つい最近まで「失われた20年」と言われてきた。変革の必要性が声高に叫ばれ、数多くの企業が変革に取り組み続けた。しかしその結果、変革は成功だったと胸を張れる企業は何社あるのだろうか。また、変革への取り組みの中で、人事部門はどのような役割を果たしたのだろうか。組織改編、人事制度変更。あるいは、人員削減や報酬体系の変更による人件費の抑制・削減。その結果は本当に「変革」を成し遂げる助けになったと言えるのだろうか。今回は組織変革と組織学習をテーマに、「そもそも変革とは何か」を確認した上で、変革を進め、定着させるために人事部門にはどのような役割が求められるのかについて考えたい。
そもそも「変革」とは何か?
「変革」と聞いて、どのような事例をイメージするだろうか。ゼネラル・エレクトリック(GE) を変革したジャック・ウェルチ、日産自動車を再生したカルロス・ゴーン、IBMを再生したルイス・ガースナーといった、変革者として知られる有名な経営者を思い浮かべる方も多いだろう。最近では、この10年で劇的に変革を遂げたアップルを率いた故スティーブ・ジョブズ、日本人の経営者でも小松製作所(コマツ) を再生した坂根正弘氏などが有名だ。
「変革」と聞いてイメージする事例やリーダー像は多いかもしれないが、そもそも「変革」とは一体何なのだろうか? グロービス代表の堀義人は、「変革とは既存のものを変化させ、改善させるプロセス」と定義した上で、「新しいビジネスをゼロから創り上げる」創造のプロセスにも、時期が来れば変革が必要になると言う。
変革を行うに当たり、何を変化させ、改善するのか。従来の方法を変え、今までにない商品を投入したり、より広く、新しいマーケットにアプローチし、既存のビジネスモデルを変更することも変革である。
変革にはいくつかのパターンがある。我々は大きく三つに分類している。
(1)「変化適応」型の変革
一つは企業を取り巻く環境変化に適応していく「変化適応」型の変革である。リーマンショックや東日本大震災などの緊急時の対応のみならず、日本社会の少子高齢化やマーケットの縮小、新興国の勃興といった長期的なトレンドに対して適応していくものもある。
(2)「再生」型の変革
だが、変化への適応が求められるとはいえ、適応できる企業ばかりではない。変化が求められていると分かっていながらも、なかなか変われない企業も多い。その結果、業績が悪化し、経営不振に陥る。このような場合に求められるのが、変革の二つ目のパターンである「再生」型の変革だ。
日本航空やウィルコムなど法的整理(ともに2010年) だけではなく、カネボウやダイエーなどの私的整理も「再生」であるし、構造的な経営不振からのV字回復を見せた日産自動車やIBMも「再生」に近いケースであろう。
(3)「変化創出」型の変革
これらの「変化適応」「再生」という二つのパターンの変革は、起こった変化に対しリアクティブ(事後対応的) に対応したものだ。一方で、三つ目として挙げる「変化創出」という類型は、変化を見越し、プロアクティブ(予測的)に変革を起こしていくものである。変化創出を起こし続けた事例として、2000年代のアップルやコマツが挙げられる。
事例1: アップルの場合
2001年、アップルは「1000曲をポケットに」というキャッチフレーズでiPodを発売した。従来のCDやMDよりも小型で操作性に優れたこのMP3プレーヤーは大ヒットし、音楽を聴くスタイルを根本から変えた。さらに2003年、アップルは音楽配信サービスiTunes Music Storeを開設した。ナップスターなどの違法な音楽ファイル共有の広がる中、違法ダウンロードを防ぎたい5大レコード会社と契約を結んで立ち上げた、好みの音楽を合法的かつ容易にダウンロードするサービスである。楽曲ごとのダウンロードを可能にし、価格も極めて低く抑えたことで、「CDを購入するのではなく、その中の1、2曲だけを聴きたい」という音楽愛好家の要望に応え、大成功を収めた。2007年、アップルはiPodに、インターネットやEメールの送受信といった携帯情報端末の機能、さらに携帯電話機能を付け加え、iPhoneというスマートフォンを生み出した。
こうした一連の変化創出によって、アップルの売り上げは2000年の71億ドルに対し2006年193億ドル、2009年429億ドル、2012年には1565億ドルと12年で20倍以上の急成長を遂げている。2000年代を通じてトップランナーであり続けた事例である。
事例2: コマツの場合
2001年、コマツはコムトラックスという装置を建設機械に標準装備した。これは衛星で居場所を特定するGPS機能、エンジンやポンプの情報を集め、稼働状況や燃料の残量の情報を取得し、コマツのセンターにデータを送るシステムである。この仕組みにより、顧客には盗難被害防止のメリットを提供でき、コマツとしても世界の需要変動に迅速に対応することができた。さらにコマツは、2005年、鉱山向けの無人運行が可能なダンプトラック、2008年には燃費を25%改善するハイブリッド・ショベルを投入している。
その結果、90年代は1兆円前後と伸び悩んでいた売上高は2008年度には2兆円を超えるほどに成長し、同時に営業利益率も90年代は5%未満であったものの、その後の10年は10%前後と高い水準で確保している。
コマツは、コムトラックスやハイブリッド・ショベルによって中国市場でのビジネスを拡大し、無人運行のダンプトラックによってグローバル市場へ活躍の場を広げている。イノベーションを起こすことでグローバル化へつなげた事例でもある。
変革はなぜ重要なのだろうか?
これら有名な変革の成功事例がある一方で、せっかくの変革が一過性に終わることも多い。ジョブズ亡き後のアップルには以前ほどの輝きは見られない。アップルやコマツほど成功した企業も、競合の追い上げ、グローバル市場の変化への対応に苦慮している。
環境の変化は必ず起こる。そして変化のスピードは確実に速まっている。変化がもたらすインパクトも大きくなっている。そのような環境下において、変革に取り組み、新たなイノベーションを起こしていかない限り、現在の地位を維持することすらおぼつかない状況だ。つまり、いかに変革を「常態化」させるかが重要なのである。変革を起こし、常態化させる。その中で人事部門として果たす役割は何だろうか。
※労政時報に掲載された内容をGLOBIS知見録の読者向けに再掲載したものです。