初めて部下を持った人へ ―上司と部下の対話に必要な「3C+C」 

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初めて部下を持った方のために、今回は上司と部下の対話について取り上げます。なお、本稿でいう「上司」とは、部課長、チームリーダーを想定してください。

コミュニケーションの基本要素「3つのC」

上司が部下に対して行うコミュニケーションを単純な形で言い表すと、次のようなものになります。

上司は、
〈1〉状況文脈をつかみ、その文脈に乗せて
〈2〉語るべき内容を持ち、
〈3〉もろもろの振舞いを通して、
部下に対し意志疎通を図る。

ここに出てきた3つの要素、文脈(Context)、語るべき内容(Contents)、振舞い(Conduct)は、どれを欠いてもコミュニケーションが成り立たない大事な基本要素といえます。英語表記の頭文字を取って「3つのC」と呼ぶことにします(図1)。

コミュニケーションは双方向ですから、実際は図2のように、上司には上司の3つのCがあり、部下には部下の3つのCがあり、これらが相互にやりとりされる形になります。

〈1〉状況文脈をつかみ、その文脈に乗せて
よいコミュニケーションは自分の言いたいことを一方的に放つだけでは成立しません。文脈をつかむという受信作業、そして文脈に乗せるという発信作業があってこそ効果的に成立します。ここで言う文脈とは、上司/部下間に漂う空気とかそれまでのやりとりの過程、両者の関係性、担当事業の進捗する具合、組織風土、社会情勢など、当事者を取り巻く諸状況を指します。

上司と部下が同じ状況に置かれていたとしても、各自の文脈はまったく同じではありません。なぜならそこには問題意識の差や情報感度の差などがあり、上司側が感じ取る文脈と、部下側が感じ取る文脈にはズレが出て、それぞれのものになるからです。

〈2〉語るべき内容を持ち
コミュニケーションの核となるのは、何と言っても「語るべき内容・伝えるべき中身」です。部下を動かしたり、上司が信頼されたりする上で、最も影響を及ぼすのは、やはりその上司が「何を語ったか」です。

〈3〉もろもろの振舞いを通して
コミュニケーションにおいて、語るべき内容は発信者側のいろいろな行為・やり方によって相手に伝えられます。相手と直接対面しながら口頭で話しをする、これは最もわかりやすい行為の形ですが、対面せずとも言いたいことを伝える形もあります。手紙やメールがそれです。

また、話しをしたり、文面で伝えたりといった言語的な形もあれば、無言でつくる顔の表情や真剣になって取り組む背中など、非言語的な形で気持ちが伝わることもあります。そのようにコミュニケーションは、発信者自身の心情や人柄、人格までもが滲み込んだ振舞いによって届けられるのです。

対話とは「正・反・合」の共創作業である

コミュニケーションの中で、最も建設的で、しかしながら最も根気を要する形が「対話」です。対話を本記事なりに定義すれば、「考えていることを真摯に出し合い、互いが当初よりも高い次元の考えにたどりつこうとする協働」です。

ジャーナリストの立花隆氏は次のように書いています。――「会話というのは、それ自体が一つのダイナミックな過程であり、対話者同士のインターアクションによって展開していくものである。弁証法(ディアレクティケー。もともと対話術の意味)的に会話をうまく展開させられれば、それはインターアクティブであることによってより高次元の認識に達することができる過程となる」。(『二十歳のころ』より)

ここで出てきた「弁証法的な展開」とは、哲学の用語で「止揚(アウフヘーベン)」と言います。一方に〈正〉という考え、他方に対立する〈反〉という考えがあり、その2つが昇華されて、〈合〉という第三の考えが新しく生み出されることです(図3)。

上司と部下との対話もまさに「正・反・合」の共創です。〈合〉とは、単なる合算や妥協の作業ではなく、互いが当初持っていた考えよりも次元が上がったところで知恵を創造する作業です。別に表現すれば、「1+1=3」です。

つまり、上司が「1」という自分の考えを差し出し、部下もまた別の「1」という考えを差し出す、あるいは上司が傾聴して部下の「1」を引き出してやる。そして議論を高め、新しい気づきである「3」を互いが得る。しかも、この「3」は、互いが当初それぞれ持っていた「1」を矛盾することなくはらんでいる。対話とは単に双方が談話しているものではありません。高次元の結実を求める意志的な協働です。

互いの「べき・はず論」を超えて「共有目的」を置く

対話が重要な作業であるのは誰しも感じることなのですが、上司と部下において、なかなかこれができません。それはなぜでしょうか?――それは図2でみたとおり、上司には上司の文脈があり、部下には部下の文脈があって、各々はそこに乗ってコミュニケーションしようとするからです。

たいてい両者の文脈にはズレが生じていて、そのズレが大きければ大きいほど対話はかみ合わなくなります。上司も部下も自分の「べき論・はず論」を前面に立てていて、歯車が共創回路に入りません。ましてや、感情的な槍で突き合い出したら、もうお手上げです。

では、どうすれば対話がかみ合い共創回路に入りやすくなるのか。――それには、もう1つのCである「共有目的」(Common Purpose)を掲げることが必要です。

会社という全体組織にしろ、部課・チームという小単位の組織にしろ、それはいろいろな背景をもち、いろいろな考えや性格をもった人びとが、たまたま居合わせるようになったモザイク的な集団です。そんな人びとの集団の中で、雑談を超え、会議を超え、命令を超え、対話が起きるためには目的が欠かせません。目的とは、意味であり、満たしたい価値であり、ビジョンのことです。

同じ目的を見晴らし、その目的実現のためにチームはどうあるべきか、各人は何をすべきかと考えるとき、対話は起こりやすくなります。つまり、図4のように、上司も部下も互いの文脈の中に、共有する目的を置き、「正・反・合」の止揚を目指すことです。

上司と部下の「よい人間関係」とは?

よい組織におけるよい人間関係とはどのようなものか?――ピーター・ドラッカーはこのように表現しています。

「人間関係に優れた才能をもつからといって、よい人間関係がもてるわけではない。貢献に焦点を合わせることにより、初めてよい人間関係がもてるのである。生産的であることが、よい人間関係の唯一の定義である」。(『経営者の条件』より)

ここでドラッカーは2つの重要なことを指摘しています。まず1つめに、よい人間関係を「生産的であること」と定義したこと。よい人間関係というと、「掛け値のない相互信頼」とか「反りが合う」「気楽に付き合える」などと考えてしまいがちですが、事業組織という中でのよい人間関係とはまさに、皆が目的を共有し、各自がそこに貢献しようと生産的になれる関係です。反りが合う、気楽な人間関係はそれに越したことはありませんが、組織の中ではそれが往々にして派閥や親分子分の連れ添いを生み、弊害となる場合も多いものです。

2つめとして、よい人間関係を持つことは能力・テクニックではないこと。これはハッとする指摘です。私たちは往々にして、人間関係の構築を「対人コミュニケーション法」という技術で何とかしようとしますが、いくらそうした技術を身につけたところで、互いが目的を共有せず、心がバラバラな状態では決して良好な関係は生まれません。組織に属する人間たちが個々のさまざまな違いや対立を乗り越えて、よい関係が構築できるのは、技術のあるなしではなく、「共通の想い」のもとに対話があるかないかです。

これから部下をもって上司・リーダーとして働かれるみなさん、「3C+C」に留意して対話を起こし、自組織にとっての最適解を創出しながら力強く前進されんことをお祈りいたします。

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