術を制する者が世界を制してきた。英国の織機技術や通信技術は同国の覇権の源であった。それらを狡猾に「盗んでいった」のが欧州の他国や米国である。ただ、いまや状況は変わってきている。多くのテクノロジーで先頭に立つ米国が、中国の厳しい追い上げにあっているというのが現状だ。
中国の通信機器大手ファーウェイ、動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」を運営するバイトダンスに対する米国の厳しい姿勢にそれが現われている。技術覇権を狙う中国の勢いを、民主国家が止めることができるのかは安全保障上でも大きな課題となるだろう。力を持ちすぎたプラットフォーム企業に対して国家がどう接するのかも難しい問題だ。
米国のプラットフォーム企業を弱体化させれば、米国政府は国益を損なうかもしれないし、放っておくと市民にとっても不利な状況を招きかねない。性善説を企業に期待するのはナイーブだろう。テクノロジーは本来中立的なものであるが、使いようによって武器にもなるし、毒にもなる。テクノロジーが進化しすぎた時代に、国家がいかにそれと付き合っていくのか、そのヒントを与えてくれる1冊である。
なお、日本の立ち位置については、「テクノロジーと民主主義のバランスにおいてモデルケースとなり、多極化し分断した世界で、リーダーシップを取る機会と能力がある」とのことだが、これは楽観的かもしれない。デジタル後進国であった日本がどのような存在感を出せるのかにも要注目だ。
著者:塩野 誠 発行:2020年10月 価格:2420円 発行元:NewsPicksパブリッシング
世界各国の有望スタートアップ「総覧」
推薦者:嶋田毅
GAFAMと呼ばれるプラットフォーム企業が時価総額の上位を占めているのは有名だ。本書は、序章でまずテック系スタートアップを取り巻く環境に触れた後、米中のプラットフォーム企業について触れている。またVC(ベンチャー・キャピタル)の仕組みなどについても触れている。初学者の人はまずはこの部分を理解いただきたい。
1章以降は、米、中、インド・東南アジア、欧州、日本の有望なスタートアップについて、数ページずつを割いて解説している(欧州のみ国ごとの状況の紹介となっている)。
その大半は米国企業である。テスラやネットフリックスのようにすでに広く知られた企業もあれば、オンライン決済を握るストライプや、株式取引の手数料無料でインパクトを与えたロビンフッドのような「これから」の企業もある。
米国の26社に続くのは中国で7社が紹介されている。国ごとの個性を見るのも興味深い。ややIT企業の比重が高く、この数年活況を呈しているバイオ系企業(モデルナなど)が少ないのが気にはなるが、それでも総覧としては面白く読める1冊である。
著者:山本 康正 発行:2020年12月 価格:2640円 発行元:ダイヤモンド社
比喩で縮まる「DX」との距離
推薦者:金子浩明
本書を読むまで、「DX」とは少し距離を置いていた。
「DX」って、これまでオンラインでつながっていなかったものをつなげるだけだろう、とか、紙のやり取りを電子化するだけだろうとか、そう思っていた。それを「デジタル・トランスフォーメーション」と大げさに表現することで、儲けたい人たちがいて、そうした企みに乗せられているのではないか。自分だけは騙されまいとしていた。
しかし、本書を読んで以来、頻繁に「DX」という言葉を使っている自分がいる。
本書は、DXのツールや導入手法ではなく「思考法」を取り上げる。専門用語はほとんど登場せず、食べ物の比喩が多く登場する。例えばDXの肝であるレイヤー構造は「レストラン(エルブジ:世界一予約がとれないとされるスペインのレストラン)」や「カレー粉」に。それを活かしたアリババの戦略は「ウェディングケーキ」に。DXの思考法の源流であるソフトウェア・アーキテクチャーは「夜食のラーメン作り」に。未来の政府の役割は「サンドイッチ」と例える。
著者の西山圭太氏は「具体と抽象の行き来」(=次元をまたぐ)」と「パターン化」(=分野をまたぐ)が大切だと述べる。食品の例えは、まさにこうしたことが背景にある。本書自体がDXの思考法を駆使して書かれており、読みながらそれを感じることができる。
では、結局DXとは何なのだろうか。西山氏いわく「遷都のようなもの」だそうだ。
この夏から遷都の準備をしたい人に、おすすめする。
「DXの思考法」
著者:西山 圭太 解説:冨山和彦 発行:2021年4月 価格:1650円 発行元:文藝春秋